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帝国の薔薇
しおりを挟む帝国の薔薇
ラティーシャ・ブロー・ラムズは苛立っていた。
シルク、サテン、タフタ、ビロード……、目の前には、色とりどりの布のサンプルがずらりと並んでいる。そしてその隣には様々なレース。そしてリボン。金銀宝石で作られた光るボタン……。
しかし、ラティーシャはそれらを一瞥したきり口を開かない。しばらくしてようやく発した言葉は「お茶」だった。
すぐさま後ろに控えていた侍女が、ティーカップを差し出す。それを一口飲むとラティーシャはようやく傍らの男を見た。
男の名はコナー。帝国で一番人気の仕立て屋の店主だ。そのコナーは青ざめ顔を伏せた。
「私の……」
ラティーシャの声は、恐ろしく冷たいものだった。
「私の春のドレスは、この中から選べというの?」
コナーは恐る恐る顔を上げる。
「こ……こちらの生地は、店で一番人気の布地ばかりでございます。
当店お抱えの機織り工房の中でも、最高技術の者、皇帝陛下のお召し物も織らせて頂いておる者の手によるものばかりです。
ま、また、こちらは有名な絹の産地アムメクからはるばる取り寄せたもの。その中でも一級品ばかりお持ちしました。
それから、こちらの斬新なプリント地は、若手の職人達が織り上げたもので、大変人気があります。も、もちろん今日お持ちしたのは、出来たての新しいデザインとなります」
額に浮かぶ汗を拭いながらコナーが説明するが、ラティーシャは無言だ。
「お色は、こちらの濃い青が今流行りでして……。今年は、他にこの深い赤、黒っぽい緑……とシックな色合いが人気です。も、もちろん定番のピンクに水色などももございます……。
それから、こ、こちらの刺繍は……」
ラティーシャは、紅茶茶碗を乱暴に皿に載せた。カシャン! という音に、コナーは口をつぐんだ。
「ねえ」
ラティーシャがひたとコナーに目をやる。
「私は誰?」
コナーは目を伏せた。
「ラムズ公爵令嬢ラティーシャ様……」
「……」
「帝国の薔薇でございます……」
「……」
「美しさはもちろん、家柄でも最高の……皇室に現在女性がいらっしゃらない今、……帝国一の女性で……らっしゃいます……」
「そう。知らないかと思ったわ」
ラティーシャは薄笑いを浮かべた。
「その私に、そこいらの御令嬢と同じような、こんな生地でドレスを作れと?」
コナーの額に汗が浮かぶ。
「そ、そこはもちろん、デザインとそれから刺繍やレースのクオリティと……」
そこまで答えた時、ラティーシャの手がサッと動いた。
生地のサンプル、豪華なレースの上に紅茶がぶちまけられる。
「来週までもっと美しいものを持ってきなさい」
コナーは「かかかしこまりました」と頭を下げ、控えていた店員に品物を片付けさせると、部屋を飛び出して行った。
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