地味な図書館司書、異世界で「禁書」を解読したら、うっかり救国の英雄に

あーる

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無茶な要求

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 衛兵隊の詰め所、その奥にある会議室。重苦しい空気が漂っていた。大きな長テーブルを囲んでいるのは、ゴードン隊長をはじめとする衛兵隊の幹部数名。そして、その末席に、場違いな俺が一人。なぜ俺がここにいるんだ。

「…以上が、旧市街地の水道異常に関する現状と、柏木 透殿による原因の推測だ」

 ゴードン隊長が状況を説明し終え、最後に俺の方を見た。

「透殿は、古代の知識に通じた、いわばこの問題の専門家だ。諸君も遠慮なく意見を述べ、共に解決策を探ってほしい」

 やめてくれ、専門家じゃない。それに、その期待に満ちた視線もやめてほしい。プレッシャーで胃が痛い。

 会議は始まったが、出てくる意見は素人考えというか、的外れなものばかりだった。

「いっそのこと、問題の区画全体を封鎖して、住民には移住してもらうというのはどうだ?」
「いや、それでは根本的な解決にならん。周辺の井戸を新たに掘削して、水の供給路を変えるというのは?」
「原因がマナ溜まりとやらなら、神殿にお願いして、大規模な浄化の祈祷を行ってもらうのが筋ではないか?」

 挙句の果てには、「そのマナ溜まりとやら、場所が特定できるなら、爆薬か何かで破壊してしまえば早いのではないか?」などという物騒な意見まで飛び出す始末だ。

 俺は内心で頭を抱えていた。封鎖や迂回は対症療法にしかならないし、放置すればいずれさらに大きな問題になるだろう。神殿の祈祷が古代のマナ溜まりにどれだけ効果があるのかも怪しい。そして、爆破なんて論外だ。禁書の記述によれば、不安定なマナ溜まりに強い衝撃を与えれば、それこそ大爆発を引き起こし、街ごと吹き飛びかねない。

 しかし、そんなことを口に出す勇気は、俺にはなかった。言ったところで、「じゃあどうすればいいんだ?」と詰め寄られるのがオチだ。俺だって、具体的な解決策なんて持ち合わせていない。

 やがて、会議室は沈黙に包まれた。誰もが有効な打開策を見いだせず、顔を見合わせている。そして、その視線は、最終的に、黙り込んでいる俺へと集まった。

「…透殿、何かお考えはあるか?」

 ゴードン隊長が、まるで最後の希望にすがるように問いかけてくる。他の隊員たちの視線も同じだ。

「貴殿の知識ならば…」
「賢者様のお知恵を拝借したい」そんな無言の圧力が、俺に重くのしかかる。

 完全に、責任を丸投げされた形だ。

「……少し、時間をください」

 俺は、か細い声でそう答えるのが精一杯だった。

「何か…方法があるか、調べてみます」

 そう言って、俺は逃げるように会議室を後にした。背中に突き刺さる視線が痛かった。

 宿屋の自室に戻り、ドアに乱暴に鍵をかける。そのままベッドに倒れ込み、天井を見上げた。頭がガンガンする。プレッシャーで押し潰されそうだ。なんで俺がこんな目に。

 だが、このまま放置するわけにもいかない。原因を特定してしまったのは俺だ。それに、もし本当に街が危険に晒されるとしたら、見過ごすことはできない。元の世界でのしがない図書館司書だった俺には縁のなかった、妙な責任感が芽生え始めているのかもしれない。…面倒くさいこと、この上ないが。

 俺は意を決して起き上がると、テーブルの上に鎮座する、あの黒い禁書に向き合った。これに頼るしかない。ページを一枚一枚、焦りを抑えながらめくっていく。マナ溜まりの「制御」「安定化」「鎮静化」…何か、何か方法があるはずだ。

 どれくらいの時間が経っただろうか。外はすでに暗くなり始めていた。集中力も切れかかり、諦めかけたその時、俺はついに該当すると思われる箇所を見つけた。それは、『荒ぶるマナの渦を鎮めるための儀式』と題された章だった。

 そこには、暴走しかけたマナ溜まりを一時的に安定化させるための、古代の儀式について詳細な手順が記されていた。

 まず、特殊な金属…『星銀(せいぎん)』と呼ばれる、極めて高いマナ伝導率を持つ金属で作られた、「調律器」という杖状の道具が必要らしい。写真も図もないが、形状に関する細かい記述がある。

 次に、その調律器の先端部に、『月雫石(げってきせき)』という、マナを吸収し安定させる性質を持つ特殊な鉱石をはめ込む必要がある。

 さらに、調律器の杖本体には、マナの流れを整えるための特定の古代文字の配列を、寸分の狂いなく精密に刻み込まなければならない、とある。

 そして、儀式本番。マナ溜まりの真上、つまり旧市街地のあの場所で、この特別製の調律器を用いながら、古代語で書かれた『鎮めの詩』を、正確な発音とリズムで詠唱し続ける必要があるという。

 …理論は、なんとなく理解できた。特殊な道具でマナの流れを整え、安定化させ、詩の詠唱によってマナそのものを鎮める、ということだろう。確かにこれなら、根本的な解決にはならなくとも、当面の暴走は抑え込めるかもしれない。

 だが。

「…無茶苦茶だろ、これ!」
 思わず声が出た。要求されるハードルが高すぎる。

 星銀? 月雫石? そんな金属や鉱石、聞いたこともない。どこに行けば手に入るんだ?

 古代文字の精密な彫刻? ただでさえ難しい古代文字を、金属の杖に寸分の狂いなく? そんな神業みたいなことができる職人が、この街にいるとでもいうのか?

 極めつけは、古代語による詠唱だ。俺は読めるだけで、話せるわけじゃない。発音なんて自己流だ。禁書には「詠唱の正確さが儀式の成否を分かつ。誤りは逆効果を招く危険すらある」とまで注記されている。俺の適当な発音で、街を危険に晒すわけにはいかない。

 これは、どう考えても俺一人では実行不可能だ。

 しばし呆然としていたが、それでも、これが唯一の手がかりであることには変わりない。やるしかない。腹を括るしかないのだ。

 俺は重い足取りで部屋を出て、一階のカウンターにいるバルトさんの元へ向かった。彼は俺の疲れ切った顔を見て、心配そうに声をかけてきた。

「おお、透。大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「バルトさん…ちょっと、聞きたいことがあるんですが…」
 俺はカウンターに身を乗り出し、必死の形相で尋ねた。
「この街、あるいはこの国で、すごく特殊な金属とか、珍しい鉱石とかに詳しい人、知りませんか? それから、めちゃくちゃ腕のいい彫金師とか…あと、古代の言語とか歴史にすごく詳しい学者とか、心当たりはありませんか?」

 俺の切羽詰まった問いに、バルトさんはトレードマークの髭を捻りながら、うーんと唸った。

「うーん、特殊な金属や鉱石、となると…街の外れに工房を構えてる、ドワーフの鍛冶屋の親父なら、何か知ってるかもしれんがな…。あいつは偏屈だが、腕は確かだ」
 ドワーフ? 本物の?

「彫金師なら、中央通りの宝飾店に腕利きがいるが、古代文字なんて特殊なものを彫れるかどうか…。学者は…ああ、一人、心当たりがなくもない。市の記録官をやっているエリオット先生だ。ただ、あの先生はちと…いや、かなり変わり者でな…」

 バルトさんの言葉は、暗闇の中に差した細い光のようでもあり、同時に、さらなる厄介事の予感も孕んでいた。偏屈なドワーフに、変わり者の学者か…。

 前途多難な人探し、物探しが始まりそうだ。俺は深く、深いため息をつかずにはいられなかった。

「…とにかく、当たるしかない、か」
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