18 / 134
第一話
影の棘
しおりを挟む
《side 暗殺者ギルド〈影の棘〉》
連合国境界・夜の森路
「……本当にこの先でいいのか?」
黒装束に身を包んだ男が、地図の端を睨みながら低く唸った。
「道は合ってる。だが……気味が悪いな」
十人。それがこの任務に動員された〈影の棘〉の精鋭の数だった。
暗殺。誘拐。諜報。
国の中枢にすら潜り込む力を持つ、プロフェッショナルな殺人者集団。
今回の標的は一人。
元公爵令嬢、ノーラ・フィアステラ。
王家に仇なした悪女。第三王子の命により、その命を断つよう命じられている。
罪悪感など、誰一人として持っていなかった。
追放された貴族令嬢がどこでどう生きようと、価値などない。
それがこの世界の底に生きる者たちの、揺るがぬ現実だ。
「なぁ、ここ……かつての“魔王軍の残党”が作った国って話、マジだったのか?」
「連合国、か。ああ……昔の資料にそうあったな。亜人族の集団だろ? ダークエルフも、オーガも、ドワーフも混在する“元・魔王配下の連合”……と」
「ハッ、笑わせんな。元魔王軍だろうと今や辺境の農民だ。人を殺すことしか知らねぇ連中が、鍬と鎌で生きてるわけがねぇだろ。今は弱い人間ってことだ」
背後から、長身の男が一言。
「いや、それはどうだろうな?」
リーダー格である“蛇”のコードネームを持つ男だった。
「連合国には、確かに異質さがある。俺たちと同じ殺気を、街の農夫から感じたことがある。……忘れるな。あそこは“ただの国”じゃない」
全員の背筋がわずかに強張る。
夜の冷気が、深くなる。
音のない森。鳥すら鳴かず、虫の声も止まった。
風だけが、枝葉を揺らし、何かの気配がまとわりつくように這ってくる。
「……視られている」
一人がぽつりと呟く。
「連合国には、視線がある。壁の向こう。あの“前線”の先にいる魔物どもと……その手前にいる、元・魔族の血を引く連中がな」
「まさか、もう察知されているのか?」
「この地で“闇を歩く”ってのは、そういうことだ」
それでも――彼らは進む。
命令は絶対。契約は絶対。
報酬と名誉のために、たとえ地獄でも足を踏み入れるのが“影の棘”。
「標的の名は、ノーラ・フィアステラ。今は“ヨンク”という辺境拠点に滞在中。身を隠すには悪くないが……あそこは前線だ。警戒網が厳しい」
「衛兵も多い?」
「違う。住民全員が戦士だ」
「……マジかよ。そんなことあるのか?」
「情報によれば、ヨンクは“レベルカンストの村”って噂されているんだ。農民も、老人も、子供でさえも、訓練された魔物殺しだ」
沈黙が落ちる。
誰も怖気づいたわけではない。
ただ、“油断すれば死ぬ”という空気が、静かに全員の呼吸を絞っていた。
「それでもやるのか?」
「やるに決まってるだろう。第三王子の依頼、王家直通の金だ。しかも“後腐れなく消せ”と来た」
蛇の男は、腰のナイフを抜いた。
青黒く、光の届かぬ刃。
ひとたび肌に触れれば、毒と呪いで心臓を焼く、“王殺しの刃”。
「ノーラ・フィアステラ……聖女と呼ばれた女が、どれほどか知らんが」
「この刃にかかれば、誰であろうと同じだ」
闇の中、十の影が進む。
向かう先――ヨンク。
それは穏やかな村の皮を被った、魔物と人間の最前線。
連合国の“誇り”と“牙”が眠る場所。
知らぬ者は足を踏み入れ、
知る者は足を止める。
連合国境界・夜の森路
「……本当にこの先でいいのか?」
黒装束に身を包んだ男が、地図の端を睨みながら低く唸った。
「道は合ってる。だが……気味が悪いな」
十人。それがこの任務に動員された〈影の棘〉の精鋭の数だった。
暗殺。誘拐。諜報。
国の中枢にすら潜り込む力を持つ、プロフェッショナルな殺人者集団。
今回の標的は一人。
元公爵令嬢、ノーラ・フィアステラ。
王家に仇なした悪女。第三王子の命により、その命を断つよう命じられている。
罪悪感など、誰一人として持っていなかった。
追放された貴族令嬢がどこでどう生きようと、価値などない。
それがこの世界の底に生きる者たちの、揺るがぬ現実だ。
「なぁ、ここ……かつての“魔王軍の残党”が作った国って話、マジだったのか?」
「連合国、か。ああ……昔の資料にそうあったな。亜人族の集団だろ? ダークエルフも、オーガも、ドワーフも混在する“元・魔王配下の連合”……と」
「ハッ、笑わせんな。元魔王軍だろうと今や辺境の農民だ。人を殺すことしか知らねぇ連中が、鍬と鎌で生きてるわけがねぇだろ。今は弱い人間ってことだ」
背後から、長身の男が一言。
「いや、それはどうだろうな?」
リーダー格である“蛇”のコードネームを持つ男だった。
「連合国には、確かに異質さがある。俺たちと同じ殺気を、街の農夫から感じたことがある。……忘れるな。あそこは“ただの国”じゃない」
全員の背筋がわずかに強張る。
夜の冷気が、深くなる。
音のない森。鳥すら鳴かず、虫の声も止まった。
風だけが、枝葉を揺らし、何かの気配がまとわりつくように這ってくる。
「……視られている」
一人がぽつりと呟く。
「連合国には、視線がある。壁の向こう。あの“前線”の先にいる魔物どもと……その手前にいる、元・魔族の血を引く連中がな」
「まさか、もう察知されているのか?」
「この地で“闇を歩く”ってのは、そういうことだ」
それでも――彼らは進む。
命令は絶対。契約は絶対。
報酬と名誉のために、たとえ地獄でも足を踏み入れるのが“影の棘”。
「標的の名は、ノーラ・フィアステラ。今は“ヨンク”という辺境拠点に滞在中。身を隠すには悪くないが……あそこは前線だ。警戒網が厳しい」
「衛兵も多い?」
「違う。住民全員が戦士だ」
「……マジかよ。そんなことあるのか?」
「情報によれば、ヨンクは“レベルカンストの村”って噂されているんだ。農民も、老人も、子供でさえも、訓練された魔物殺しだ」
沈黙が落ちる。
誰も怖気づいたわけではない。
ただ、“油断すれば死ぬ”という空気が、静かに全員の呼吸を絞っていた。
「それでもやるのか?」
「やるに決まってるだろう。第三王子の依頼、王家直通の金だ。しかも“後腐れなく消せ”と来た」
蛇の男は、腰のナイフを抜いた。
青黒く、光の届かぬ刃。
ひとたび肌に触れれば、毒と呪いで心臓を焼く、“王殺しの刃”。
「ノーラ・フィアステラ……聖女と呼ばれた女が、どれほどか知らんが」
「この刃にかかれば、誰であろうと同じだ」
闇の中、十の影が進む。
向かう先――ヨンク。
それは穏やかな村の皮を被った、魔物と人間の最前線。
連合国の“誇り”と“牙”が眠る場所。
知らぬ者は足を踏み入れ、
知る者は足を止める。
70
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる