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第二話
ノーラの決意
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《side ノーラ・フィアステラ》
ヨンクの空気がどこか張り詰めていました。
漂う空気が、ほんのわずかに、でも確かに変わっています。
挨拶の声は短く、鍬の音もどこか沈んでいる。
いつもは笑っていた農民の顔が、真剣な表情に変わっているのがわかりました。
戦の準備が、始まっている。
「ノーラ様、今日の癒しの時間は中止にしますか?」
シロが心配そうに訊ねてくれる。
「……いいえ、やりましょう。誰かの力になれるなら、それだけでも」
空気を読まなければ、と思った。今、この村は、一つになって“何か”に備えている。
だけど。
(私は……その“何か”が、きちんと分かっていない)
エルド様は、私にも話してくださった。
異形と呼ばれる、恐ろしい存在。
でも、それはまだ私の中で実感として“現実”になっていなかった。
王都にも魔物は出現していて、ヨンクに現れるほど強くなくても、王都の学園で討伐の実習も行われる。
だが、異形と呼ばれるような異質な存在はいない。
畑の横では、鍛冶場から鉄を打つ音が響き、男性たちは黙々と武具を整えている。
家々では、女たちが保存食や薬草を仕分けていた。
この村全体が、一丸となって、静かに戦いへと向かっている。
そんな中、私は、何もできていない気がしてならなかった。
(私……本当に、ここにいていいの?)
「ノーラ」
そう声をかけてくれたのは、エルド様だった。
いつもと変わらぬ、けれど少しだけ硬い顔。
体と同じ大きさの剣を背に下げ、肩には新しい防具が乗っていた。
見慣れた姿なのに、その背がどこか遠く感じる。
「すまないな。しばらく家を空けるかもしれない」
そう言って、静かに微笑んだ。
「……戦い、に行かれるのですね」
「そうだ。だが、心配はいらない。俺は戻ってくる。それにアカネとシロ、オン婆にも連絡を入れているから、ここの守りも万全だ」
その言葉を聞いて、何かが胸の奥で弾けた。
私は、何も分かっていない。怖い。恐ろしい。
……けれど。
この人は、戻ると言ってくれた。私に、きちんと「帰る」場所であらねばならない。
「……エルド様」
「え?」
私はそっとエルド様の胸に飛び込んだ。
「私にできるのは、これくらいです。……ですから、少しでも、力になりたい。加護を授けさせてください」
思わず出た言葉だった。
でも、それは本心だった。
「ノーラ……ありがとう。嬉しいよ」
エルド様は、そっと私の頭に手を置いてくれた。その大きな手が、あたたかくて。
妻として、エルド様の戻る場所でありたい。
戦いには行けない。剣も振るえない。
けれど、私はここで待つ。帰ってくる場所を、必ず守る。
神聖魔法を込めたハンカチをエルド様にお渡しする。
「これを、気をつけてください。……必ず、帰ってきてくださいね」
「ああ。約束する」
朝の空は高く、けれど、その青さの向こうには、きっと嵐が近づいている。
それでも。私は、この場所で、夫の帰りを待つ。
彼が、迷わず戻って来られるように。
私は、エルド様の妻として、ここにいる。
夫がいない間の村を守るのは、私の役目だ。
ヨンクの空気がどこか張り詰めていました。
漂う空気が、ほんのわずかに、でも確かに変わっています。
挨拶の声は短く、鍬の音もどこか沈んでいる。
いつもは笑っていた農民の顔が、真剣な表情に変わっているのがわかりました。
戦の準備が、始まっている。
「ノーラ様、今日の癒しの時間は中止にしますか?」
シロが心配そうに訊ねてくれる。
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だけど。
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家々では、女たちが保存食や薬草を仕分けていた。
この村全体が、一丸となって、静かに戦いへと向かっている。
そんな中、私は、何もできていない気がしてならなかった。
(私……本当に、ここにいていいの?)
「ノーラ」
そう声をかけてくれたのは、エルド様だった。
いつもと変わらぬ、けれど少しだけ硬い顔。
体と同じ大きさの剣を背に下げ、肩には新しい防具が乗っていた。
見慣れた姿なのに、その背がどこか遠く感じる。
「すまないな。しばらく家を空けるかもしれない」
そう言って、静かに微笑んだ。
「……戦い、に行かれるのですね」
「そうだ。だが、心配はいらない。俺は戻ってくる。それにアカネとシロ、オン婆にも連絡を入れているから、ここの守りも万全だ」
その言葉を聞いて、何かが胸の奥で弾けた。
私は、何も分かっていない。怖い。恐ろしい。
……けれど。
この人は、戻ると言ってくれた。私に、きちんと「帰る」場所であらねばならない。
「……エルド様」
「え?」
私はそっとエルド様の胸に飛び込んだ。
「私にできるのは、これくらいです。……ですから、少しでも、力になりたい。加護を授けさせてください」
思わず出た言葉だった。
でも、それは本心だった。
「ノーラ……ありがとう。嬉しいよ」
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けれど、私はここで待つ。帰ってくる場所を、必ず守る。
神聖魔法を込めたハンカチをエルド様にお渡しする。
「これを、気をつけてください。……必ず、帰ってきてくださいね」
「ああ。約束する」
朝の空は高く、けれど、その青さの向こうには、きっと嵐が近づいている。
それでも。私は、この場所で、夫の帰りを待つ。
彼が、迷わず戻って来られるように。
私は、エルド様の妻として、ここにいる。
夫がいない間の村を守るのは、私の役目だ。
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