俺の嫁が可愛すぎるので、とりあえず隣国を滅ぼすことにした。

イコ

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第一話

絶望そして……

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《side ノーラ・フィアステラ》

 冷たい風が頬を打つ。

 いつの間にか、私は森の中にいた。

 目隠しをされていたせいで、どれだけの時間が経ったのか、どこを歩いたのかも分からない。

 足裏から感じる地面の質が、硬い岩肌から湿った落ち葉に変わったことで、森に入ったのだと理解する。

 腕を後ろに縛られ、口を塞がれたまま、何度も転びながら引きずられてきた。

 ようやく目隠しが取られた時、目の前にあったのは、禍々しいほどに静まり返った木々の影。

 そして、男たちに囲まれていた。

 全員が黒装束に身を包み、顔の下半分を布で隠している。その目だけが、ひどく冷たい。

 そして、中心にいた一人。

 長身痩躯で、銀蛇のような細い目を持つ男が、すっと一歩前に出てきた。

「ようこそ、元・公爵令嬢ノーラ・フィアステラ殿」

 冷たく、滑らかな声だった。

 その声に、背筋が凍る。

「……あなたたちは、誰……?」
「私は蛇と申します。影の棘という暗殺者ギルド所属でございます。そしてこの任務は、王国第三王子、ドウマ・ディセウス・ヴァルトゼン殿下よりのご依頼です」

 心臓が、酷く音を立てた。

 耳の奥がじんじんと痛むほどに、脳が拒絶しようとしていた。

 けれど、その言葉は、確かに“現実”として胸に突き刺さった。

「なぜ……ドウマ様が……」
「理由は単純です。あなたがまだ“生きている”からですよ」

 その言葉に、膝が崩れそうになった。

 生きているから。――それだけの理由で。

「殿下は、あなたを追放しました。しかし、それだけでは足りなかった。貴族たちは、“あなたが犠牲者だったのではないか”と囁き始めたからです」

 蛇は、淡々と続ける。

「あなたが生きている限り、殿下の“判断”に疑念が差し込む。それが問題なのです」

 そこに、私の意思などなかった。

 存在していることが、間違いだと告げられているのだ。

「あなたに罪はない。……ですが、私には関係ない」

 蛇は微笑みすら浮かべていた。

「しかし、第三王子殿下が王位継承において失脚しかけている今、それは“あなたのせい”にしなければならないのです。すべては政治。すべては都合」

 私の指が震える。言葉が喉で詰まって出てこない。

「こんな、遠い辺境まで来てまで……私はまだ、あなたに……」

 言葉が壊れていく。

 あの人の笑顔も、温かい村の光景も、今だけの幻なのではないかと思えてしまう。

「あなたが流刑地で安らぎを得ている。それが、殿下にとっては許されないのです。あなたは悲しみ、絶望の中で朽ちていくべきだったのに」

 その声が耳にまとわりつく。

 私は、ただ生きているだけで、否定される。

 何もしていない。何も望んでいない。ただ、ここで、静かに。

(私は……生きていて、よかったのだろうか)

 希望に手を伸ばそうとした瞬間に、その指をへし折られる。

 この人生に、意味はあったのか?

 ここまでして、私は“不要”だと突きつけられるのか。

 膝が落ちる。けれど、その前に背中を支えられることはない。

 ただ、見下ろすように蛇は言った。

「では、始めましょうか。あなたが“殿下を貶めた悪女”としてふさわしい最後を迎える、その瞬間を」

 言葉にならない叫びが、心の奥で上がった。

 その声が、届くわけがないと、わかっていても。

 私には絶望しか許されないのだろうか。

「殺せ」
「はっ!」

 近づく影に私は目を閉じた。

「ぎゃっ!」
「なっ?」

 男たちの悲鳴に、私は閉じていた顔を瞳を開く。

 そこに、あの人の背中があった。

「人の嫁に何をしようとしていたいか知らないが、お前らはただで済むと思うなよ」

 振り返ったあの人が私に優しく笑いかける。

「ちょっと、目を閉じていてくれるか?」
「えっ?」
「あまり、ノーラに見せたくないんだ」
「はい」

 私は言われるままに、目を閉じた。

 そこで何が起きるのか、わからないまま。
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