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第4部 手負いの獣に蝶と花
第7話 剣術の稽古
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「テオ、テオ!」
白昼夢から覚めたようにハッと我にかえり、急いで立ち上がる。その拍子に袖を引っ掛けてしまい、バラバラと書類の落ちる音が部屋中に響き渡る。
慌てて書類を拾おうと屈んだところに、バーンスタイン卿の白い手袋が舞い降りてきた。
「も、申し訳ございません……!」
一緒に書類を拾い集めてくれるバーンスタイン卿はわずかに微笑んでいて、その親切に申し訳なさで心が埋め尽くされる。最後の書類を拾った時、外の演習場から兵士たちの声が響いてきた。
本来僕のような兵卒は、外の兵士のように日中演習で鍛錬に励む。しかしバーンスタイン卿が僕を補佐として引き上げてくれたおかげで、こうやって内勤をしていられるのだ。怪我が治りきらない今はそれをありがたいと感じる。
「剣術の稽古でもするか? そうとしてもブラウアー兄弟の方が適任か?」
それは、なにか悩み事があるのか、それとも本当に体を動かしたいか? という問いだった。聡明な彼らしい機知に富んだ問いに、気の利いた答えが見つからず、僕は口を開いたまま俯いてしまう。
「今日我が家に遣いガラスが来た。ゲーゲンバウアー卿の使用人がテオに会ってお礼の品を渡したいとのことだ」
カミルの笑った顔と、この前の惨状を一気に思い出して、心が掻き乱される。1週間前カミルの屋敷を訪問したことは、誰にも話していなかった。話せなかったといった方が正しい。
使用人は彼の商売をやめさせるために僕を利用しながら、一体なんの用があるというのか。弓矢から主人を守った礼というのであれば、先週訪問した時にだって渡せたはずだ。
よくわからない激情が渦巻いて、顔に血が集まる。
「駐屯地にだって遣いガラスを出すことはできる。でも俺の家の使用人を頼って、テオに連絡をした。使用人はテオだけに相談したいことがあるのだろう。今日の夜使用人が我が家に到着するようだから、時刻になる前に我が家に来なさい。2人で相談できる部屋を用意している」
顔を見上げれば、バーンスタイン卿の紅と青の瞳に吸い込まれる。
「最近の悩みの種であろう? 時には度胸も必要だぞ?」
なにもかも見透かされた恥ずかしさから、再び俯いてしまう。垂れた頭にバーンスタイン卿の大きな手が覆い被さり、くしゃくしゃと2度撫でられた。
バーンスタイン家は宮廷から馬で1時間弱。ゲーゲンバウアー家の使用人クルトは夕刻に到着すると言っていたから、今日の務めが終わってすぐに駐屯地側の門からバーンスタイン家に向かう。
「バーンスタイン卿、先日捕らえた者たちの件はあれからなにか進展がありましたか?」
国民には国王がご成婚されたことだけが告知され、婚姻の儀自体の口外を禁じられていた。だからこんな抽象的な問いになってしまう。
「先の謀反の残党という見方が強いが、よくわからないことも多い。少なくともカミルを狙った犯行ではないから安心しろ」
バーンスタイン卿にはなにもかも見透かされていて、恥ずかしくなってしまう。きっと僕の心がカミルに傾いていることも気づいているのだろう。先日まではリアムが好きだと言いながら、リアムの結婚の日を境にこんな風になってしまっている自分を彼はどう思っているのだろう。
チラリとバーンスタイン卿を見ると、彼はニッコリ笑った。
「カミルはルークやジルの方が詳しい。本当に落としたいなら彼らに助言をもらった方が賢明だ」
この言葉で、昼間の問いを思い出さずにはいられなかった。
ーー剣術の稽古でもするか? そうとしてもブラウアー兄弟の方が適任か?
「バーンスタイン卿……」
「攻めずにいられなくなったらでいい」
バーンスタイン卿は馬の腹を蹴って先に草原を駆け抜ける。先を行く彼の剣の柄が、夕日に反射してキラキラと光る。彼は魔人にしては小さい。でもどうしてこんなに大きく感じるのだろう、そう不思議な感動が胸を震わせた。
白昼夢から覚めたようにハッと我にかえり、急いで立ち上がる。その拍子に袖を引っ掛けてしまい、バラバラと書類の落ちる音が部屋中に響き渡る。
慌てて書類を拾おうと屈んだところに、バーンスタイン卿の白い手袋が舞い降りてきた。
「も、申し訳ございません……!」
一緒に書類を拾い集めてくれるバーンスタイン卿はわずかに微笑んでいて、その親切に申し訳なさで心が埋め尽くされる。最後の書類を拾った時、外の演習場から兵士たちの声が響いてきた。
本来僕のような兵卒は、外の兵士のように日中演習で鍛錬に励む。しかしバーンスタイン卿が僕を補佐として引き上げてくれたおかげで、こうやって内勤をしていられるのだ。怪我が治りきらない今はそれをありがたいと感じる。
「剣術の稽古でもするか? そうとしてもブラウアー兄弟の方が適任か?」
それは、なにか悩み事があるのか、それとも本当に体を動かしたいか? という問いだった。聡明な彼らしい機知に富んだ問いに、気の利いた答えが見つからず、僕は口を開いたまま俯いてしまう。
「今日我が家に遣いガラスが来た。ゲーゲンバウアー卿の使用人がテオに会ってお礼の品を渡したいとのことだ」
カミルの笑った顔と、この前の惨状を一気に思い出して、心が掻き乱される。1週間前カミルの屋敷を訪問したことは、誰にも話していなかった。話せなかったといった方が正しい。
使用人は彼の商売をやめさせるために僕を利用しながら、一体なんの用があるというのか。弓矢から主人を守った礼というのであれば、先週訪問した時にだって渡せたはずだ。
よくわからない激情が渦巻いて、顔に血が集まる。
「駐屯地にだって遣いガラスを出すことはできる。でも俺の家の使用人を頼って、テオに連絡をした。使用人はテオだけに相談したいことがあるのだろう。今日の夜使用人が我が家に到着するようだから、時刻になる前に我が家に来なさい。2人で相談できる部屋を用意している」
顔を見上げれば、バーンスタイン卿の紅と青の瞳に吸い込まれる。
「最近の悩みの種であろう? 時には度胸も必要だぞ?」
なにもかも見透かされた恥ずかしさから、再び俯いてしまう。垂れた頭にバーンスタイン卿の大きな手が覆い被さり、くしゃくしゃと2度撫でられた。
バーンスタイン家は宮廷から馬で1時間弱。ゲーゲンバウアー家の使用人クルトは夕刻に到着すると言っていたから、今日の務めが終わってすぐに駐屯地側の門からバーンスタイン家に向かう。
「バーンスタイン卿、先日捕らえた者たちの件はあれからなにか進展がありましたか?」
国民には国王がご成婚されたことだけが告知され、婚姻の儀自体の口外を禁じられていた。だからこんな抽象的な問いになってしまう。
「先の謀反の残党という見方が強いが、よくわからないことも多い。少なくともカミルを狙った犯行ではないから安心しろ」
バーンスタイン卿にはなにもかも見透かされていて、恥ずかしくなってしまう。きっと僕の心がカミルに傾いていることも気づいているのだろう。先日まではリアムが好きだと言いながら、リアムの結婚の日を境にこんな風になってしまっている自分を彼はどう思っているのだろう。
チラリとバーンスタイン卿を見ると、彼はニッコリ笑った。
「カミルはルークやジルの方が詳しい。本当に落としたいなら彼らに助言をもらった方が賢明だ」
この言葉で、昼間の問いを思い出さずにはいられなかった。
ーー剣術の稽古でもするか? そうとしてもブラウアー兄弟の方が適任か?
「バーンスタイン卿……」
「攻めずにいられなくなったらでいい」
バーンスタイン卿は馬の腹を蹴って先に草原を駆け抜ける。先を行く彼の剣の柄が、夕日に反射してキラキラと光る。彼は魔人にしては小さい。でもどうしてこんなに大きく感じるのだろう、そう不思議な感動が胸を震わせた。
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