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第1章
仕掛けられた罠
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騎士団本隊の追跡を振り切り、同時に彼らを誘い込むための「舞台」を探す。それは、言うは易く行うは難し、だった。俺たちは数日間、森の中を慎重に移動し続けた。騎士団の気配に怯えながら、しかし反撃の機会を窺いながら。
求めるのは、俺たちが有利に立ち回れる場所。狭く、身を隠しやすく、できれば相手にとって厄介な障害があるような地形。そして、奴らが血眼になって追う「星霜の結晶」の手がかりを匂わせられるような場所であれば、なお良い。
深い峡谷、巨大な樹木が迷路のように連なる森、視界の効かない霧深い谷……いくつかの候補地を検討したが、どれも決め手に欠けた。そんな時だった。以前、アッシュ村の村長か、あるいは他の村人が話していたのを、ふと思い出したのだ。
「……村の北東にあるという、『腐蝕の沼』……」
毒の沼地で、足場が悪く、危険な魔物も多いことから、村人たちは決して近寄らないという場所。情報が少ない分、騎士団も警戒するかもしれないが、逆に言えば、未知の危険が潜む場所は、彼らにとっても大きな脅威となるはずだ。
俺たちは進路を変え、その「腐蝕の沼」を目指した。近づくにつれて、空気は淀み、鼻をつくような腐敗臭が漂い始める。木々の様子も変わり、どす黒い緑色をした奇妙な植物や、枯れかかったような不気味な木々が目立つようになった。
やがて俺たちの眼前に、広大な沼地が広がった。灰色の濃霧が立ち込め、視界は極めて悪い。地面はぬかるみ、一歩足を踏み入れるごとに、ぶくぶくと気泡が浮かび上がる。時折、沼の奥から、鳥とも獣ともつかない、気味の悪い鳴き声が聞こえてきた。
「……ここだ」
直感的にそう思った。この陰鬱で危険な沼地こそ、騎士団を葬り去るための、あるいは少なくとも足止めし、消耗させるための最高の舞台だ。
「プル、リンド、ここが俺たちの戦場になる。準備を始めるぞ」
「ぷるっ!(了解!)」
「キュル!(任せろ!)」
俺たちはまず、騎士団を確実にこの沼地へと誘い込むための工作を開始した。沼地の入り口へと続く道に、わざとリンドの大きな足跡をいくつか残す。さらに、斥候から奪った装備の一部――紋章入りの手甲の破片などを、あたかも戦闘中に落としたかのように、泥の中に半ば埋めておいた。
(これだけでは足りないか……。『星霜の結晶』の手がかりも匂わせたいが……)
結晶石そのものの魔力を再現するのは難しい。だが、俺は試しに、自分の魔力を微量に放出し、それを沼地の入り口付近の奇妙な光苔(ひかりごけ)に付着させてみた。結晶石の魔力とは違うが、何か特別なエネルギーの痕跡だと誤認してくれる可能性に賭けたのだ。
次に、沼地内部の調査と罠の設置に取り掛かった。プルに先行させて、比較的安全に移動できるルートを探らせる。幸い、プルはスライムの体で泥濘の上を滑るように移動でき、毒にもある程度の耐性があるようだった。リンドは低空飛行で、上空から地形や魔物の配置を確認する。
そして俺は、スキルの応用による罠を仕掛け始めた。【収納∞】の時間停止空間は、こういう時にこそ真価を発揮する。
(まずは、足止めだな)
俺は周辺で手頃な大きさの岩をいくつか見つけ、それらを時間停止空間に収納した。そして、騎士団が通りそうなルート上の、泥濘が特に深い場所のすぐ上に、目印をつける。奴らがそこを通過する瞬間を狙って、時間停止を解除し、岩を落下させて足止め、あるいは混乱させる算段だ。
さらに、沼地に自生している毒々しい色のキノコや、触れるとかぶれそうな蔓(つる)などを採取し、それらも時間停止空間に保存した。これも、戦闘中に投げつけたり、通路にばらまいたりすれば、嫌がらせ以上の効果が期待できるだろう。
プルには、特定の場所に大量の《粘着液》を仕込ませ、リンドには、いざという時にブレスで沼地の可燃性ガス(もしあれば)に引火させられるか試させた。(幸い、すぐに引火するようなガスはなかったが、熱波による威嚇や地形変化は狙える)
数時間かけて、俺たちは考えうる限りの準備を整えた。「腐蝕の沼」は、騎士団を迎え撃つための、巨大な罠へと変貌しつつあった。
準備を終え、俺たちは沼地の入り口が見渡せる、少し小高い丘の茂みに身を潜めた。プルは索敵に集中し、リンドはいつでも飛び出せるように翼を微かに震わせている。
濃い霧が、不気味な静寂と共に沼地を覆っている。だが、その静寂は破られる時を待っていた。
(……来た)
プルの微かな合図。そして、俺自身の耳にも、霧の向こうから近づいてくる複数の足音と、金属が擦れる音が届き始めた。その数は、斥候部隊の時とは比較にならない。間違いなく、本隊だ。
俺は静かに息を吐き、隣のリンドの首筋をそっと撫でた。
「さあ、おいでなさるがいい、騎士団様。歓迎の準備は整った」
濃霧の奥から、ゆっくりと銀色の鎧の輪郭が浮かび上がってくる。緊張が、俺の全身を支配した。
罠と欺瞞に満ちた、死の沼での戦いが、今、始まろうとしていた。
求めるのは、俺たちが有利に立ち回れる場所。狭く、身を隠しやすく、できれば相手にとって厄介な障害があるような地形。そして、奴らが血眼になって追う「星霜の結晶」の手がかりを匂わせられるような場所であれば、なお良い。
深い峡谷、巨大な樹木が迷路のように連なる森、視界の効かない霧深い谷……いくつかの候補地を検討したが、どれも決め手に欠けた。そんな時だった。以前、アッシュ村の村長か、あるいは他の村人が話していたのを、ふと思い出したのだ。
「……村の北東にあるという、『腐蝕の沼』……」
毒の沼地で、足場が悪く、危険な魔物も多いことから、村人たちは決して近寄らないという場所。情報が少ない分、騎士団も警戒するかもしれないが、逆に言えば、未知の危険が潜む場所は、彼らにとっても大きな脅威となるはずだ。
俺たちは進路を変え、その「腐蝕の沼」を目指した。近づくにつれて、空気は淀み、鼻をつくような腐敗臭が漂い始める。木々の様子も変わり、どす黒い緑色をした奇妙な植物や、枯れかかったような不気味な木々が目立つようになった。
やがて俺たちの眼前に、広大な沼地が広がった。灰色の濃霧が立ち込め、視界は極めて悪い。地面はぬかるみ、一歩足を踏み入れるごとに、ぶくぶくと気泡が浮かび上がる。時折、沼の奥から、鳥とも獣ともつかない、気味の悪い鳴き声が聞こえてきた。
「……ここだ」
直感的にそう思った。この陰鬱で危険な沼地こそ、騎士団を葬り去るための、あるいは少なくとも足止めし、消耗させるための最高の舞台だ。
「プル、リンド、ここが俺たちの戦場になる。準備を始めるぞ」
「ぷるっ!(了解!)」
「キュル!(任せろ!)」
俺たちはまず、騎士団を確実にこの沼地へと誘い込むための工作を開始した。沼地の入り口へと続く道に、わざとリンドの大きな足跡をいくつか残す。さらに、斥候から奪った装備の一部――紋章入りの手甲の破片などを、あたかも戦闘中に落としたかのように、泥の中に半ば埋めておいた。
(これだけでは足りないか……。『星霜の結晶』の手がかりも匂わせたいが……)
結晶石そのものの魔力を再現するのは難しい。だが、俺は試しに、自分の魔力を微量に放出し、それを沼地の入り口付近の奇妙な光苔(ひかりごけ)に付着させてみた。結晶石の魔力とは違うが、何か特別なエネルギーの痕跡だと誤認してくれる可能性に賭けたのだ。
次に、沼地内部の調査と罠の設置に取り掛かった。プルに先行させて、比較的安全に移動できるルートを探らせる。幸い、プルはスライムの体で泥濘の上を滑るように移動でき、毒にもある程度の耐性があるようだった。リンドは低空飛行で、上空から地形や魔物の配置を確認する。
そして俺は、スキルの応用による罠を仕掛け始めた。【収納∞】の時間停止空間は、こういう時にこそ真価を発揮する。
(まずは、足止めだな)
俺は周辺で手頃な大きさの岩をいくつか見つけ、それらを時間停止空間に収納した。そして、騎士団が通りそうなルート上の、泥濘が特に深い場所のすぐ上に、目印をつける。奴らがそこを通過する瞬間を狙って、時間停止を解除し、岩を落下させて足止め、あるいは混乱させる算段だ。
さらに、沼地に自生している毒々しい色のキノコや、触れるとかぶれそうな蔓(つる)などを採取し、それらも時間停止空間に保存した。これも、戦闘中に投げつけたり、通路にばらまいたりすれば、嫌がらせ以上の効果が期待できるだろう。
プルには、特定の場所に大量の《粘着液》を仕込ませ、リンドには、いざという時にブレスで沼地の可燃性ガス(もしあれば)に引火させられるか試させた。(幸い、すぐに引火するようなガスはなかったが、熱波による威嚇や地形変化は狙える)
数時間かけて、俺たちは考えうる限りの準備を整えた。「腐蝕の沼」は、騎士団を迎え撃つための、巨大な罠へと変貌しつつあった。
準備を終え、俺たちは沼地の入り口が見渡せる、少し小高い丘の茂みに身を潜めた。プルは索敵に集中し、リンドはいつでも飛び出せるように翼を微かに震わせている。
濃い霧が、不気味な静寂と共に沼地を覆っている。だが、その静寂は破られる時を待っていた。
(……来た)
プルの微かな合図。そして、俺自身の耳にも、霧の向こうから近づいてくる複数の足音と、金属が擦れる音が届き始めた。その数は、斥候部隊の時とは比較にならない。間違いなく、本隊だ。
俺は静かに息を吐き、隣のリンドの首筋をそっと撫でた。
「さあ、おいでなさるがいい、騎士団様。歓迎の準備は整った」
濃霧の奥から、ゆっくりと銀色の鎧の輪郭が浮かび上がってくる。緊張が、俺の全身を支配した。
罠と欺瞞に満ちた、死の沼での戦いが、今、始まろうとしていた。
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