忘れられた姫と猫皇子

kotori

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アラベラ先生の心配事 2

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 こんな嬉しいことはない。
 それからのエドニとアラベラは舞い上がってしまい、何も手につかず今日の
 授業はお休みとすることにした。

 侍女がお茶の支度をしている間だった。
 アラベラがふっとため息をついた。
「先生?」
 エドニが不思議そうな顔をする。それに気づいたアラベラは慌てて笑顔を浮かべた。

「ごめんなさい、こんなおめでたい日に私ったら。……実は、さっき骨董店によったら気になる物を見つけてしまって……」
「気になる物?」
「ええ……」
 アラベラは手元のポーチから小さな髪飾りを取り出した。

 それは薄いピンクのリボンに小さなエメラルドが縫い付けられた物だった。子供用なのかサイズが小さい。

「これは……私が昔作った物なのです。
 エドニの前に音楽のレッスンを頼まれていた令嬢のお誕生日に差し上げました」

「まあ。私の前と言うと、私がお習いするようになって六年くらいですから……」
「ええ、それより二年程前ですか。
 ラムズ公爵家のお嬢様で、まだ六歳でした」

「ラムズ公爵……。ラティーシャ様ですか?」

 アラベラは首を振った。
「もう一人お嬢様がいらっしゃったのです。テルシェ様の他にもう一人側室がいらっしゃって、そこに生まれたお嬢様でした」

 エドニは、驚いた。側室を持つ貴族は多い。子供はある程度いた方がいいので、側室を何人も持つのは珍しいことではない。ただ、皇帝陛下のように、一人も持たない方もいる。

「知りませんでした……。ラムズ公爵にもう一人のお嬢様が」

「フェリシア様と仰って、それは愛らしい方でした。ほら、この刺繍は私が刺したのです」

 そのリボンには、確かにFの飾り文字が刺繍されていた。

「でも、なぜこれが骨董店などに……?」
「そこなんです」
 アラベラは暗い顔をした。

「フェリシア様のお屋敷は、このリボンをお贈りした少し前から、使用人がどんどん減っていって……、私も急に、もう来なくていいと言われたのです。
 でも、お嬢様のことが何となく気がかりで、私は家庭教師を辞めても時々伺っていました。……でも、あの頃、お屋敷に伺うといつも……その、……調度品が見えなくなっているのです」
「え? 調度品?」
「ホールにあった彫刻や、壁の絵画や、椅子やテーブルや……厩舎の馬も……」
「……?」
「私はどこかお屋敷を移られるのかと思ったのですが、それにしても、お嬢様の侍女や執事も姿が見えなくて」
「どういうことでしょう」

「私は……」
 アラベラは躊躇いがちに言った。

「もしかしたら、どれも売られてしまったのではないかと……」
「ええ?」
「一度、使用人たちが荷物を運び出しているのを見かけたのです。それは、美術品ではなく食器や厨房の鍋なんかだったのですが、その時、使用人たちがどの品物をどう分けるかで争っていました。どちらが高く売れるかと……」
 
 エドニは、驚いて声が出なかった。

「それからあとは、私が尋ねても中に入れては貰えませんでした。そして、このリボンです。こんな品まで流れているなんて。フェリシアお嬢様は、今どうしていらっしゃるのか……」

「ちょっと待ってください」
 エドニはアラベラの手を取った。

「その二番目の側室はどちらの方なのですか? その方はいったい……」
 アラベラは首を振った。
「それが分からないのです。私が伺っていた頃にはもうフェリシア様のお母様はいらっしゃらなくて、お嬢様おひとりでした。もしかしたら、貴族ではなかったのか……、分からないのです」

 ラムズ公爵令嬢ラティーシャ様のことは知っている。歳の頃も一緒だし何かの折に会えばご挨拶していた。でも、公爵家にもう一人お嬢様がいたなんて……。

 エドニは不思議だと思った。

 貴族の令嬢のことは、エドニもたいてい知っているつもりだった。すべて、とは言えなくとも大概わかる。なのに、ラムズ公爵家のような大貴族の令嬢なのに、一度も噂を聞いたことがないとは……。
 どんな方なのか……。いえ、それよりアラベラの話からすると今どうしていらっしゃるのか……。

「先生、どなたかそのお嬢様のことをご存知の方がいるかもしれません。お母様……いえ、叔母様に私、聞いてみます」
 そう、エドニの父方の叔母が、社交界の噂をとてもよく知っていた。もしかしたら叔母なら何か知っているかもしれない。
 
 
 そうして、それから数日後エドニが叔母に教えて貰った話は気の毒なものだった。
 エドニはまた訪ねて来てくれたアラベラに、その話をした。

「先生……。そのお嬢様は、ちょうど先生がお辞めになったあと、天疫痘にかかったらしいんです」
「えっ」
 
 天疫痘は怖い病だった。昔はこの病で大勢の人が亡くなったという。今は良い薬が出来たが、それでも時々薬が合わず亡くなる方もいる。そして何よりこの病は、治っても酷い傷跡が残るのだ。

 ラムズ公爵家のお嬢様は、命は助かったものの顔にも体にも酷い発疹の痕が残り、今では誰とも会うことなく引きこもっているのだと言う。

「そんな……」
 話を聞いてアラベラは青ざめた。
「そんな事が……」

 でも、瞳に不審そうな色が浮かんでいる。

「あの時……、どんどん人がいなくなったのは……。私も来なくていいと言われたのは……、お嬢様が天疫痘だったから?
 でも、おかしいわ。あの時、フェリシア様は変わらずお元気だった。
 ……なら、あの後ご病気に? 
 でも、それなら誰が看病したのかしら……」

 アラベラは混乱しているようだった。しかし、エドニはこの話を聞いて同情心が掻き立てられた。

「天疫痘の発疹は酷いと言います。それがもしお顔にあるなら……。なんてお気の毒な。どなたにもお会いにならないというのもわかる気が……」

「そうね。……でも……」
 アラベラは両手をギュッと握りしめた。

「でも、やっぱりおかしいわ……」
 アラベラは顔を上げ、エドニに言った。

「私、一度緑の館に伺ってみます。もしも本当にお辛い状態でこもってらっしゃるなら、せめてお声だけでも……お話だけでもしてみたいのです」
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