忘れられた姫と猫皇子

kotori

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フェリとランディ 2

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 フェリシアが眠ってしまったので、ランドルはかごから飛び出た。
 
 グリッグがこちらを見ている。というか睨んでいる。
 
「フェリが心配するから。あんまり遠くに行くんじゃねえ」
 元々フェリシアと違ってランドルにはキツめだが、今日は特に機嫌が悪そうだ。
 何か怒ってでもいるのか?
 ランドルがグリッグをじっと見上げると、グリッグはいらいらしたように口元を歪ませた。
 
「皇子。お前に言っても仕方ないが、俺は時々ここら中ぶち壊して、燃やしちまいたくなるんだ」
 
 ──なぜだ?
 ランドルは口には出さず、そう思った。と、次の瞬間窓の外に光が走った。と同時に地鳴りがして館が身震いするように大きく揺れた。
 
 こいつがやったのか?
 ──本気か?
 思わずそう思う。
 
 そこにグリッグの低い声が重なる。
「フェリシアは、公爵令嬢だろうが。
 確かにエイディーン様は、フェリシアを置いてしばらくあちらへいらっしゃった。
 だが、こっちには父親がいたんだろう? それも公爵様だ!
 で、フェリシアは公爵令嬢だよな? 違うか?
 なんだ? このありさまは?
 牛飼いの子供だって、もっとましな暮らしをしているだろ!
 バターが美味しい?
 バターもない、食べ物も、暖かい衣類も、寝床も、何も無いこの空っぽの館で、たった一人で暮らしていた?
 どういう事だ!
 それともなんだ?
 皇子、お前の国は子供が満足に食うことも出来ねえ国なのか?」

 ──そうか。
 ランドルは、やっと意味がわかった。

 猫になって頭が働かなかったのか、周りがよく見えなかったのか。
 そうか。
 ぼんやり疑問には思っていたが、そこまでこの館の暮らしは酷かったのか。
 皇族の自分は、思いもよらなかった。
 さっきのバターで、こいつが不機嫌になったのは、そういうことか。

 ランドルは、フェリシアは今まで、そう──ジャムが好きだからバターはあまり食べてないとか、そんな事を思っていたが、──そういうことか。

「──公爵がフェリシアにそんな暮らしをさせていたのか?」
 ランドルは訊いてみた。
「もしそうなら、タダじゃおかない」
「──」
「だが、おそらく違うだろう」
「──夫人か?」
「なんだ、わかってんじゃねえか」

 あの時、あの使用人達はテルシェとラティーシャの名を出していた。
「公爵は知らない──のか」
 グリッグは舌打ちをした。
「さあな。どっちにしろ、ものすごいマヌケなのはまちがいない」
 グリッグは相当腹を立てているようだった。

 ランドルは──皇子として様々なことを学んできた。帝国の民を統べること。他国との争いのこと。戦術、経済、行政──。一番好きで一番励んだ剣術──。
 母は、幼い頃に亡くなってしまったが、皇帝である父も、皇太子だった兄も、ランドルを大切にしてくれた。父と兄はランドルにとっても大切なものだった。

 しかし、ランドルはそれ以外の周りの人間に対しては、ほとんど興味がなかった。
 生まれた時から自分を敬い大切にしてくれていた人々。使用人はもちろん、教師、神官、大貴族たち──。
 そういった者たちは、ランドルにとって家柄、仕事、能力、──そういった事でのみ色分けされた集団でしかなかった。

 だが彼らは、ランドルがどう思おうといつもランドルを敬い、奉っていた。
 このグリッグのようにあからさまに嫌な顔をしたり、自分に対して命令口調で話したりする者など一人もいなかった。

 もしかしたら──。
 もしかしたら、誰もが敬意の下にそのような別な顔を持っていたのかもしれない。
 その事に気づかなかったために、自分は襲撃され、斬り付けられたのかもしれない。

 ランドルは最近そう思うようになった。

 そして、人間の中でも特に興味のなかったのが女性だった。
 許嫁もいたし、いずれ結婚するのは当然のことだと知っていたが、家門が釣り合えば別段どこの女性でも良かった。

「女性とは──着飾った小鳥のようなものかと思っていたが──」
 ランドルの呟きを聞いて、グリッグはあからさまに顔をしかめた。
「は? お前、鳥をバカにしているのか?」
 そこでランドルは、グリッグが鳥でもあると思い出し苦笑いした。

「そうではない。ただ──」
 女性とは、男たちの知らない場所で、こんな陰湿な争いをするものなのか。
 ラムズ公爵家は、帝国の貴族の中でも力のある家紋で、公爵は皇帝の側近中の側近だ。ランドルも子供の頃から知っているが、文武に秀でた立派な人だ。その公爵を夫人が欺くとは──。

 だが、別な言い方をすれば、何があっても公爵家がしっかりと在り、公爵が帝国に貢献してくれていればいい事だ。
 だから、グリッグの怒りは、ランドルにはまだピンと来なかった。
 たしかにフェリシアは気の毒だったとは思うが、死んだわけでもない。戦場に比べれば、女子供の争いなんてどうと言うことは無いだろう。

 それに──。
 どっちにしろ、そんなことはもう自分には関わりないことだ。
 自分はもう殺されたのだし、人ではないのだし──。

 そう思うと、無力感が湧き上がってきた。
 顔を上げると、グリッグはランドルの言葉の続きを待っているようだったが、ランドルは黙って顔を逸らした。

 フェリシアを見ると、無意識だろうが眠りながら手を動かしている。ランドルを探しているのだろうか。
 ランドルはフェリシアの手に毛布を押し付けた。ランドルの代わりにこうしておけば安心して寝てられるかもしれない。

 この子は、ランドルの命を救ってくれた。もしも、いつか人の姿に戻れるのなら、そのことを心に留めておこう。

 そう考えたとき、ふいにフェリシアが目を開けた。
 いつもながら、人の姿なら有り得ない程の距離だ。人だったときに、こんなに近くで誰かの顔を見たことはなかった。

 フェリシアの瞳は緑色。
 これだけ間近で見ると、その緑色に金色が散っているように見える。
 その瞳がさも嬉しそうに輝いた。

「ランディ」
 こちらへ手が差し伸べられる。
 ランドルは思わずその手に頭を擦り付けてしまった。
 ──わからない。わからないけれど、なんだか温かい気持ちになる。

 と、そのときだった。

 急に部屋の中に光が溢れた。
 まるで、一度にたくさんの蝋燭に火をともしたように、目の前が明るくなる。
 その明るい光は羽ばたき、見る間にたくさんの小鳥となった。

 驚いて起き上がったフェリシアに向かって小鳥たちは寄ってくると、楽しそうにさえずり始めた。

 あるものはフェリシアの頭の周りで円を描き、あるものはフェリシアの頭の上にとまり、あるものはフェリシアの肩や背中にとまり、金色の髪とあいまってフェリシアから光がこぼれているようだった。

 フェリシアは最初驚いたものの、嬉しそうに笑いだした。

 そこでグリッグがパンと手を叩いた。
 たちまち小鳥たちが静まり返る。

「フェリシアに会えて嬉しいのはわかるが、それぐらいにしとけ」
 グリッグは小鳥たちをじっと見つめた。

「お使いで来たんだろ?」

 小鳥たちはグリッグに抗議するかのようにひとしきり鳴いてから、名残惜しげに光を弱め消えていった。
 最後の小鳥がフェリシアの髪をひと房ついばみ消えると、フェリシアは驚いて自分の手を見つめた。

 そこには鍵がひとつ残されていた。
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