32 / 134
第二話
一災 鉄眼のゴウラ 1
しおりを挟む
朝靄の中、ヨンクの門前には、既に戦支度を整えた仲間たちが並んでいた。
鎧の隙間から立ちのぼる緊張。
各々が言葉少なに、だが目だけは前を見据えている。
その背を見て、俺もまた腰の剣を一つ確かめ、ゆっくりと振り返った。
ノーラがいた。
袖口をぎゅっと握りしめ、けれど目を逸らさずに俺を見ている。
「……行ってきます。なるべく早く、戻るよ」
口にすると、彼女はほんの少し、表情を緩めた。
「お帰りを、お待ちしております」
その声に、胸の奥があたたかくなった。だが同時に、戦に向かうという現実が、それを凍らせる。
俺は軽く頷き、踵を返して仲間たちの先頭に立った。
「出るぞ。目標は第五区旧マギラ鉱山跡地。異形の存在確認のための進軍だ」
「「了解!」」
振り返らないと決めた。
誰よりも大切なものがあるからこそ、守りに行く。
数時間後、霧の谷を抜けると、かつて栄えた鉱山跡地が姿を現す。
木々はねじれ、土は乾ききり、まるで死んだような空間。空気そのものが異様に重い。
そして、そこに“それ”はいた。
人型に近い、だが、あまりにも異質な存在。
風が止んだ。
鉱山跡地の空気は重く、霧は沈黙の帳のようにあたりを覆っていた。
黒鉄のような殻に包まれた巨躯。節くれだった両腕は地面を擦り、背中からは硬質の刃のような棘がいくつも突き出ている。
なにより異様だったのは、顔の中心に縦一列に並ぶ六つの紅い眼。
魔物とは全く違う濃密な空気が充満している。
「アルヴィ。退路の確保を。バルト、援護しろ」
「はい!」
「承知」
今回の遠征は少数精鋭だ。
俺がいない間に、ヨンクが襲われてもいけない。
ガルドとティオに守護を任せてきた。
だが、直感が告げている。あれは、まったく別の“何か”だ。
だが、その正体を確かめる間もなく、異形がわずかに口元を動かした。
「……我は、鉄眼のゴウラ」
低く、響くような声だった。
聞き間違いではない。言葉を、喋った。
前回、両親が戦った異形は話をしなかった。
奴らも進化を遂げている?
「喋った……? お前……言葉が……わかるのか?」
異形はゆっくりとこちらを見据える。六つの眼が不気味に収束し、俺だけを見つめていた。
「哀れだな、人間。我らを獣と同じく見ていたか。言葉も、思考も、意志も持たぬと?」
その声音には、確かに“知性”があった。
それは俺の知るどの魔物とも違う。
「なぜ、名乗る……? なぜ、話す?」
「理解の証明だ。そして、殺すべき相手には礼を尽くす。それが、己の流儀」
異形が、名乗り、礼を語る。
まるで、武人のような口ぶりだった。
「俺は……お前たちはただの化け物だと、そう思っていた」
「そうであれと、お前たちが願ったのだ。己らを“理解できないもの”として忌み、排除し、恐れ続けた」
鉄眼のゴウラの声には、憤りも嘲笑もなかった。ただ、静かな事実のように淡々としていた。
「己は、人類に滅びを与える者。戦いにこそ喜びを感じる……貴殿は強者か?」
ゴウラの背にある棘が、ぶん、と音を立てて風を裂いた。
剣を抜くように、その身に“殺意”が宿る。
「……俺は『第四戦区防衛管轄領地・北西前線拠点兼農業振興指定区』の国主。エルド・カレヴィ」
「己を前に引かぬ強者よ。戦え。剣をもって、言葉をもって、心をもって。滅びを否定する覚悟を見せてみよ」
その瞬間、ゴウラの六つの眼が赤く輝いた。
地面が爆ぜ、岩が弾け、黒き巨体が空を裂いて突っ込んでくる。
俺は剣を振るった。
知らなかった。異形がここまで話す存在だとは。
だが、今知った。それでも、俺の答えは変わらない。
「俺は、引かない!」
刃と刃、意思と意思が、鉱山跡地の空に衝突した。
鎧の隙間から立ちのぼる緊張。
各々が言葉少なに、だが目だけは前を見据えている。
その背を見て、俺もまた腰の剣を一つ確かめ、ゆっくりと振り返った。
ノーラがいた。
袖口をぎゅっと握りしめ、けれど目を逸らさずに俺を見ている。
「……行ってきます。なるべく早く、戻るよ」
口にすると、彼女はほんの少し、表情を緩めた。
「お帰りを、お待ちしております」
その声に、胸の奥があたたかくなった。だが同時に、戦に向かうという現実が、それを凍らせる。
俺は軽く頷き、踵を返して仲間たちの先頭に立った。
「出るぞ。目標は第五区旧マギラ鉱山跡地。異形の存在確認のための進軍だ」
「「了解!」」
振り返らないと決めた。
誰よりも大切なものがあるからこそ、守りに行く。
数時間後、霧の谷を抜けると、かつて栄えた鉱山跡地が姿を現す。
木々はねじれ、土は乾ききり、まるで死んだような空間。空気そのものが異様に重い。
そして、そこに“それ”はいた。
人型に近い、だが、あまりにも異質な存在。
風が止んだ。
鉱山跡地の空気は重く、霧は沈黙の帳のようにあたりを覆っていた。
黒鉄のような殻に包まれた巨躯。節くれだった両腕は地面を擦り、背中からは硬質の刃のような棘がいくつも突き出ている。
なにより異様だったのは、顔の中心に縦一列に並ぶ六つの紅い眼。
魔物とは全く違う濃密な空気が充満している。
「アルヴィ。退路の確保を。バルト、援護しろ」
「はい!」
「承知」
今回の遠征は少数精鋭だ。
俺がいない間に、ヨンクが襲われてもいけない。
ガルドとティオに守護を任せてきた。
だが、直感が告げている。あれは、まったく別の“何か”だ。
だが、その正体を確かめる間もなく、異形がわずかに口元を動かした。
「……我は、鉄眼のゴウラ」
低く、響くような声だった。
聞き間違いではない。言葉を、喋った。
前回、両親が戦った異形は話をしなかった。
奴らも進化を遂げている?
「喋った……? お前……言葉が……わかるのか?」
異形はゆっくりとこちらを見据える。六つの眼が不気味に収束し、俺だけを見つめていた。
「哀れだな、人間。我らを獣と同じく見ていたか。言葉も、思考も、意志も持たぬと?」
その声音には、確かに“知性”があった。
それは俺の知るどの魔物とも違う。
「なぜ、名乗る……? なぜ、話す?」
「理解の証明だ。そして、殺すべき相手には礼を尽くす。それが、己の流儀」
異形が、名乗り、礼を語る。
まるで、武人のような口ぶりだった。
「俺は……お前たちはただの化け物だと、そう思っていた」
「そうであれと、お前たちが願ったのだ。己らを“理解できないもの”として忌み、排除し、恐れ続けた」
鉄眼のゴウラの声には、憤りも嘲笑もなかった。ただ、静かな事実のように淡々としていた。
「己は、人類に滅びを与える者。戦いにこそ喜びを感じる……貴殿は強者か?」
ゴウラの背にある棘が、ぶん、と音を立てて風を裂いた。
剣を抜くように、その身に“殺意”が宿る。
「……俺は『第四戦区防衛管轄領地・北西前線拠点兼農業振興指定区』の国主。エルド・カレヴィ」
「己を前に引かぬ強者よ。戦え。剣をもって、言葉をもって、心をもって。滅びを否定する覚悟を見せてみよ」
その瞬間、ゴウラの六つの眼が赤く輝いた。
地面が爆ぜ、岩が弾け、黒き巨体が空を裂いて突っ込んでくる。
俺は剣を振るった。
知らなかった。異形がここまで話す存在だとは。
だが、今知った。それでも、俺の答えは変わらない。
「俺は、引かない!」
刃と刃、意思と意思が、鉱山跡地の空に衝突した。
45
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる