約束へと続くストローク

葛城騰成

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第六章 過去と向き合うストローク

第二十五話 友だち②

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 ウチに言いたいことを言ったからか、はたまた、ウチがやる気を取り戻したのがわかったからか、そこからは四人で和気藹々と他愛のない話をする時間になった。
 最初は部活に参加しなかった自分が楽しい思いをしていいのか考えてしまって、なかなか思うように喋ることができなかったけど、普段皆とつるまない璃子でさえ楽しんでいる姿を見て、ウチも楽しむことにした。
 中條ちゃんがタメ口で話す練習をし始めた頃は、みっちーをみっちゃんと呼ぶだけで恥ずかしがっていたことをみっちーが楽しそうに話してくれたり、近畿大会を観戦した家族から称賛の言葉をもらうことができたと中條ちゃんが笑顔で話してくれたり、璃子が走る距離を今までよりも増やしたことを話してくれたり、とても楽しい時間を過ごすことができた。
 しかも、それだけでは皆の興奮が冷めることはなかった。むしろ気持ちが昂っていく一方で、組み立て式の丸いテーブルを部屋の中央に置いて、そこにお菓子の袋や飲みものを集めてパーティーみたいに騒ぐ事態にまで発展してしまった。
 一人で悩んでいた時間が嘘だったみたいに心が軽かった。こうやって騒ぐのもたまには悪くない。

「これから夏休みに入るんだし、なにかしたいよね~。遊べるようになるのは、インハイが終わってからになっちゃうと思うけど、どこかに皆でお出掛けとかしたい~」

 ポッキーやポテトチップスを食べていると、みっちーが夏休みの話題を出してきた。
 柊一君のことで頭がいっぱいになっていたけど、よくよく考えれば七月がもう終わるんだ。この間入学式だったような気がするのに、来週は八月だなんて時間の流れが早く感じる。

「夏休みに入っても水泳部の活動は毎日のようにあるし、宿題をしたり授業の復習をしたりしないといけないから、あまり遊べないと思うよ」
「なかじょっちは真面目すぎなんだよ~。なんで夢のないことを言うの」

 袋の上に広げられたポッキーへ伸ばそうとした手が止まる。ウーロン茶やカルピス、オレンジジュースなどいろいろな飲みものを飲んだせいか、お腹がいっぱいになってしまったようだ。

「夏休みって言葉で思い出したけれど、皆は実家に帰ったりはしないのかしら?」

 璃子の言葉で、宮津市の情景が頭に思い浮かぶ。親元を離れてからまだ四ヶ月くらいしか経ってないのに、故郷が随分と懐かしく感じられた。おとんとおかんは元気にしているだろうか?

「わたしは家に帰らないで、ずっと寮にいると思う」

 さっきまではしゃいでいたみっちーが、声のトーンを落として璃子の質問に答えた。そういえば、お母さんを見ると苦しくなっちゃうから寮生活をしているんだっけ。お兄さんと仲良くなってきた今も、そこの心境は変わらないままなんだ。

「私はインハイで行うメドレーリレーの結果次第で、帰るかどうか考えます」

 みっちーと同様に、中條ちゃんも消極的な反応だった。彼女を馬鹿にした中学時代の水泳部の人たちを思い出してしまうからだろうか? 中條ちゃんが自分で納得できる実績を手に入れない限り、帰らないつもりなのかな。
 長い間、ウチが柊一君と会わずに手紙のやりとりだけを続けてきたみたいに、みっちーも中條ちゃんもそれぞれ抱えているものがあって、自分の明日を変えようと必死に水泳を頑張っている。
 普通なら自分のことで精一杯になってしまうのに、それでもウチのために動いてくれた皆には感謝しかない。ウチが泳ぐことで恩を返せるのかわからないけど、続ける意思を取り戻させてもらったからには頑張らないといけないね。

「紗希はどうするの?」
「ウチは帰ると思うよ。会いたい人たちが何人かいるしね。璃子も帰るなら一緒に帰る?」
「そうね。あたしが一位、紗希が二位って結果ならそれもいいかもしれないわね」
「逆です~。ウチが一位です~」

 いつもと同じようなやりとりなのに、璃子にムカつくことはなかった。彼女の優しさに触れて、ウチの中の評価が変わったからかもしれない。
 ここまでこれたのは、間違いなく璃子のお陰だ。璃子がライバルでいてくれたからこそ泳ぎ続けることができたんだ。恥ずかしいから言わないけどね。
 皆の顔をじっくりと眺める。そこには、まだまだ解決していない問題はあるけど、なんとかなるって根拠なく思えちゃうくらい眩しい光景が広がっていた。

 顧問や水泳部の皆に頭を下げて迷惑をかけてしまったことを謝ったウチは、なんとか水泳部の活動に復帰することができた。それはとても喜ばしいことなんだけど、復帰してそうそう頭を悩ませる出来事が起きていた。
 みっちーや中條ちゃんが、ウチが全国に臨むプレッシャーにやられてしまったから休んでいたんだと伝えていたみたいで、水泳部の皆から「意外と繊細なんだね」と言われるようになってしまった。
 しかも、二人に便乗して璃子まで、あまりの緊張にずっとお腹を痛がっていたなんていう嘘をつくものだから、皆からのウチの評価ががらりと変わってしまい、同級生から「大丈夫?」なんて言われたり、先輩から温かい目で見られてしまうようになってしまったことが問題だった。いつも通りに接してほしいのに、変に気遣われてしまうから、非常にやりにくい。

「金井ちゃんは泳ぐのが速いんだから、自信を持っていいんだからね!」

 意外とこの嘘を広めることに乗り気なのが中條ちゃんだった。部員たちに聞こえるような声を出して、ウチに励ましの言葉を送ってくる。今までは物静かな雰囲気を出していたから気付かなかったけど、何気に彼女は神経が図太いのかもしれない。
 わかっている。ウチが休んでいた本当の理由を言わなくていいようにしてくれたんだってことは。みっちーたちの優しさには感謝しているけれど、欲を言わせてもらえるなら、もっとましな嘘はなかったのだろうか。

「水泳部に戻ってきた感想はいかがかな?」

 ウチが困惑していることを心底楽しんでいるのだろう。みっちーがニヤニヤしながら話しかけてきた。

「お陰様でとても快適に泳げているよ」
「それは良かった。いろいろと頑張ったかいがあったよ」

 本当に楽しそうでなにより。みっちーも中條ちゃんも満面の笑みを浮かべている。
 璃子は……いつも通りといった様子で、一人で延々と泳いでいる。
 このやり辛さはとうぶん変わりそうにないから、我慢して活動するしかない。
 とにかく、璃子に勝つことを目標にして頑張ろう!
 そう決意を固めたウチの出鼻を挫くみたいに、皆のウチへの接し方が変わってしまったことなんてどうでもいいと思えるくらいの問題が、その日の夜にもたらされた。
 みっちーがいつもと同じようにお兄さんに電話をかける。本当だったら、ウチが水泳部に戻ることができたことを報告するだけの短い電話のはずだった。四人で夜ご飯を食べる約束をしていたので、みっちーを残してウチらは先に食堂に向かっていた。

「みっちゃん、遅いですね」
「えらく長いこと話しこんでいるみたいね」

 テーブルの上に置かれたご飯や味噌汁、焼き魚や肉じゃがなどから出る湯気を見つめる。
 みっちーが来てから食べようと思っているので、まだ三人とも一口も食べていない。
 早くしないと冷めてしまう。なんてことを考えながらソワソワしていると、誰かが走っている音が廊下から聞こえてきた。

「金井っち!」

 声が聞こえたので顔を上げると、慌てた様子で近付いてくるみっちーの姿があった。

「どうしたのっ⁉」
「はぁ……はぁ……シューイチ君が……」

 膝に手をついて喋るみっちーは、肩を上下させて息を切らしている。

「落ち着いて。柊一がどうしたの?」

 璃子がみっちーの背中をさすりながら話しかける。

「金井っち、よく聞いて。シューイチ君が怪我しちゃったんだって!」
「柊一君が……怪我?」
「しかもね……その怪我のせいで、インターハイに出れなくなっちゃったみたいなんだ!」

 彼女の言葉を皮切りに、ウチら三人に衝撃が走った。
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