地味な図書館司書、異世界で「禁書」を解読したら、うっかり救国の英雄に

あーる

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難航

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 翌日、俺は意を決して、まずは街外れにあるというドワーフの鍛冶屋を訪ねることにした。

 バルトさんに案内してもらい、着いたのは煤けたレンガ造りの、いかにも頑丈そうな建物だった。カンカン、と規則正しい金属音が響いてくる。

 入口の分厚い木の扉を叩くと、中から野太い声がした。

「なんだ! 今、手が離せん!」
「あの、銀の竜亭の紹介で…柏木 透と申します!」

 しばしの沈黙の後、扉が軋みながら開き、中から想像通りの人物が現れた。背は低いが、肩幅は広く、筋肉質。立派な髭を蓄え、革のエプロンをつけたドワーフ。年の頃は…分からない。厳つい顔で俺を睨みつけてくる。

「……バルトの紹介? あいつが寄越すなんて珍しいな。何の用だ、ひょろっこい人間」
 これが鍛冶屋のグレンか。確かに、見るからに気難しそうだ。

「あの、実は、特殊な金属と鉱石を探していまして…『星銀』と『月雫石』というものに、心当たりはありませんか?」
 俺がそう言うと、グレンは眉をひそめた。
「ほう……星銀、だと? 月雫石、だと?」
 彼は俺を頭のてっぺんからつま先まで、値踏みするようにじろじろと見た。
「お前さん、そんなものを何に使う気だ? そいつらはただの金属や石じゃねえぞ。扱い方を間違えれば、ただじゃすまん代物だ」
「それは…承知しています。どうしても、必要な事情がありまして」
「事情、ねえ。どこぞの物好き貴族か、怪しげな魔術師の手先か?」
 グレンの疑念に満ちた目に、俺はたじろいだ。どう説明すればいい? 禁書のことなど話せるわけがない。

「……古い文献に、その二つを使った道具の記述がありまして。どうしても、それを再現してみたいんです。人助けのために、どうしても」
 しどろもどろになりながらも、俺は必死に訴えた。グレンは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。
「人助け、か。お前さんのような、鍛冶の『か』の字も知らなさそうな若造がか?」
「知識だけは、少し…」
「ほう? 例えば、星銀を加工する際の最適な温度は?」
 突然の質問に、俺は面食らった。しかし、禁書にはそういった記述もあったはずだ。確か…。

「……マナの活性化を最小限に抑えつつ、展性を確保するには、満月の夜に採取した『夜露』で冷却しながら、純粋な魔力結晶を燃料とした炉で、特定の…ええと、第三周期元素が共鳴する温度帯で…」
 俺が禁書の記述を思い出しながら口にすると、グレンの目が見開かれた。
「なっ…! お前さん、どこでそんな知識を!? それは、ドワーフの中でも一部の秘伝に属することだぞ!」
「え? ああ、いや、その、本に書いてあったことを…」
「本だと!? どんな本だ!」
 しまった、口が滑った。グレンは俺に詰め寄ってくる。
「い、いえ、その、とても古い本でして…」

 グレンはしばらく俺の顔を凝視していたが、やがて大きなため息をついた。
「……ふん。まあ、いい。お前さんが何者だろうと、その知識が本物なら話は別だ」
 彼は顎髭を撫でながら言った。
「星銀も月雫石も、ここにはない。だが、心当たりがないわけじゃない。月雫石なら、北の鉱山地帯で稀に産出されると聞く。星銀は…もっと厄介だ。隕鉄から精錬されるという伝説もあるが、定かではない。古いエルフの遺跡なんかに、稀に残されているかもしれん」
「エルフの遺跡…」
「ああ。どっちにしろ、この街ですぐ手に入るようなもんじゃねえ。それだけは確かだ」

 情報が得られただけでも大きな進歩だ。俺は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! とても助かりました!」
「礼には及ばん。だが、もし手に入れたとしても、それを加工するのは至難の業だぞ。特に星銀はな。そこらの鍛冶屋じゃ、触れることすらできん」
 グレンはそう言い残すと、さっさと工房の奥へ戻ってしまった。

 次は、記録官のエリオット先生だ。市庁舎の一角にある彼の執務室を訪ねると、そこは本と羊皮紙の山に埋もれていた。部屋の主であるエリオット先生は、小柄で痩身、大きな丸眼鏡をかけた、いかにも学者然とした老人だった。彼は俺の訪問にも気づかず、山積みの資料に没頭している。

「あの、エリオット先生…? 銀の竜亭のバルトさんの紹介で参りました、柏木 透と申します」
 俺が声をかけると、エリオット先生はゆっくりと顔を上げた。その目は、どこか遠くを見ているようだ。
「ふむ…バルトくんのか。珍しいね。それで、司書殿…いや、最近噂の『賢者様』が、こんな埃っぽいところに何の用かね?」
 この人にも噂が届いているのか。先生は興味なさそうに言った。

「先生は、古代言語に大変お詳しいと伺いました。実は、古代語の詩の、正確な発音を知りたいのです」
「ほう、古代語の詩とな? どの時代の、どの地域の詩かね? 作者は? 主題は?」
 先生の目が、初めて興味の色を帯びた。食いついてきた。

「ええと、『荒ぶるマナの渦を鎮めるための儀式』に関する詩でして…」
 俺がそう言うと、先生の目がさらに輝いた。
「なんと! それは失われた『調律の詩』ではないかね!? 現存していたのか! 素晴らしい! ぜひ全文を見せてくれたまえ!」
 先生は興奮して立ち上がり、俺に迫ってきた。

「あ、いえ、その、今は発音だけで…儀式に必要な部分だけを正確に知りたいんです」 「むむ…発音となると、これは非常に重要だ。古代語は音節の長短、抑揚、声の響かせ方一つで意味が変わることもある。特に儀式に関わる詩となれば、その正確性は絶対だ。間違えれば、神々の怒りを買うやもしれん!」  先生は熱っぽく語り始める。それは禁書の注意書きとも一致する内容だ 。
「それで、その詩の一部を、今ここで詠唱していただけませんか?」
「ふむ、よろしい。では、最初のフレーズを言ってみたまえ。私が正しい発音を教えよう」
 俺は禁書に書かれていた、詠唱の始まりの部分を、記憶を頼りに、できるだけ正確に発音しようと試みた。自己流だが、古代文字の知識から、ある程度の推測はできる。

「…『〇〇××△△、□□〇〇…』」
 俺がたどたどしく発音すると、エリオット先生はしばらく目を閉じて聞いていたが、やがてカッと目を見開いた。
「…むう! なんということだ! その発音…訛りはあるが、基本的な音韻体系は失われたはずの『古エルミナ北方方言』に極めて近い! 君は一体、どこでそれを学んだのだね!?」
「え!? あ、いや、その…独学で…」
「独学だと!? 信じられん! この発音の機微を独学で!? 君は天才か!? いや、あるいは…本当に『賢者』なのか!?」

 先生は俺の手を掴み、目をキラキラさせながらまくし立てる。偏屈なドワーフとは違う意味で、厄介なことになってきた。
「先生、落ち着いてください! 発音を…!」
「おお、そうだった! 発音だな! よろしい、私が徹底的に指導しよう! まず、その最初の音節だが、舌の位置が違う! もっと上顎の奥に…そう、そこだ! そして息の吐き方! もっと腹の底から…」

 それから数時間、俺はエリオット先生の熱血指導を受ける羽目になった。先生は古代言語のこととなると完全にスイッチが入るらしく、休憩もそこそこに、発音の細部、リズム、詠唱時の心構えまで、徹底的に叩き込まれた。正直、めちゃくちゃ疲れたが、おかげで禁書に書かれた『鎮めの詩』の詠唱に関しては、かなりの精度を得ることができたと思う。

 ぐったりと疲れて宿屋に戻ると、バルトさんが出迎えてくれた。
「おお、透さん! お疲れ様! どうだったね、グレンの親父とエリオット先生は?」
「……ええ、まあ……なんとか」
 俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「素材のありかは分かりましたが、手に入れるのはかなり大変そうです。発音は…みっちり教えてもらいました」
「そうか! やはり透さんだ! きっとうまくいくと思っていたぞ!」
 バルトさんは手放しで喜んでいる。

 素材探しは難航しそうだ。彫金師にもまだ会えていない。それでも、一歩は前進した…のだろうか。

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