忘れられた姫と猫皇子

kotori

文字の大きさ
47 / 71

緑の館 2

しおりを挟む



 父と一緒に馬車に揺られながら、リンジーの頭の中は目まぐるしく色々なものが浮かんでは消えていった。

 ラティーシャの大騒ぎの後、緑の館へ行くという父についてきたのだが、違和感が拭えなかった。

 緑の館は、異母妹フェリシアがいる館だ。
 フェリシアは、長らく病に伏せており、見舞いも断っているという。
 その妹が盗賊に襲われ、拐われたというのか。
 
 ……それにしても、あの、ラティーシャの騒ぎようはなんだろう。
 
 リンジーはあまり関心を持たなかったが、ラティーシャは帝国の薔薇などともてはやされている妹だ。
 美しいし、賢い、最高の令嬢などと言われているが、割と計算高く、気が強いことをリンジーは知っている。
 だが、さっきは……。
 
 父が来る前と、来てからでは態度が一変した。
 
 少なくとも、リンジーと話しているときは、恐ろしくて泣いてなどいなかった。
 しかし。
 
 私が館を見てこよう。
 そう父がそう言ったときのラティーシャは涙を浮かべて止めたのだった。
 
 ……そんな恐ろしいところへ行かないでください。
 ……私、怖くてたまらないんです。
 お父様やお兄様まで何かあったらと思うと。
 
 それは、一見、心からそう言っているように見えるが、リンジーは違うと思った。
 
 わからないのは、なぜ、この館のことでそんな態度をとるのかだ。
 
 リンジーの頭に一つの名が浮かぶ。
 
 ネイハムか。
 
 ラティーシャの護衛だという、あの騎士たち。
 今や、薄紅色のマントは、ネイハムの追従者の証だ。
 おまけにラティーシャまであの色のドレスを着ていた。
 
 ネイハムがどう関わっているのかわからないが、婚約するというのは、どうやら本気らしい。
 
 リンジーはそこで、ふと、父もさっきから黙り込んでいることに気づいた。
 父も、かつてグランデ騎士団で、騎士団長だった今の皇帝陛下を支えていた。陛下と父は幼馴染だった。
 カーシー皇太子が亡くなり、ランドルが皇太子となったとき、自分もまた陛下と父のようになるのだと、そう思っていたが……。

「父上」
 リンジーは口を開いた。

「あの薄紅色のマントはどうにかならないものですか」
 父はしばらく窓の外を見ていたが、ようやくこちらを向いた。
「ネイハム殿下か」
「そうです。ネイハムをグランデ騎士団長にと言っている者たちが得意になってつけております」
「……ネイハム殿下が団長になるのか?」
 どうしたのか。父にいつもの覇気がない。
「ネイハムが皇太子になったなら、そうなるでしょう。だが、まだそうと決まった訳ではありません」
「……」
「私はネイハムが皇太子になり、騎士団長になるのなら騎士団をやめます」
「副団長なのにか」
「構いません」
「……」
 父は押し黙った。

「それより……、あの薄紅のマントをつける者が、急に増えています」
「太公家、……それとカーヴィル公爵家の者か」
「ご存知でしたか」
 リンジーは少しほっとした。
「そうです、特にその両家縁の者たちがこぞってつけています。それに倣うように他の家でも……。スファル騎士団でも増えてきていると聞きました」
「……」
「まるで、もうこの国も騎士団もネイハムの物だと言わんばかりに……」

「リンジー」
 父が制するように言った。しかしリンジーは口をつぐむ気はなかった。
「父上、彼らはランフォード太公と利害を共にしております、……彼らは……」

 と、そこで馬車が止まった。着いたようだ。
 リンジーはやむなく口を閉ざす。

 ここが、緑の館か。
 祖母が愛したという瀟洒な館だと聞いていたが。

 父に続いて降り立ち、館を見上げた。
 少し古い様式だが窓の形が美しい。青みがかった壁に白い窓が並ぶ可愛らしい館だった。
 リンジーもほんとに幼い頃、来たことがあるらしいのだが、記憶にはなかった。
 ここが賊に襲われたのか……。
 
 護衛の騎士を待たせ、父と二人で館へ向かう。

 玄関ホールは扉が壊され、傾いでいた。

 中に入ると……もう、辺りは嵐の後のようだった。
 飾り戸棚、飾り台が引き倒され、粉々になった大理石、飛び散ったガラス、壊れた戸棚の木片が散らばっている。おまけに雨の中馬で乗り入れたかのように、そこら中泥だらけだ。

「これは……」
 思った以上の様相に、リンジーは思わず声をあげた。
 父は何も言わないが、やはり顔が青ざめている。
 館の使用人たちは無事だったのだろうか。

「……しかし、変ですね」
 だが、この事態にどこか違和感があった。
「この辺で盗賊が出るとは。そんな話は最近聞いたことがありません。何年か前にこんな被害がありましたが、あのときは貴族の邸宅の他に豪商宅も続けて襲われました」
「そうだったな」

 破片を避けながら奥へと進むと、まるで廃墟のような有り様だった。壁を飾っていたであろう絵画もタペストリーも、何もない。部屋を覗いてみても、どこも飾り物どころか、机も椅子も何もなかった。

 そのまま二階へ向かう。父は二階の廊下をまっすぐ進んだので、リンジーはさらに上へと昇っていった。

 やはり、下の階と同じ有様だ。
    よほど大規模な盗賊だったのか。

 右手の一室を覗き込むと、突然大きな羽音をたてて鳥が飛び立った。こちらに向かってくるかと、リンジーは腰を落としたが、鳥は消えていた。
 よく見ると窓が壊れており、そこから飛んでいったようだ。

 部屋の中は、壊れた長椅子の上、窓の下のベンチ、あちこちに鳥の巣が作られている。こんな所に巣を作るとは。ヒヨドリだろうか……。
 ひどいものだ。

 ぼんやりそれを長め、リンジーはハッとした。

 盗賊が入ったというのはいつだった?

 数日前らしいとラティーシャは言っていた。

 長椅子はボロボロになるまで突かれ、綿を抜かれている。小枝と一緒にその綿も巣の材料となっていた。
 これを作るのに、一体何日かかる?
 よく見れば、壊れた窓から吹き込む雨風のためか、床が腐りかけている。

 リンジーの顔が青ざめた。
 この部屋は一体いつから……?

 リンジーは二階へと降りた。
「父上!」
 父を探す。すると
「こっちだ」
 父の声がした。
 廊下の奥の扉が開いている。そこに父の姿が見えた。

「父上」
 リンジーは駆け寄った。

 そこは庭へ向かって降りていく階段があった。美しい彫刻を施された優美な手すりがなだらかなカーブを描いている。父はそこにしゃがみ込んでいた。

「懐かしいな」
 父がそう言った。
「ここから裏庭へ降り、お茶を飲むのがエイディーンは好きだった」

 エイディーン?
 ここに住んでいたという、フェリシアの母か?

「父上、それより……」
 リンジーがそう言いかけると、父は
「これを見てみろ」
 と指を指した。それは階段の端だった。階段の両端はひどく苔むしていた。

「階段の中央だけは苔がない。誰かがここを行き来していたんだろう。だが、この階段は何年も掃除などされていない。なぜだ?」

 やはり。
 リンジーはそう思った。

 父に続いて階段を降りると、胸に浮かんでいた懸念がはっきりと形となった。

 裏庭は……。

 まるで森だった。

 何年も人の手が入っていない庭は、春の光の中ベンチもガゼボも何かの彫刻も、全て緑に覆われ、飲み込まれていた。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...