ハッピーエンド~神様の君と生霊の僕~

桒原真弥

文字の大きさ
12 / 34
三章 ムーンライト

001 ミス

しおりを挟む
 氷華の爪を噛む癖は物心付いた頃からのモノなので、かなり年季が入っている。噛むのはいつも親指で、少しでもストレスを感じたら精神安定剤を頬張るように親指の爪を噛む。そんなだから彼女の親指の爪は常に深爪になっている。一方で、親指以外の爪を噛むことは一度もなかった。
 だが、今日ばかりは違った。
 氷華は親指の爪が無くなかった事に気が付くと、人差し指の爪を噛み始め、それもなくなると、今度は薬指に移動した。これまでの人生で経験のないくらい追い詰められている証拠だ。
 『異変』に気付いたのは、昨日の日没である。
 そろそろ氷太朗の魂が常夜に到着した頃だと思い、彼の魂に仕込んだ妖術を起動させた。この妖術は、魂が今どこに居り、どのような道を通ったかを記録するGPSロガーのようなモノで、通常、妖術起動と同時に対象の位置を受信する。だが、どれだけ待っても何の情報も受信出来なかった。それどころか妖術が発動した手応えすら感じられない。。
 術の構成や埋め込みに抜かりはない。何度もチェックをしたから自信がある。なのに、術が発動しないのは何故か――考えられる原因として先ず浮かぶのは、『常夜の結界』である。常夜の結界が氷菓の信号を遮断しているせいで、術が発動しないのではないか。
 もしそうだとしたら、結界がある限り、位置情報を入手する方法はない。

「結界を壊そうにもどこにあるかわからない……。酒月家の人間を拉致して拷問する……?」

 言ってすぐに、その選択肢を掻き消した。もしそんなことをして『常夜の管理者』に勘付かれたら、防衛策として常夜に繋がる道を塞がれてしまうかもしれない。それは計画の根本を揺るがす事態であり、絶対に避けなければならない未来である。

「どうしよう……。どうしよう……」

 焦りながら爪を噛んでいると、血の味がした。深爪を通り越して、爪を剝いでしまったらしい。

「氷太朗まで巻き込んだのに……。折角のチャンスなのに……」

 だが、そんなのはどうだって良い。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」

 氷華は次に小指の爪を噛み始める。

「私はどうすれば……ッ!」

 小指の爪まで嚙み千切った時である。ベッドサイドテーブルの上に置かれていた電話機が鳴った。内線だ。時間から察するに、フロントからのモーニングコールだろう。いや、もしかしたら、朝食のお知らせかもしれない。いずれにせよ、今はどうでも良い事――ただただ耳障りだ。
 氷華は電話機のもとに歩み寄り、電話線を引き千切って黙らせた。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 数歩歩いただけで息が切れる。心臓が暴れている。完全に自分を制御できていない。
 なんとかして落ち着かなければならないと思った氷華はその場に座り込み、胸に手を当てる。
 ふと、横を見ると、氷太朗の顔が映った。澄ました顔でベッドに横になっている姿は、まるで悪い魔女に眠らされているプリンセスのようだ。

「氷太朗……ごめんね……」

 氷華は愛しい弟の頬に触れる。

「こんなお姉ちゃんで、ごめんね……」

 枯れたと思っていた涙が零れ落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...