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壱章 枕野凌子
007 贖罪
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那由多さんが風呂を出た後、間もなく俺が風呂に入った。
俺は何を隠そう長風呂で、リビングに戻ったのは四〇分後の事になった。
「凌子ちゃんは部屋に戻ったんですね」
コタツに入ってミカンを頬張りながらテレビを観る那由多さんを見て言った。
「はい。寝てしまったので、さっき私が運びました」
「疲れてたんですね」
「ええ。生活が変わるというのは、とても疲れる事です」
「そうですね」
俺は拾われた日の事を思い出しながら箪笥からドライヤーを取り出す。
「髪の毛乾かすんでコタツ切りますね」
「どうぞ」
断ってから、コタツの電源を切り、ドライヤーを使用する。俺の髪はそんなに長くないのですぐに乾かせられた。
再びコタツの電源を入れてから、ドライヤーを箪笥に片づけ、俺もコタツに入る。
これからが至福の時間である。
「ミカンどうぞ」
那由多さんはコタツの真ん中に置かれた籠の中からミカンを取り、それを俺の前に置いた。
「ありがとうございます」俺は礼を言って、それを剥く。「また面白いものを拾ってきましたね」
「面白いものとは?」
「凌子ちゃんの事です。枕野の子なんて――枕野家は知ってるんですか?」
「まさか。偽装工作をして連れ出しました。枕野家も、ついでに言うと針姫家も気付いてはいません」
「どうして針姫家が出てくるんですか?」
「………」
那由多さんは黙る。が、それも一瞬の話であった。
「誰にも言ってはいけませんよ」
「勿論です」
「凌子ちゃんは針姫長唄氏が枕野家の娘に産ませた子なのです」
「はぁ……」
俺は溜息しか出なかった。
針姫長唄は彼の有名な針姫家の当主にして、俺の実の父親である。それが、支配下にある家の娘を孕ませたと聞かされたのだ――溜息の一つも吐きたくなる。
「って、ちょっと待ってください。という事は、凌子ちゃんは本当に俺の妹なんですか?」
「はい。異母ですが、血は繋がっています」
「マジか……」
また知らない妹が増えた。
「凌子ちゃんはその事を知ってるんですか?」
「いいえ。知りません」
「……言わないんですか?」
「いずれは言います。ですが、まだ今はその時ではないと思います」
「そうですね」
どんな真実も、明かすタイミングが良ければ受け入れられるし、明かすタイミングが悪ければ受け入れれなくなる。それは俺もよく知っている。
「この話は慎重に扱わないといけませんね」
「はい。あ、でも、頃合いだと思ったら小唄くんから明かしても結構ですからね」
「俺からですか? 那由多さんからの方がいいでしょ」
「お兄ちゃんの口からの方が私は良いと思いますけどね」
「早速イジらないでください」
俺はミカンを口に放り込む。
「本当に面白いものを拾ってきますね」
「それがライフワークであり、私の使命であり、私の贖罪ですから」
「贖罪?」
この場に相応しい単語に、思わず聞き返してしまった。
「あれ? 言った事ありませんでした?」
「聞いた事ありませんよ」
「私には昔、子供がいたんですよ。双子の女の子。凄く可愛かったんですけど、車で家族旅行に行った際に事故で亡くなったんですよ。旦那も一緒に亡くなりました――その時、一人生き残った私は『人を沢山殺してきた自分への罰だ』と思ったんですよ。以来、人殺しは控えて、恵まれない子供を育てるようにしたんです。この話、絶対したと思うんですけどねー」
「………」
言いたい事は山ほどあった。どうして滅茶苦茶重い話をそんな滅茶苦茶軽い口調で言うのかとか、そんな重い話なら絶対に覚えてますとか、色々――しかし、ゴタゴチャに散らばった胸の中の思いから俺がピックアップしたのは「那由他さん、何歳なんですか?」だった。
「二八歳くらいじゃないんですか?」
「何を仰いますか。こう見えても五九歳ですよ」
「もうすぐ還暦⁉」
世の中には『美魔女』という年齢を感じさせない若さを持つ美人がいると言う話は聞いたことがあったが――これはその範疇を超えている。はっきり言って、魔女の領域だ。
「那由他さんも妖術が使えたりするんですか?」
「しませんよ。針姫家や枕野家じゃあるまい」
「魔術や魔法の類は?」
「使えません。もう、小唄くんは私が何だと思ってるんですか」
那由多さんはぷくーと頬を膨らませた。その表情はどの角度から見ても二〇代のそれだった。
と、ここで宵乃がリビングに這入って来た。
「貴君! 雲の切れ間から彗星が見えるぞ!」
「それどころじゃねェよ! 宵乃、那由多さんが五九歳って知ってたか?」
「はァ? 何言ってるんだ。どうみても二〇代後半だろ」
「だよなァ⁉」
俺の目がおかしいわけではないようだ。
俺は何を隠そう長風呂で、リビングに戻ったのは四〇分後の事になった。
「凌子ちゃんは部屋に戻ったんですね」
コタツに入ってミカンを頬張りながらテレビを観る那由多さんを見て言った。
「はい。寝てしまったので、さっき私が運びました」
「疲れてたんですね」
「ええ。生活が変わるというのは、とても疲れる事です」
「そうですね」
俺は拾われた日の事を思い出しながら箪笥からドライヤーを取り出す。
「髪の毛乾かすんでコタツ切りますね」
「どうぞ」
断ってから、コタツの電源を切り、ドライヤーを使用する。俺の髪はそんなに長くないのですぐに乾かせられた。
再びコタツの電源を入れてから、ドライヤーを箪笥に片づけ、俺もコタツに入る。
これからが至福の時間である。
「ミカンどうぞ」
那由多さんはコタツの真ん中に置かれた籠の中からミカンを取り、それを俺の前に置いた。
「ありがとうございます」俺は礼を言って、それを剥く。「また面白いものを拾ってきましたね」
「面白いものとは?」
「凌子ちゃんの事です。枕野の子なんて――枕野家は知ってるんですか?」
「まさか。偽装工作をして連れ出しました。枕野家も、ついでに言うと針姫家も気付いてはいません」
「どうして針姫家が出てくるんですか?」
「………」
那由多さんは黙る。が、それも一瞬の話であった。
「誰にも言ってはいけませんよ」
「勿論です」
「凌子ちゃんは針姫長唄氏が枕野家の娘に産ませた子なのです」
「はぁ……」
俺は溜息しか出なかった。
針姫長唄は彼の有名な針姫家の当主にして、俺の実の父親である。それが、支配下にある家の娘を孕ませたと聞かされたのだ――溜息の一つも吐きたくなる。
「って、ちょっと待ってください。という事は、凌子ちゃんは本当に俺の妹なんですか?」
「はい。異母ですが、血は繋がっています」
「マジか……」
また知らない妹が増えた。
「凌子ちゃんはその事を知ってるんですか?」
「いいえ。知りません」
「……言わないんですか?」
「いずれは言います。ですが、まだ今はその時ではないと思います」
「そうですね」
どんな真実も、明かすタイミングが良ければ受け入れられるし、明かすタイミングが悪ければ受け入れれなくなる。それは俺もよく知っている。
「この話は慎重に扱わないといけませんね」
「はい。あ、でも、頃合いだと思ったら小唄くんから明かしても結構ですからね」
「俺からですか? 那由多さんからの方がいいでしょ」
「お兄ちゃんの口からの方が私は良いと思いますけどね」
「早速イジらないでください」
俺はミカンを口に放り込む。
「本当に面白いものを拾ってきますね」
「それがライフワークであり、私の使命であり、私の贖罪ですから」
「贖罪?」
この場に相応しい単語に、思わず聞き返してしまった。
「あれ? 言った事ありませんでした?」
「聞いた事ありませんよ」
「私には昔、子供がいたんですよ。双子の女の子。凄く可愛かったんですけど、車で家族旅行に行った際に事故で亡くなったんですよ。旦那も一緒に亡くなりました――その時、一人生き残った私は『人を沢山殺してきた自分への罰だ』と思ったんですよ。以来、人殺しは控えて、恵まれない子供を育てるようにしたんです。この話、絶対したと思うんですけどねー」
「………」
言いたい事は山ほどあった。どうして滅茶苦茶重い話をそんな滅茶苦茶軽い口調で言うのかとか、そんな重い話なら絶対に覚えてますとか、色々――しかし、ゴタゴチャに散らばった胸の中の思いから俺がピックアップしたのは「那由他さん、何歳なんですか?」だった。
「二八歳くらいじゃないんですか?」
「何を仰いますか。こう見えても五九歳ですよ」
「もうすぐ還暦⁉」
世の中には『美魔女』という年齢を感じさせない若さを持つ美人がいると言う話は聞いたことがあったが――これはその範疇を超えている。はっきり言って、魔女の領域だ。
「那由他さんも妖術が使えたりするんですか?」
「しませんよ。針姫家や枕野家じゃあるまい」
「魔術や魔法の類は?」
「使えません。もう、小唄くんは私が何だと思ってるんですか」
那由多さんはぷくーと頬を膨らませた。その表情はどの角度から見ても二〇代のそれだった。
と、ここで宵乃がリビングに這入って来た。
「貴君! 雲の切れ間から彗星が見えるぞ!」
「それどころじゃねェよ! 宵乃、那由多さんが五九歳って知ってたか?」
「はァ? 何言ってるんだ。どうみても二〇代後半だろ」
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俺の目がおかしいわけではないようだ。
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