忘れられた姫と猫皇子

kotori

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恐ろしい出来事

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 フェリはいつものように、皇子の宮へと向かった。
 宮は、ここジグラード帝国の首都グランデの中でも西の外れにある。フェリの住む緑の館もそうだ。
 もう少し進むと山が広がり、その裾を森が覆っているのだが、皇子宮へ行くには街の中より、この森の中を行った方が近かった。

 フェリが通い慣れた道を、宮の門まであと少し残したところまで来たときだった。
 
 少し先の木々の間がキラッと光った。
 それと同時に、激しく金属がぶつかり合う音が気こえる。
 それは剣と剣とが激しく切り結ぶ音だった。

 フェリは嫌な感じがして、そちらへむかうと木の間から怖々覗きこんだ。

 と、ランドル皇子の姿が飛び込んできた。

 覆面をした男たちが皇子を取り囲み、斬りかかっている。
 皇子は剣をきらめかせ応戦していた。
 皇子の剣の腕は見事なものだと、前に厩舎の男たちが話しているのを聞いたことがある。
 確かに、皇子の剣が目の前の男を、その両隣の男を、次々切り伏せる。
 本当に見事な剣捌きだった。が、他の男たちが皇子を取り囲むように間合いを詰めてくる。

 男たちは何人いるだろう、おそらく倒れている者を除いても十人以上いるだろう。対して皇子はたった一人だ。

 フェリが息を詰めて見ていると、皇子は後ろから斬りかかってきた男を振り向きざまになぎ払い、そのまま踊るように回転し、隣から切り掛かった男に一太刀浴びせた。

 しかし相手は数を頼みに代わる代わる皇子に斬りかかってくる。
 数人切り伏せたくらいでは追いつかない。
 なんて卑怯な。

 フェリは体が熱くなった。

 いつもフェリにとっては鬱陶しい、皇子に付き従っている騎士たちは一体どうしたのか。
 フェリは辺りを見回すが、いつもは必ずいる騎士がどこにもいない。

 と、足元に倒れている男の体に、皇子がつまずいた。すかさずそこにすぐ後ろの男が剣を払う。
 剣は皇子の脇腹を掠めた。
 それと同時にもう一人が回り込み、皇子の肩口を突き刺した。
 血飛沫があがる。
 続いて後ろの男がもう一太刀。
 フェリは自分でも気づかないうちに叫んでいた。

「皇子!」

 フェリは叫びながら、手近にあった石を掴んで投げていた。
 石は全く奴らのところまで飛ばなかったが、男たちはギョッとして振り返った。

「子供だ!」
「始末しろ」

 押し殺した声がする。
 フェリはあっという間に腕を捕まれ引き摺り出された。
 目の前に、ランドル皇子が倒れていた。上着が血で真っ赤に染まっている。

「ランドル皇子!」

 フェリは泣きながら駆け寄ろうとするが、男の手を振り払えない。そして、その男は無言でフェリに向かって剣を振り上げた。
 その剣は皇子の血に濡れた剣だった。

 切先がフェリに向かって落ちてくる。しかしフェリの目にはその向こうの、倒れているランドル皇子しか見えなかった。

「皇子!」

 フェリが叫ぶ。

 と、そのときだった。

 さっと風が吹いた。

 それは突風でもなく、緩やかな風だったが、なぜかその場にいた者は全員首筋を撫で上げられたような不気味さを感じ、思わず動きを止めた。

 空が陰った。

 一瞬にして辺りは夕暮れのような色に染まっていた。
 その紫色の空を男たちは全員、驚いて見上げ、

 そして消えた。

 フェリは自分を掴んでいた男が消えて、尻餅をついた。捻りあげられた腕はじんじんしたが、そのまま這うようにして、ランドル皇子のもとへ行く。
 皇子の体は血で染まっていた。
 脇腹と……肩の傷が酷い。フェリは傷口を両手で押さえたが、吹き出す血は止まらない。

「フェリシア」

 誰かがフェリの名を呼んだ。

「フェリシア……フェリ」

 フェリは声の方へ顔をあげた。
 そこには、金色の髪を高く結い上げた女性がいた。とたんに新しい涙が溢れ、女性の姿がぼやけていく。

「助けて、ください。お願い。ランドル皇子が……」

「今日はそなたの誕生日であろ? どうだ? ちゃんと覚えていたのだぞ?」

「お、皇子を……、お願いです……」
 フェリは皇子の傷口を押さえたまま、絞り出すようにそう言った。

「おや? ……フェリ、そなた、随分と大きくなったな? 一年でそのように大きくなるものかの?」

 話が……。フェリは女性が何を言っているのか分からなかった。

「エイディーン様、フェリシア様のお側を離れてから、もう十三年です」

 女性の後ろから青年が現れた。彼が呆れたようにそう女性に告げる。
「十三年? なんと? グリッグ! 一年ではないのか?」
「この国では十三年過ぎました。フェリシア様は今日十四になられました」
 そう言ってグリッグと呼ばれた青年はフェリの顔をまじまじと見つめた。
「エイディーン様によく似ていらっしゃる、なんとお可愛らしい」

 血が。

 フェリの手の下で、ランドル皇子の血が弱まっている。血が止まりかけているのではない。皇子の心臓が……。

 フェリは「皇子!」と叫んだ。

「皇子?」

 女性はやっと横たわっているランドルに気づいたらしい。そちらへ目を向けると、眉をひそめた。

「これは……、この国の皇子か?」
「シアドラー家の者でしょうかね。皇子と呼ばれるからには皇太子かな?」
「そうか。でも……、この者、もう助からぬな」
 フェリは悲鳴をあげた。
 女性が何を話しているか、全く頭に入ってこなかったが、そこだけは聞き取れた。

 すると女性は、フェリを見つめた。
 緑色の瞳は優しそうに見えるが、何か、ハッとするような光もそこにあった。

「フェリ、この者を助けたいのか?」
「助けて!」
 即座にフェリは叫んだ。
「そうか」
 女性はゆったりと微笑んだ。
「今日はフェリの誕生日だしの」

 すると、女性の体からまるで虹のような光が立ち昇った。
 その光が、フェリを。そしてランドル皇子を。包み込んだ。

 まるで空から太陽が落ちてきたかのような光に包まれ、フェリは思わず目を閉じた。

「さあ」
 女性の声が響く。
「皇子の命を繋いだぞ。フェリ、これでいいだろう」
 光の中、フェリの腕の中に何か温かくて柔らかく、なめらかなものが落ちてきた。
「それを持ってお行き」
 女性の声が耳元で響いた。どこか懐かしい、優しい声だった。
 女性の気配が遠ざかっていく。

「グリッグ」
 遠くなりながら、微かな声が聞こえた。
「仰せのままに」
「ついていけ」

 遠くに聞こえたそれを最後に、空の色が変わった。

 消えたはずの男たちが現れた。

 フェリは腕の中のものをしっかりと抱きしめ、男たちの間をすり抜けた。

「子供が逃げたぞ!」
「捕まえろ!」
「待て! 皇子が!」
「皇子が消え……」
 男たちのざわめきが遠ざかる。

 フェリは、森の中を必死に走った。
 フェリの前を、まるで道案内するかのように青い鳥が羽ばたいていた。
 長い尾羽がひらひらとたなびく。
 フェリは誰に言われたわけでもなかったが、ただその鳥だけを一心に見つめ、無我夢中で鳥を追って走った。
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