忘れられた姫と猫皇子

kotori

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御前会議 一の議題

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 ジグラード帝国。
 
 それほど面積は広くないが、質の良い宝石を採掘できる鉱山を持ち、また南には大きな港がある豊かな国だ。

 その首都グランデ。

 グランデは北側に鬱蒼とした山林がある。その切り立った斜面を背に、ジグラードの王宮はあった。
 その奥まった一角で今、皇帝グラディス二世と五名の側近達の会議が開かれていた。
 
 ──一の議題

 宰相ザカリーが読み上げる。

 
 皇太子ランドル殿下の所在不明であることについて。
 ランドル殿下の従兄弟にあたる、ネイハム・エト・ランフォード殿下を新たに皇太子とする。

 
 ザカリーは、皇帝グラディスへと向き直った。
 
「閣僚会議ではこの案で満場一致となっております」

 会議のテーブルを囲む側近は皇帝の他に五名。グラディス皇帝は一度大病を患い痩せた体を中央の玉座に預けていた。
 少し顔色が悪いようにも見えるが、その眼光は依然鋭かった。

 議題を聞いた後も、しばらく無言だった皇帝は、不意にその体を引き起こし側近たちの顔をぐるっと見回した。思わず全員が目を伏せる。

 その中でも、ランフォード大公は、いっそう面を引き締めた。

 大公はグラディス皇帝の実弟だ。
 兄が皇帝となるのと同時に、ランフォード領へと移り、後継者のいなかった叔父である前公爵より爵位を継いだ。
 良質な宝石をたくさん採掘できる鉱山があるランフォード領は、代々皇族の治める土地だ。

 本来なら嫡男ネイハムは、次のランフォード公爵だが、ランドル皇子がいない今、皇太子となるのは自然の流れ。
 だが、それより前にこのやせ細った兄が引退して、自分にまずその玉座を渡せばいいと、大公は思っていた。

 そもそも数年前に兄が病を得た時に、大公は自分が皇帝となる時が来たと、そう確信したのだ。それほど兄の病は重かった。だが、……兄はその病を克服してしまった。

 それから大公は、自分が皇帝になるべきだとの思いから逃れられない。
 だから、ネイハムが、皇太子になりたいと言った時に後ろ盾となったのだ。
 ランドル皇子がもう生きていない事も、ネイハムが皇太子になる事も、大公の計画通りだ。

 しかし、もちろん今はそんな事をおくびにも出してはならない。大公はひたすら静かに、兄に対して申し訳ないような表情を作っていた。

 皇帝はもう一度玉座に深く座り直し、そのまま口を開かない。
「グラディス陛下」
 ためらいがちに、宰相に声をかけられ、グラディス皇帝は顔を上げた。

「ランドルの死体は見つかったのか」
「いいえ、それは……」

「捜索はたしかまだ続いているはずだな。……なのに、もう次の皇太子か。お前たちはランドルは死んでいるとの確信があるのだな」
「それは……」

 今までに何度か繰り返された会話だった。
「それとも……」
 皇帝は薄く笑った。
「今、巷で流れている噂を信じているのではなかろうな」
 全員が黙り込んだ。

「ロセター伯爵」
 皇帝は一人に目を向けた。
「その噂を知っているか」
 伯爵はひどく狼狽えた。
「噂……さ、さあ……」

「知らないのか。なら、教えようか。
 ランドル皇子は、兄であるカーシー皇太子を毒殺した。
 その事を従兄弟であるネイハムに追求され、逃亡した。
 こういう話だ」

 テーブルに着いた側近達。そしてザカリーも皆黙り込んだ。
 誰も口を開けない。

 大公ももちろん無言だ。その噂を流したのは、大公なのだが。
 心の中で笑いをこらえているのだが。

 皇帝も、……無言だ。

 緊張が走る中、恐る恐る手を挙げた者がいた。
 ラムズ公爵だった。

「……恐れながら。……もし、本当にそんな噂があるとしても……。私は信じられません」

 そこでラムズ公爵は、思い切ったようにしっかりと皇帝を見ると、言葉を続けた。
「ランドル皇子が不在である今、そのような話がもしあるとすれば、あまりに一方的すぎます」
 皇帝は無言だった。

 すると、グリード伯爵がじっとラムズ公爵を見すえた。
 そして小さく笑った。
「いかにもランドル皇子を信じておられるような言い草だが、公爵。そちらのご息女はたしかランドル皇子の許嫁だったはずですな」
 ラムズ公爵はサッと顔色を変えた。

 グリード伯爵は、皮肉な笑みを浮かべた。
「しかし、ご息女はもう昨年のうちから婚約を解消したと聞きましたが……」
 ラムズ公爵はぐっと口を引き結んだ。
「その上、どうやらネイハム様と結婚の約束をしているとか。
 公爵が信じられないと仰っても、ご息女は違う意見のようですが、これはどういう事ですかな。やはり公爵家のお考えは……」

 ラムズ公爵は立ち上がった。
「娘は娘の考えがあるようです。私の考えとは違う!」
「公爵!」
 そこへカーヴィル公爵が割って入った。
「グリード伯爵も、おやめ下さい。
 皆さん、いかがでしょう。とにかくランドル皇子は所在が分からない。しかし、皇子が生きておられないという証拠はありません。なので……」
 カーヴィル公爵は全員を見回した。

「なので、皇子の行方が分からなくなった五月の十日。その日まで待ちその日をもちまして、とりあえず、ネイハム殿下を皇太子と致してはいかがでしょう」

「ふん」
 グラディス皇帝は軽く目を閉じた後、側近達の顔を順にながめた。

「もうよい。……好きにするがいい……。それより次の議題だ」
「はい」
 宰相が頭を下げる。ほかの五人は驚いた。もうひとつ議題があるとは聞いていなかった。
 
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