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砂漠の国編

第183部分 さらに南へ

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 三日後。
 俺たちは今日、タオグナの街を出発する。

「こんな便利なものがあるんだったら、初めから欲しかったよ」

 食糧以外に一つ、購入したものがあった。
 特殊な車輪をした馬車だ。

 パトラティアの話だと、砂漠を進むならこれじゃないと車輪が埋まってしまうらしい。

 これでリザやナターシャの負担が減るなら、良い買い物をしたと思う。

「聞きたいのだけど、どうやって普通の馬車で砂漠を越えてきたの?」

 パトラティアに「リザが魔法で砂漠の砂を固めながら進んだ」と説明したら、呆れていた。

「でも、普通の馬車はどうするのかしら? ここに置いていくの?」

「それは心配いらない」

 俺は召喚盤の能力で馬車をカード化した。

「何それ!? 見たこのない魔法ね!」

 パトラティアは目を輝かせる。

「これは魔法じゃないよ。ちょっと変わった事情があるんだ」

 今、説明しなくてもいいだろう。
 獣人族の街まではかなりの距離があるらしい。
 その間の話題にしようか。

「やっぱり英雄は人とは違う力を持っているものなのかしら?」

「特別な力というのは認めるけど、俺は英雄なんかじゃない」

「謙遜ね。ハヤテはこうやって戦争を終わらせる為に働いているじゃない」

 パトラティアは俺に敬愛の眼差しを向ける。
 彼女には悪いが、俺はそんな立派な人間じゃない。

「俺が竜人族や蛇人族君たち、そして、これから獣人族に会いに行くのは平穏が欲しいからだよ」

「平穏の為?」

「そう、平穏の為。戦争の火種を無くして、平和な時代を作りたいんだ」

「それこそ、英雄の所業じゃない? 全種族のことを考えているってことでしょ?」
 
 パトラティアは言葉に対して、俺は首を横に振った。

 レイドア攻防戦の時は英雄を演じた。
 もう英雄なんて重責はごめんだ。

「俺はそんな全体のことは考えていない。俺に人類や亜人全体のことなんて考える器はないよ。俺が考えているのは俺の身の回りのことだけ」

 俺はリザたちを見た。

「俺の大切な人たちが戦争に出たり、戦争の被害に遭ってほしくない。……それから、もし、俺に子供が出来たら、その子たちには戦争に行って欲しくない。俺が望んでいるのはその程度のことだよ」

「けど、いつかはまた戦争が起きるわ。ハヤテは平和が永遠に続くと思っているの?」

 その問いかけにも俺は首を横に振った。

「永遠に平和が続くなんて思ってないよ。でも、平和だった時代は歴史上にもあったはずだ。俺の願いは出来るだけ平和が長く続くことだよ。……奇麗ごとかな?」

「綺麗事ね。でも、理想や目標を持つことは大切なことだわ。私も他種族の集合国家思想や奴隷制度の廃止を唱えた十年前、頭の固い年寄りたちに文句を言われた。でも、私のやったことは成功したと思っている。この国は私の理想の形よ」 

 パトラティアは愛おしそうな視線をタオグナの街へ向けた。

「さてと……これからは全種族のことは置いておいて、ハヤテの為に私は微力を尽くすわね。リザちゃんやアイラさんみたいな長命種族が生涯を全うするまでは無理かもしれないけど、せめて私やハヤテ、ナターシャさんが天寿を全うするくらいまでは平和であって欲しいわ」

 パトラティアはそう言いながら、馬車にリュックサックくらいの大きさの荷物を積み込んだ。


「女王陛下!」


 今日、俺たちの出発には多くの、本当に多くの民衆が見送りに来た。
 蛇人族だけではなく、獣人族や亜人、人間も駆けつけた。
 これを見るだけでパトラティアが慕われているのが良く分かる。

「本当に行かれてしまうのですか?」

 そんな声が聞こえて来た。

 パトラティアは民衆の前に立つ。
 彼女の雰囲気が変わった。

「皆の者、これはこの国の統治者だった私からの最後の言葉です」

 パトラティアの声に騒がしかった民衆は静かになる。
 初めて会った時、威厳ならシャルロッテの方がある、と思ったことを謝らないといけない。
 こうして民衆の前に立つ姿は間違いなく、一国の主だ。

「魔王は倒れ、時代は新しい平和な時代に進もうとしています。平和な時代には、それに相応しい王が必要です。それは私ではありません」

 パトラティアはスタンレンさんに視線を移した。

「後のことはお願いね、叔父様」

 パトラティアの威厳は消えた。
 年相応に、いや、もっと子供っぽく無邪気に笑う。

「まったく、王位に着いてから十年、落ち着いていたと思ったら…………」

 スタンレンさんは砕けた言葉をパトラティアに送った。

「ハヤテ殿、パトラティアのことをお願いします。今後の旅の安全も願っています」

 俺はスタンレンさんと握手を交わす。

「まぁ、もし、手に負えなかったら、野に放してください。パトラティアは結構逞しいので何とか生きていけると思いますよ」

「ちょっと、それは酷くないかしら?」

 パトラティアが抗議すると民衆は笑った。

「じゃあ、みんな、行ってくる!」

 パトラティアは民衆に手を振る。
 手を振り返す人や泣いている人がいる。

 パトラティアは背中を向けて、振り返らなかった。

「良いの? しばらく会えないよ?」

 ナターシャがパトラティアに話しかける。

「いいの、みんなを見たら、この街を出たくなくなっちゃうわ。私は私の冒険をするって決めたのよ」

「そう」とナターシャは言い、パトラティアにハンカチを渡した。
 彼女はそれを受け取り、目元を拭く。

「さて、みんな、乗った?」

 ナターシャの点呼に全員が応える。

「じゃあ、出発するね」

 俺たちは新しい仲間を加えて、進路をさらに南に向けた。
 次の目的地は獣人族の首都『ナザバーン』だ。
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