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令和二年(二〇二〇年)八月

八月二十九日 チケット予約

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八月二十九日 土曜日 晴のち雷雨

 早朝、母から唐突に聞かれた。

 「映画ドラえもんの終了日が近づいているけどどうしようか」

 三月に公開するはずだった映画ドラえもんは感染症大禍の影響で先延ばしになっていた。映画公開から一ヶ月くらい経ち、そろそろ上映終了も近づいてきたらしい。映画館の状況を確認しつつ予約を取ることにした。

 もともと母も自分の祖父母に映画へと連れて行ってもらった覚えがあるため、息子の映画館デビューをさせたいとのことだった。本来なら小学校が始まる前後にと話をしていたのは覚えている。

 ネット予約で席を確保する為に手続きを進める。座席の選択画面では市松格子のように隔席ごとに選択できるようになっており困惑した。感染症対策のため隔席なのは当然といえば当然なのだが、逆に既に隔席ごとに埋まってしまったのではないかとも思ってしまったくらいだ。

 無事チケット予約は完了したが息子にはまだ伝えない。こういったことはタイミングが大事なのだ。下手に伝えても映画のことが気になりすぎて他のことが手につかなくなったり、大事な日に限って熱が出るといった諸問題がある。案の定、夕食時に伝えると食事の手は止まった。口から出る言葉は映画を見に行くという過剰な期待と未知なるものへの好奇心で、夕食はまったくといっていいほど進まなかった。

 寝る時も中々寝付かない。いつも棚に置いたスマホから英語の童謡をYOUTUBEで流しながら寝るのだが、突然窓の隙間から雷光が見えた。
「雷かな、光ったからもうすぐ音が鳴るよ」
 棚のスマホの方を見ている息子に告げると、
「光ってないよ、音がしないもん」
 息子はまだ雷の音と光の関係を知らない。音が鳴るまでにはだいぶ時間がかかったのでどうも雷は遠くのほうらしい。少し待っているとまた光った。
「ほら、光ったよ」
 今度はすぐ音が鳴った。
「本当だ」
 窓枠の隙間を見続けている。再び光るのを待っているのだろう。
「早く寝ないと雷様がおへそをとりに窓の隙間から眺めに来るよ」
 早く眠らせようと脅しにかかると息子は力を入れて目を閉じる。このまま興奮状態が続き、明日寝不足になっても困るのだ。
「ちち、映画館大丈夫かな」
 雷が気になって仕方ないのだろう。雷様が怖くて一度閉じた目を再び開き、私の目を見て言う。
「雷が映画館に落ちないかな」
 明日のことがよほど気になるらしい。
「大丈夫だよ、この光と音なら映画館より遠くに落ちているよ」

 安心したのか音楽に合わせトントンしていた私の手を自分の胸元に引き寄せて、その上にクマの抱き枕を抱き寄せて目を閉じる息子。すぐに寝息が聞こえてきた。
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