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第二話
不穏な気配が近づく
しおりを挟む 昼を過ぎた頃、俺は農家の手伝いをしているところに、風と共に土の匂いが入り込んでくる。
午前の、畑仕事を終えた村人たちの笑い声が遠くで聞こえ、ヨンクはいつもと変わらぬ穏やかな時を刻んでいた。
緊迫した気配を感じて立ち上がると、こちらに向かってくるのは、いつも呼びにくるアルヴィではなく、バルトだった。
普段は財務管理をしながら、広い視野で魔物たちの監視役なども務めてくれている。
「エルド様」
その顔には、焦燥と警戒が滲んでいた。
「何があった」
言葉を待たずに促すと、バルトは短く息をついてから口を開いた。
「……見ました。あれを」
言われずとも分かる。“あれ”とは――
「異形、か」
バルトは頷いた。
「第五戦区だった旧マギラ鉱山跡地。霧の谷で、確かに異形を……二本の足で立ち、黒く、硬質な殻に覆われた巨体。まるで、獣と兵器が融合したような姿でした」
俺の両親が戦った、異形に似た特徴。
「動きは?」
「……あれは周囲の魔物を喰っていました。我々が食事をするのと同じように」
「……」
その呟きが、妙に重たく響いた。
ノーラが癒しの庭で村人たちと触れ合いを始め、やっと平穏で安らげる場所を手にいれようとしている中で、邪魔をする。
「バルト。詳細をまとめて長老会に提出してくれ。俺からも、警備と巡回の再編を命じる」
「了解しました。……でも、エルド様」
「なんだ」
「……あれと戦うおつもりですか?」
バルトの瞳が、わずかに揺れていた。
両親が生きていた頃から、バルトは領地を支えてくれている。同時にその頃から戦っていたバルトにとっても異形がどれほどの脅威なのかわかっている。
ガルドはまだヨンクに来る前で、カイは俺と共に生き延びた一人で異形をみている。アルヴィはまだ生まれてもいない。ティオも同じだ。
あの戦いを目にして、記憶を鮮明に持っているのは、俺とバルトの二人だが、それがどれほどの恐怖なのか、理解はできる。
「バルト、恐怖があるなら逃げろ。俺は止めない。だが、俺は戦う。異形は脅威ではあるが、俺は両親が倒すところをみた。奴らも絶対的な強者ではない。死ぬ生物なのだ」
俺の意思を伝えると、バルトは片膝をついて頭を下げた。
「このバルト、命など遠に惜しくないと思っておりましたが、いつの間にか怖気付いておったのかも知れませぬ。すでに我が秘技は全てアルヴィに伝授しました。この命など惜しくはない。我が全てをもってエルド様にお仕えして最後まで戦いとうございます」
バルトは覚悟を持った瞳で笑顔を見せた。
シワが増え始め、アルヴィの結婚も見ていない。
孫の顔を見させてやりたい。
「死なせないさ。俺がいる」
「……自信家ですな」
「今の俺は父の剣と、母の魔法。そして、連合国の者たちによって鍛え抜かれた、肉体と技術そして、武器や防具もある」
これだけ揃っていて負ける要素はない。
「頼もしきかな。我が主よ」
視線を村の空へと向けた。
この手で守ると決めた場所。
俺の家族、ノーラと、連合国の民の笑顔。
異形が再び現れるというなら、戦わざるを得ない。
(やれる。あの時の俺じゃない)
拳を握りしめた。太陽は雲に隠れ、影が村を覆い始めていた。
午前の、畑仕事を終えた村人たちの笑い声が遠くで聞こえ、ヨンクはいつもと変わらぬ穏やかな時を刻んでいた。
緊迫した気配を感じて立ち上がると、こちらに向かってくるのは、いつも呼びにくるアルヴィではなく、バルトだった。
普段は財務管理をしながら、広い視野で魔物たちの監視役なども務めてくれている。
「エルド様」
その顔には、焦燥と警戒が滲んでいた。
「何があった」
言葉を待たずに促すと、バルトは短く息をついてから口を開いた。
「……見ました。あれを」
言われずとも分かる。“あれ”とは――
「異形、か」
バルトは頷いた。
「第五戦区だった旧マギラ鉱山跡地。霧の谷で、確かに異形を……二本の足で立ち、黒く、硬質な殻に覆われた巨体。まるで、獣と兵器が融合したような姿でした」
俺の両親が戦った、異形に似た特徴。
「動きは?」
「……あれは周囲の魔物を喰っていました。我々が食事をするのと同じように」
「……」
その呟きが、妙に重たく響いた。
ノーラが癒しの庭で村人たちと触れ合いを始め、やっと平穏で安らげる場所を手にいれようとしている中で、邪魔をする。
「バルト。詳細をまとめて長老会に提出してくれ。俺からも、警備と巡回の再編を命じる」
「了解しました。……でも、エルド様」
「なんだ」
「……あれと戦うおつもりですか?」
バルトの瞳が、わずかに揺れていた。
両親が生きていた頃から、バルトは領地を支えてくれている。同時にその頃から戦っていたバルトにとっても異形がどれほどの脅威なのかわかっている。
ガルドはまだヨンクに来る前で、カイは俺と共に生き延びた一人で異形をみている。アルヴィはまだ生まれてもいない。ティオも同じだ。
あの戦いを目にして、記憶を鮮明に持っているのは、俺とバルトの二人だが、それがどれほどの恐怖なのか、理解はできる。
「バルト、恐怖があるなら逃げろ。俺は止めない。だが、俺は戦う。異形は脅威ではあるが、俺は両親が倒すところをみた。奴らも絶対的な強者ではない。死ぬ生物なのだ」
俺の意思を伝えると、バルトは片膝をついて頭を下げた。
「このバルト、命など遠に惜しくないと思っておりましたが、いつの間にか怖気付いておったのかも知れませぬ。すでに我が秘技は全てアルヴィに伝授しました。この命など惜しくはない。我が全てをもってエルド様にお仕えして最後まで戦いとうございます」
バルトは覚悟を持った瞳で笑顔を見せた。
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「……自信家ですな」
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これだけ揃っていて負ける要素はない。
「頼もしきかな。我が主よ」
視線を村の空へと向けた。
この手で守ると決めた場所。
俺の家族、ノーラと、連合国の民の笑顔。
異形が再び現れるというなら、戦わざるを得ない。
(やれる。あの時の俺じゃない)
拳を握りしめた。太陽は雲に隠れ、影が村を覆い始めていた。
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