忘れられた姫と猫皇子

kotori

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アラベラ先生の心配事

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 ロセター伯爵家令嬢エドニは、今幸せでいっぱいだった。
 
 先日、ランフォード公爵家より、ネイハム・エト・ランフォードとの婚約破棄の申し入れがあった。
 両親はエドニを気遣いながらも、ひどく落胆しているようだったが、当のエドニは内心大喜びだった。
 
 エドニは元婚約者ネイハムが、どうしても好きになれなかった。
 父親であるランフォード太公は、皇帝陛下の弟君というこれ以上ない立派な血筋。
 その大貴族ランフォード公爵家の嫡男。
 その上背が高く整った顔立ちで、憧れる令嬢も多かったが、エドニはどうも苦手だった。

 どこか、なにか、……上手く言えないが、冷たさを感じるのだ。
 微笑んでいても、優しく手を取ってもらっても、固く冷たい何かと一緒にいるような、そんな気がしてならなかった。

 なので、昨年暮れから囁かれている、ネイハムが行方の分からないランドル皇子に代わって皇太子になるという話を耳にした時は、ひどく不安になったものだ。

 ネイハムがゆくゆくはこの国の皇帝になるのかもしれない、という事に一抹の不安もあったが、それよりもしもネイハムが皇太子になったら、自分は皇太子妃になってしまうのだろうか。

 喜ぶ令嬢もいるのだろうが、自分は嫌だった。
 だから、この婚約破棄の話が来た時は、本当に嬉しかった。
 未来の皇太子妃、ひいては皇后になれたかもしれない事など、どうでもよかった。

 そして昨日、エドニに、ウッドヴィル子爵の嫡男ルーサーから婚約の申し入れがあったのだ。

 ルーサーとエドニは母親同士が従姉妹だったため、小さい頃からよく遊んでいた。
 エドニはルーサーのことが好きだった。ランドル皇子やネイハムのような華やかさはないけれど、温かく優しい人だと思っていた。
 なので、正式な申し入れに先立って、ルーサーがエドニを訪ねてきてプロポーズしてくれた時は、思わず泣いてしまった。

 こんな事があるのかと。

 苦手だったネイハムだが、婚約破棄してくれた彼に心から感謝した。

 娘を不憫に思っていた両親は、この話を前向きに進めようと、言ってくれた。エドニにとってこんなに嬉しいことはなかった。
 世間ではネイハムとの結婚の方が良縁と思うのかもしれないが、そんなことは全くかまわなかった。
 

 エドニが幸せそうに物思いにふけっていると、侍女が客人の来訪を告げた。
「アラベラ・ストリンガー様がいらっしゃいました」
「まあ!」
 エドニは立ち上がり、ドアまで駆け寄ると入ってきたアラベラの手を取った。
「アラベラ先生!」
 アラベラも嬉しそうに微笑んでエドニの手を握り返した。

 アラベラは、エドニの家庭教師のひとりで音楽を教えてくれている。伯爵家の家庭教師は、皆教養のある貴族の女性ばかりだ。
 そしてアラベラは、今でこそ嫁いでストリンガー男爵夫人となったが、そもそもはウッドヴィル家の長女。ルーサーの姉だった。

「昨日、実家によってルーサーに会ったのよ。ルーサーったら、もう熊みたいに部屋の中をぐるぐる歩いていて、おかしいたらなかったわ。
 ずっと憧れていた貴方に結婚の申し込みをしたんだから、まあ無理はないけれど」

 エドニはそれを聞いてぱっと顔を赤らめた。
 アラベラはそんなエドニを見て、少し辛そうに目を伏せた。

「エドニ。ネイハム様はいったいどういうお考えなのか分からないけれど……。もし、噂通りラムズ公爵家のラティーシャ様と婚約なさるなら、私は……」

「先生。前にもお話しました通り、私は心からほっとしているんです。ラティーシャ様ともお似合いだと思います」

「……」
 確かに、とアラベラも思っていた。

 エドニがネイハムに相応しくないということではなく、ネイハムとラティーシャはどこか似た雰囲気があるのだ。そしてそれは、アラベラにとって、どちらかと言うと好ましいものではなかった。

「……そうですか……。でも私はラティーシャ様よりエドニの方がずっと好きです。ただ、ランフォード家に比べると……実家のウッドヴィルは……」

「アラベラ先生。お話をさえぎってごめんなさい。あの、そのお話なら先程使いの者が出発したところなんです。あの……」

 エドニはそこで少し恥ずかしそうにうつむいた。
「あの……、お父様もお話をお受けしてもいいと仰って……」

「まあ!」
 それを聞くなりアラベラは口を引き結び、うっすらと涙をうかべた。

「まあ、まあ……本当に」
 そしてエドニを、ぎゅっと抱きしめた。
「私たち姉妹になるのね」
「はい……」
 エドニの目にも涙が浮かんだ。
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