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三章 ムーンライト
001 ミス
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氷華の爪を噛む癖は物心付いた頃からのモノなので、かなり年季が入っている。噛むのはいつも親指で、少しでもストレスを感じたら精神安定剤を頬張るように親指の爪を噛む。そんなだから彼女の親指の爪は常に深爪になっている。一方で、親指以外の爪を噛むことは一度もなかった。
だが、今日ばかりは違った。
氷華は親指の爪が無くなかった事に気が付くと、人差し指の爪を噛み始め、それもなくなると、今度は薬指に移動した。これまでの人生で経験のないくらい追い詰められている証拠だ。
『異変』に気付いたのは、昨日の日没である。
そろそろ氷太朗の魂が常夜に到着した頃だと思い、彼の魂に仕込んだ妖術を起動させた。この妖術は、魂が今どこに居り、どのような道を通ったかを記録するGPSロガーのようなモノで、通常、妖術起動と同時に対象の位置を受信する。だが、どれだけ待っても何の情報も受信出来なかった。それどころか妖術が発動した手応えすら感じられない。。
術の構成や埋め込みに抜かりはない。何度もチェックをしたから自信がある。なのに、術が発動しないのは何故か――考えられる原因として先ず浮かぶのは、『常夜の結界』である。常夜の結界が氷菓の信号を遮断しているせいで、術が発動しないのではないか。
もしそうだとしたら、結界がある限り、位置情報を入手する方法はない。
「結界を壊そうにもどこにあるかわからない……。酒月家の人間を拉致して拷問する……?」
言ってすぐに、その選択肢を掻き消した。もしそんなことをして『常夜の管理者』に勘付かれたら、防衛策として常夜に繋がる道を塞がれてしまうかもしれない。それは計画の根本を揺るがす事態であり、絶対に避けなければならない未来である。
「どうしよう……。どうしよう……」
焦りながら爪を噛んでいると、血の味がした。深爪を通り越して、爪を剝いでしまったらしい。
「氷太朗まで巻き込んだのに……。折角のチャンスなのに……」
だが、そんなのはどうだって良い。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
氷華は次に小指の爪を噛み始める。
「私はどうすれば……ッ!」
小指の爪まで嚙み千切った時である。ベッドサイドテーブルの上に置かれていた電話機が鳴った。内線だ。時間から察するに、フロントからのモーニングコールだろう。いや、もしかしたら、朝食のお知らせかもしれない。いずれにせよ、今はどうでも良い事――ただただ耳障りだ。
氷華は電話機のもとに歩み寄り、電話線を引き千切って黙らせた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
数歩歩いただけで息が切れる。心臓が暴れている。完全に自分を制御できていない。
なんとかして落ち着かなければならないと思った氷華はその場に座り込み、胸に手を当てる。
ふと、横を見ると、氷太朗の顔が映った。澄ました顔でベッドに横になっている姿は、まるで悪い魔女に眠らされているプリンセスのようだ。
「氷太朗……ごめんね……」
氷華は愛しい弟の頬に触れる。
「こんなお姉ちゃんで、ごめんね……」
枯れたと思っていた涙が零れ落ちた。
だが、今日ばかりは違った。
氷華は親指の爪が無くなかった事に気が付くと、人差し指の爪を噛み始め、それもなくなると、今度は薬指に移動した。これまでの人生で経験のないくらい追い詰められている証拠だ。
『異変』に気付いたのは、昨日の日没である。
そろそろ氷太朗の魂が常夜に到着した頃だと思い、彼の魂に仕込んだ妖術を起動させた。この妖術は、魂が今どこに居り、どのような道を通ったかを記録するGPSロガーのようなモノで、通常、妖術起動と同時に対象の位置を受信する。だが、どれだけ待っても何の情報も受信出来なかった。それどころか妖術が発動した手応えすら感じられない。。
術の構成や埋め込みに抜かりはない。何度もチェックをしたから自信がある。なのに、術が発動しないのは何故か――考えられる原因として先ず浮かぶのは、『常夜の結界』である。常夜の結界が氷菓の信号を遮断しているせいで、術が発動しないのではないか。
もしそうだとしたら、結界がある限り、位置情報を入手する方法はない。
「結界を壊そうにもどこにあるかわからない……。酒月家の人間を拉致して拷問する……?」
言ってすぐに、その選択肢を掻き消した。もしそんなことをして『常夜の管理者』に勘付かれたら、防衛策として常夜に繋がる道を塞がれてしまうかもしれない。それは計画の根本を揺るがす事態であり、絶対に避けなければならない未来である。
「どうしよう……。どうしよう……」
焦りながら爪を噛んでいると、血の味がした。深爪を通り越して、爪を剝いでしまったらしい。
「氷太朗まで巻き込んだのに……。折角のチャンスなのに……」
だが、そんなのはどうだって良い。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
氷華は次に小指の爪を噛み始める。
「私はどうすれば……ッ!」
小指の爪まで嚙み千切った時である。ベッドサイドテーブルの上に置かれていた電話機が鳴った。内線だ。時間から察するに、フロントからのモーニングコールだろう。いや、もしかしたら、朝食のお知らせかもしれない。いずれにせよ、今はどうでも良い事――ただただ耳障りだ。
氷華は電話機のもとに歩み寄り、電話線を引き千切って黙らせた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
数歩歩いただけで息が切れる。心臓が暴れている。完全に自分を制御できていない。
なんとかして落ち着かなければならないと思った氷華はその場に座り込み、胸に手を当てる。
ふと、横を見ると、氷太朗の顔が映った。澄ました顔でベッドに横になっている姿は、まるで悪い魔女に眠らされているプリンセスのようだ。
「氷太朗……ごめんね……」
氷華は愛しい弟の頬に触れる。
「こんなお姉ちゃんで、ごめんね……」
枯れたと思っていた涙が零れ落ちた。
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