隻翼の月に吠える。

みん

文字の大きさ
2 / 58
プロローグ

1

しおりを挟む
「は? 今なんと?」

 ミナリア=リィントス=ファルマダールは、困惑していた。

「俺に二度言わせるか? 人族の国へ赴き、人族と真族の友好のために身を捧げよ、と言ったのだ」

 長い歴史において争ってきた人族と真族が友好協定を結んだのは、今からおよそ四十年前、創神歴一六八二三年のことである。
 子どもでも知っている創神の神話が協定によって歴史上初めて改訂されたことは、大きなニュースとなって世界を駆けた。

 その時のことをミナリアは詳しく知らない。
 しかし、その友好協定が、紙切れ一枚の上になされた事実上の停戦だということは事情に詳しくなくとも理解していた。
 だからこそ、目の前の男の言葉が上手く飲み込めない。

 耳までを覆う艶のある漆黒の波打つ髪。
 髪の間から生える漆黒の捻れた角と、天を向いて聳える頭の横から伸びる角。
 黒に金糸が縫いとめられた軍服に、真紅のマントを羽織った偉丈夫。

 とうに真族年齢で二百は超えていると言うのに、人族で言えば二十歳そこそこの見た目である。
 顔の野性味に反してゆるりと真の玉座に肘をかけた居住まいの男。

 愉快そうに口元を歪める姿に、ミナリアの苛立ちが募る。
 良からぬことを企んでいる時の顔だ。
 出会って五十五年余り、見慣れた顔だった。

「……真王閣下。一つお伺いしても?」
「なんだ? 息子よ。発言を許そう」

 男の名はカラザール=ファルマダール。
 治世七十五年となる、当代の真国王である。

「……息子と呼ぶのを止めていただけますか? 私は今、真騎士団の特務としてこの場にいるのです」

 眉を潜めながらずれかかった眼鏡を直す。細い銀糸が金具に引っかかっているのが、青いレンズ越しに見えて、ミナリアは苛立ちを強めた。

 新月の帷を冠とするカラザールに対し、隻翼の月として戦場に謳われたミナリアは、曇りのない銀髪である。
 腰まで伸ばした真っ直ぐの髪は、低い位置で束ねられていた。
 銀の鎧を纏った細身の体躯に怜悧な美貌。

 正反対の色彩を持つミナリアとカラザールは、親子という関係ではあったが、血は繋がっていなかった。
 およそ五十五年前。死にかけていたミナリアをカラザールが引き取ったのだ。

「息子を息子と呼んで何が悪い」
「閣下。執務中です」

 義理の親子という関係ではあるが、ミナリアは次期真国王ではない。
 実力主義の真国において、王は世襲ではなくその時代一番の強者が据えられる。
 行き倒れが真国王の息子になったというだけで色眼鏡で見られていたミナリアは、きっぱりと公私を分けることが癖付いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

処理中です...