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第1章
撤退
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三つ巴の混戦は、泥沼の様相を呈していた。騎士団の兵士たちは、毒や痒みに苦しみ、沼の魔物におびえ、そして俺たちという見えざる敵からの奇襲に消耗しきっていた。魔法使いは魔力切れ寸前で、防御障壁は風前の灯火。隊長『氷刃』はリンドとの激闘で深手を負いながらも、必死に戦線を維持している。だが、それも時間の問題だった。
(……潮時だな)
俺は、この悪夢のような舞踏会に終止符を打つべく、隠れ潜んでいた茂みからそっと顔を出した。そして、【収納∞】にアクセスし、時間停止空間に保管しておいた『切り札』を取り出す。それは、「試練の洞窟」で採取した、不安定で衝撃を与えると爆発する性質を持つ、黒く光る鉱石だった。安全に運搬・保管できたのは、時間停止空間のおかげだ。
(数が揃っているうちに、派手に花火を打ち上げてやろう)
俺は狙いを定め、騎士団の密集している中心部、そして消耗しきった魔法使いの近くへ向けて、複数の爆発性鉱石を立て続けに投げ込んだ!
「――おっと、プレゼントだ。受け取れ!」
俺の声に気づいた数名の兵士が顔を上げたが、もう遅い。鉱石は地面や兵士の鎧に衝突し、連鎖的に閃光と轟音を撒き散らした!
ドガガガガァァァン!!
小規模だが、密集地帯で発生した複数の爆発は、凄まじい破壊力を生んだ。衝撃波が泥水を吹き飛ばし、兵士たちの体を紙切れのように宙に舞わせる!
「ぐあああっ!」
「ぎゃあああ!」
「う、嘘だろ……!?」
断末魔の悲鳴と、絶望の声。爆心地に近かった兵士たちは即死、あるいは瀕死の重傷を負い、魔法使いは障壁ごと吹き飛ばされて気を失った。運良く直撃を免れた者も、爆風と飛散した岩石の破片で無事では済まない。騎士団の陣形は完全に崩壊し、組織的な抵抗はもはや不可能となっていた。
爆発は、周囲で暴れていた沼の魔物たちをも巻き込んだ。突然の閃光と轟音に驚き、あるいは傷を負い、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その凄惨な光景を目の当たりにし、リンドと激闘を繰り広げていた隊長『氷刃』の動きが一瞬止まった。彼の冷徹な仮面の下に、初めて明確な動揺と絶望の色が浮かぶ。
「……全滅、だと……? この、俺の部隊が……たった一人の追放者とその魔物ごときに……!」
彼は信じられないといった様子で呟き、リンドの追撃を剣で弾き返しながら、周囲を見渡す。動ける部下は、もはや数えるほどしか残っていなかった。自身も深手を負い、魔力も体力も限界に近い。
(……撤退、しかないのか……!)
騎士としての誇り、任務達成への執念、そして勇者アルヴィンへの義理。それらが彼の脳裏をよぎるが、現状はどうしようもない。ここで全滅するよりは、生き残って再起を図り、必ずやこの屈辱を晴らすべきだ。彼は苦渋の表情で、決断を下した。
「――撤退だ! 全員、離脱するぞ!」
氷刃は叫び、残った数名の兵士に撤退を指示する。そして、追撃しようとするリンドを牽制するため、最後の力を振り絞って剣を地面に突き立てた!
「『氷壁(アイスウォール)』!」
彼の足元から、巨大な氷の壁が瞬時に生成され、リンドの行く手を阻む! その隙に、氷刃は動ける部下数名と共に、霧の奥深くへと姿を消していった。その背中は、敗走者のそれ以外の何物でもなかった。
氷の壁は、リンドのブレスで数秒後には融解したが、追撃するにはすでに遅かった。
「……行ったか」
俺は、騎士団が撤退していった方向を見つめながら呟いた。
周囲には、戦闘不能になった騎士団兵たちが転がり、沼地の魔物の死骸が散乱している。プルが警戒しながら俺の元へ戻り、リンドも消耗した様子で俺の隣に降り立った。
戦闘は、終わったのだ。俺たちの、完全な勝利で。
俺はすぐに戦後処理に取り掛かった。動けない騎士団兵から、念入りに装備や金目の物を剥ぎ取り、【収納∞】へ回収する。今回は捕虜にするまでもなく、ほとんどが意識を失っているか、虫の息だった。彼らがこの後どうなるかは、この沼の魔物か、あるいは運命のみぞ知る、だろう。
(この場所も長居は無用だ)
騎士団の生き残りが戻ってくる可能性も、新たな魔物が現れる可能性もある。俺たちは消耗した体を休めるため、そしてこの勝利を噛みしめるために、速やかにこの「腐蝕の沼」を離脱することにした。
沼地を抜け、比較的安全な森の中まで戻ったところで、俺たちはようやく腰を下ろした。
騎士団本隊の一部とはいえ、正面からぶつかり、これを撃退した。それは、俺たちがこの辺境に来て以来、最大の成果であり、確かな成長の証だった。
「よくやったな、プル、リンド。お前たちのおかげだ」
「ぷるぅ…(疲れた…)」
「きゅる…(主こそ…)」
疲労困憊の二匹を労いながら、俺は空を見上げた。夕日が森を赤く染めている。
だが、これで終わりではない。隊長『氷刃』は逃げた。奴は必ず、さらに周到な準備をして、再び俺たちの前に現れるだろう。そして、その背後にはアルヴィンがいる。
「奴らは必ずまた来る。もっと強くならなければ……。そして、アルヴィン……お前との決着も、つけなければならない時が来たのかもしれないな」
夕日を背に、俺は静かに決意を固める。傍らには、どんな困難も共に乗り越えてきた、かけがえのない仲間たちがいる。俺たちの戦いは、まだ終わらない。
(……潮時だな)
俺は、この悪夢のような舞踏会に終止符を打つべく、隠れ潜んでいた茂みからそっと顔を出した。そして、【収納∞】にアクセスし、時間停止空間に保管しておいた『切り札』を取り出す。それは、「試練の洞窟」で採取した、不安定で衝撃を与えると爆発する性質を持つ、黒く光る鉱石だった。安全に運搬・保管できたのは、時間停止空間のおかげだ。
(数が揃っているうちに、派手に花火を打ち上げてやろう)
俺は狙いを定め、騎士団の密集している中心部、そして消耗しきった魔法使いの近くへ向けて、複数の爆発性鉱石を立て続けに投げ込んだ!
「――おっと、プレゼントだ。受け取れ!」
俺の声に気づいた数名の兵士が顔を上げたが、もう遅い。鉱石は地面や兵士の鎧に衝突し、連鎖的に閃光と轟音を撒き散らした!
ドガガガガァァァン!!
小規模だが、密集地帯で発生した複数の爆発は、凄まじい破壊力を生んだ。衝撃波が泥水を吹き飛ばし、兵士たちの体を紙切れのように宙に舞わせる!
「ぐあああっ!」
「ぎゃあああ!」
「う、嘘だろ……!?」
断末魔の悲鳴と、絶望の声。爆心地に近かった兵士たちは即死、あるいは瀕死の重傷を負い、魔法使いは障壁ごと吹き飛ばされて気を失った。運良く直撃を免れた者も、爆風と飛散した岩石の破片で無事では済まない。騎士団の陣形は完全に崩壊し、組織的な抵抗はもはや不可能となっていた。
爆発は、周囲で暴れていた沼の魔物たちをも巻き込んだ。突然の閃光と轟音に驚き、あるいは傷を負い、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その凄惨な光景を目の当たりにし、リンドと激闘を繰り広げていた隊長『氷刃』の動きが一瞬止まった。彼の冷徹な仮面の下に、初めて明確な動揺と絶望の色が浮かぶ。
「……全滅、だと……? この、俺の部隊が……たった一人の追放者とその魔物ごときに……!」
彼は信じられないといった様子で呟き、リンドの追撃を剣で弾き返しながら、周囲を見渡す。動ける部下は、もはや数えるほどしか残っていなかった。自身も深手を負い、魔力も体力も限界に近い。
(……撤退、しかないのか……!)
騎士としての誇り、任務達成への執念、そして勇者アルヴィンへの義理。それらが彼の脳裏をよぎるが、現状はどうしようもない。ここで全滅するよりは、生き残って再起を図り、必ずやこの屈辱を晴らすべきだ。彼は苦渋の表情で、決断を下した。
「――撤退だ! 全員、離脱するぞ!」
氷刃は叫び、残った数名の兵士に撤退を指示する。そして、追撃しようとするリンドを牽制するため、最後の力を振り絞って剣を地面に突き立てた!
「『氷壁(アイスウォール)』!」
彼の足元から、巨大な氷の壁が瞬時に生成され、リンドの行く手を阻む! その隙に、氷刃は動ける部下数名と共に、霧の奥深くへと姿を消していった。その背中は、敗走者のそれ以外の何物でもなかった。
氷の壁は、リンドのブレスで数秒後には融解したが、追撃するにはすでに遅かった。
「……行ったか」
俺は、騎士団が撤退していった方向を見つめながら呟いた。
周囲には、戦闘不能になった騎士団兵たちが転がり、沼地の魔物の死骸が散乱している。プルが警戒しながら俺の元へ戻り、リンドも消耗した様子で俺の隣に降り立った。
戦闘は、終わったのだ。俺たちの、完全な勝利で。
俺はすぐに戦後処理に取り掛かった。動けない騎士団兵から、念入りに装備や金目の物を剥ぎ取り、【収納∞】へ回収する。今回は捕虜にするまでもなく、ほとんどが意識を失っているか、虫の息だった。彼らがこの後どうなるかは、この沼の魔物か、あるいは運命のみぞ知る、だろう。
(この場所も長居は無用だ)
騎士団の生き残りが戻ってくる可能性も、新たな魔物が現れる可能性もある。俺たちは消耗した体を休めるため、そしてこの勝利を噛みしめるために、速やかにこの「腐蝕の沼」を離脱することにした。
沼地を抜け、比較的安全な森の中まで戻ったところで、俺たちはようやく腰を下ろした。
騎士団本隊の一部とはいえ、正面からぶつかり、これを撃退した。それは、俺たちがこの辺境に来て以来、最大の成果であり、確かな成長の証だった。
「よくやったな、プル、リンド。お前たちのおかげだ」
「ぷるぅ…(疲れた…)」
「きゅる…(主こそ…)」
疲労困憊の二匹を労いながら、俺は空を見上げた。夕日が森を赤く染めている。
だが、これで終わりではない。隊長『氷刃』は逃げた。奴は必ず、さらに周到な準備をして、再び俺たちの前に現れるだろう。そして、その背後にはアルヴィンがいる。
「奴らは必ずまた来る。もっと強くならなければ……。そして、アルヴィン……お前との決着も、つけなければならない時が来たのかもしれないな」
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