地味な図書館司書、異世界で「禁書」を解読したら、うっかり救国の英雄に

あーる

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賢者の勤め

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「いや、あの、俺は別に…」

 俺の弱々しい抵抗は、鎧を着込んだ屈強な衛兵隊長の前では、木の葉のように無力だった。ゴードンと名乗った隊長は、「まあ、話だけでも聞いてくれ」と半ば強引に俺の腕を取り、衛兵隊の詰め所へと連行…いや、案内し始めた。

 宿屋から詰め所までの短い道のりは、まるで晒し者のようだった。噂はすでに街中に広まっているらしく、「おお、賢者様が!」「衛兵隊に協力なさるのか!」「これで街の厄介事も解決するぞ!」などと、道行く人々が興奮した声で囁き合い、俺に期待と好奇の視線を向ける。やめてくれ、そんな目で見ないでほしい。俺はただの元・図書館司書だ。

 詰め所の中は、外の喧騒とは打って変わって、緊張感が漂っていた。隊員たちが忙しなく動き回っているが、俺が入ると一斉に視線が集まる。そのどれもが、ゴードン隊長と同じように、何か大きな期待を寄せているように見えて、居心地が悪いことこの上ない。

 隊長室に通され、硬い木の椅子に座るよう促される。ゴードン隊長は、大きな机を挟んで俺の正面に座ると、厳しい表情で口を開いた。

「さて、透殿。単刀直入に、我々が貴殿の力を借りたい理由を話そう。それは、旧市街地の水道に関する異常事態だ」

 隊長の説明によると、ここ最近、街の中でも特に古い地区で、水道管が頻繁に詰まったり、破裂したりする原因不明の事故が相次いでいるらしい。技術者を呼んで調べさせても、管自体に物理的な損傷や異物が見つかるわけではない。水圧も管理されている範囲内だ。にもかかわらず、まるで気まぐれのように、突然水の流れが完全に止まったり、逆に管が内部からの圧力で破裂したりするという。

「修理しても修理しても、すぐに別の場所で同じことが起こる。まるで…水そのものが、何かの意思を持って暴れているかのようだ」

 隊長は苦々しい表情でそう言った。旧市街地の住民たちの生活は日に日に困難になっており、衛兵隊としても見過ごせない事態なのだと。

「我々も手を尽くしたが、通常の手段では原因の特定すらできん。だが、貴殿ならば…失われた古代の知識を持つ貴殿ならば、この不可解な現象の根源を突き止められるのではないかと、そう考えたのだ」

 隊長の目は真剣だった。冗談や、単なる噂への興味で言っているのではない。彼は本気で、俺の「力」に街の未来を託そうとしている。

「いや、ですから、俺にはそんな力は…ただ、古い本を読めるだけで…」

 俺は再度、必死に弁明しようとした。しかし、隊長は俺の言葉を遮るように、力強く言った。

「謙遜は結構。噂は聞いている。貴殿が禁書を解読し、光を生み出し、開かずの箱を開け、さらにはひとりでに動く扉まで作り出したことを。それほどの知識と力を持つ者が、ただの読書好きであるはずがないだろう」

 完全に誤解されている。しかも、かなり都合よく解釈されている。

 断るべきだ。俺にはそんな責任は負えない。そう思うのに、隊長の真剣な眼差しと、彼が語る街の人々の苦境を思うと、喉まで出かかった「できません」という言葉を飲み込んでしまった。

 それに…心のどこかで、ほんの少しだけ、好奇心が刺激されている自分もいた。原因不明の水道管異常。まるで水が意思を持っているかのような現象。もし、あの禁書に書かれていた「マナ」というエネルギーが関係しているとしたら…?

「…わかりました。協力できるかどうかは分かりませんが、現場を見てみるだけなら…」

 俺は結局、ため息混じりにそう答えていた。

 ゴードン隊長は「おお、そうか!」と表情をわずかに和らげ、すぐさま立ち上がった。「では、早速現場へ案内しよう」。俺は隊長と、屈強な衛兵数名に前後を固められるような形で、問題の旧市街地へと向かった。

 現場は、石畳が古びて所々が剥がれ落ちているような、歴史を感じさせる一角だった。見た目には、特に変わった様子はない。ただ、なんとなく空気が重いような気がしないでもない。

「この辺り一帯で、特に頻繁に問題が起きている」と隊長が説明する。

 俺はしゃがみ込み、石畳に耳を当ててみた。…微かに、だが確かに、地面の下から奇妙な低い振動音が響いてくるような気がする。水が流れる音とは明らかに違う、何か不規則な脈動のような音だ。

 これは、普通の物理現象だけでは説明がつかないかもしれない。俺は禁書の記述を思い返した。たしか、マナの流れや淀みを簡易的に観測する方法があったはずだ。高度な魔法ではない。あくまで基礎的な、センサーのような技術。

「隊長、少しだけ、一人で調べる時間をいただけませんか? あまり人に見られたくないので…」

 俺がそう言うと、隊長は少し訝しげな顔をしたが、「…わかった。あまり時間はかけられんぞ」と言って、部下たちと共に少し離れた場所へ移動してくれた。

 人気がなくなったのを確認し、俺は懐からチョークを取り出した。そして、禁書に描かれていた「マナ観測」のための古代記号を、記憶を頼りに地面の石畳に描き始めた。複雑な幾何学模様と、いくつかのルーン文字のようなものを組み合わせた記号だ。

 描き終えた瞬間、チョークで描かれた白い線が、ぼうっと淡い青白い光を放ち始めた。

「よし…!」

 効果はあったようだ。そして、光はすぐに一定のパターンを示し始めた。記号全体が脈打つように明滅している。特に、地下に水道管が通っているであろうラインに沿って、光の乱れが激しく、まるで黒い染みが広がっては消えるように、淀んだマナの気配が可視化されている。

 間違いない。この地下では、マナの流れが異常に乱れている。そしてその乱れが、物理的な水道管にまで影響を及ぼしているのだ。

 なぜ、こんな場所でマナが乱れている? 禁書の記述をさらに辿る。古代文明においては、都市機能の維持や防衛のために、意図的に大地からマナを汲み上げ、特定の場所に溜め込む「マナ溜まり」と呼ばれる施設が作られることがあった。しかし、それらは厳重な管理が必要で、ひとたび管理者が不在となったり、施設が破損したりすると、溜め込まれたマナが不安定化し、暴走して周囲に予測不能な影響を与える危険がある、とも書かれていた。

「もしかして…この旧市街地の地下には、古代に作られて、そのまま忘れ去られたマナ溜まりがあるんじゃないか…? それが今になって不安定になり始めて、この異常を引き起こしている…?」

 背筋に冷たいものが走った。あくまで推測だが、状況証拠はそれを強く示唆している。

 俺は急いでチョークの記号を足で消し、ゴードン隊長の元へ戻った。

「隊長、原因が…わかったかもしれません」

 俺は自分の推測を、できるだけ冷静に、客観的に説明した。地下に存在するかもしれない、古代の遺物、不安定化したマナ溜まりの可能性について。

 俺の話を聞き終えたゴードン隊長は、驚きに目を見開いた。

「マナ溜まりだと!? そんなものが、この街の地下に眠っていたというのか…!」

 そして、すぐにその表情が興奮に変わった。

「そうか、やはり貴殿に頼んで正解だった! よくぞ突き止めてくれた、透殿! これで対策が立てられる!」

「いや、待ってください!」

 俺は慌てて隊長の言葉を遮った。

「原因が分かったかもしれないというだけで、どうすればいいかなんて、俺には全く…それに、もし本当にマナ溜まりなら、下手に刺激するのは危険すぎます!」

 しかし、ゴードン隊長は俺の懸念などどこ吹く風、といった様子で力強く頷いた。

「心配はいらん! 原因が判明しただけでも大きな一歩だ! さすがは賢者様! 対策は我々で考える!」

 いや、だから賢者じゃないし、対策も俺に丸投げする気満々じゃないか、この人。

 原因は特定できた。だが、それは同時に、とんでもなく厄介な代物を掘り起こしてしまったことを意味していた。不安定な古代のマナ溜まり。どうすんだよ、これ。下手をすれば、街ごと吹き飛ぶんじゃないか?

 俺の顔から、さっきとは違う意味で血の気が引いていくのを、隣で興奮している隊長は気づいていない
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