隻翼の月に吠える。

みん

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「それから、命からがら真国に流れてな」

 ミナリアは過去を噛み締めるように、その手のひらを見つめては握った。

 真国との境界から、城門を潜るまでの記憶は曖昧だ。
 城門で兵士に保護されたミナリアは、その後医者を通じて、宰相のシャトマーニに引き合わされた。

「色々あって、今は真国騎士団特務部隊の隊長をしている」
「ま」

 驚きすぎてユイセルが固まっている。
 それもそうか。
 真国騎士団特務部隊の隊長。
 その意味するところは、人族にも知られている。

「真国王の、息子……?」
「養子だがな」

 カラザールは、先代真国王の孫にあたるミナリアを養子として引き取った。
 そして、宰相のシャトマーニを教育係として、知識や戦術、様々なものをミナリアに授けた。
 ムザルも、カラザールも、ミナリアに希望を与えてくれた、太陽だった。

「俺は……ムザルにも、カラザールにも、返し切れない恩がある。だから、俺の命は、そのために使うことに決めた」

 ミナリアは、懐に手を入れて目当てのものを取り出すと、ユイセルにそっと差し出した。

「鍵…….?」

 手のひらに乗せられた、銀に輝く一本の鍵。

「……お前に、ユイセルに、持っていて欲しい」

 ユイセルの戸惑いがミナリアに伝わって、ミナリアはその鍵を一度ぎゅっと握りしめた。

「真国騎士団での俺の役割は、平定」

 ミナリアは握った拳を胸の前に掲げた。

「俺の魔物を屠るその力は、カラザールと、ムザルのために使うことと決めている。だから、これは俺に科した枷なのだ」
「枷……」

 ユイセルはその言葉をどう受け止めたのか。
 ミナリアは目を伏せて自らのつま先を見つめた。

「俺は、俺の大切なもののためにしか力を奮えない。ムザルは人国王で、カラザールは真国王だ。だから、俺の力は国のためにある」

 優しいあの二人は、自分の存在を、そのためだけではない、と言ってくれるけれど。
 ミナリアにはまだ、そう思えるだけの自信がなかった。

「二人から、今後のことを考えて、もう一人、渡せる人物を学院で見つけてこいと、言われていた」

 学院で友達を作れと言ったムザル。
 心を許せる存在を作れと命令したカラザール。
 その真意を理解したまま、一歩を踏み出せなかったミナリア。

「これを、お前に渡すと言うことは、お前も俺の力を握る存在になるということだ。それには、責任が伴う。だから……それがお前の重荷になるなら、捨てたって構わない」

 ずるいと思いながらも、ミナリアは選択をユイセルに委ねることにした。

 ユイセルが、はっとしたように目を見開く。

「なんで、…….俺に」
「……さあな」

 ミナリア自身にもわからない。
 なぜ、ガタムでも、ユーインでも、イツァージュでもなく、ユイセルなのか。
 同じ境遇だからか、なんなのか。
 
「でも俺は、お前に持っていて欲しい」

 ミナリアが再度手を差し出すと、ユイセルはその鍵を躊躇いがちに手に取った。

「……一生、大事にする」
「……ばか」

 そして、ユイセルが頭に伸ばした手をミナリアは振り払わずに受けた。
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