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第四話
第二王子の真意?
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ジルベルト殿下の屋敷は、王都の北側に位置する高台に建てられていた。
瀟洒でありながらもどこか無機質で、王族としての気品と孤独が混じり合ったような静けさがある。
ドウマ王子以外の王家の方々とは、社交界で挨拶をする程度だった。
通された応接間は、劇場の舞台裏のように整えられていた。窓から差し込む光は柔らかく、薄紅のカーテンが揺れている。
私の手には、温かな紅茶。
けれど、胸の奥には氷のような緊張があった。
「……静かですね」
そう言うと、ジルベルト殿下は優雅な手つきでカップを置き、穏やかな微笑を浮かべた。
「兵と騎士たちは下がらせました。貴女に恐れられたくはなかったので」
「では……一つ、率直にお尋ねしても?」
「どうぞ。フィアステラ家の令嬢にして、聖女とまで呼ばれる貴女の言葉に、私は誠意をもって答えるつもりです」
その口調は丁寧で、言葉に棘もなかった。けれど、その分だけ逆に――警戒を強めるべきだと思えた。
「なぜ、私を助けたのですか? 兄である第一王子の命令に背いてまで、私に手を差し伸べる理由が、あなたには……?」
その問いに、ジルベルト殿下は一瞬だけ視線を遠くへやった。
それから、椅子にもたれ、唇に指を添える。
「……理由を一つに絞るのは難しいですね。王国にとって、貴女はもはや単なる貴族令嬢ではない。連合国の一国で妻となり、国母となられている。つまりは、かなり重要な関係をつなぐ象徴です。兄が利用しようとしたのも、理には適っている」
そこで、彼はまっすぐに私を見た。
「貴女は、私にとって政略の道具以上の意味を持っていると考えています」
「……?」
「どうか警戒しないでください。私は、貴女の意思に興味があるのです。貴女がヨンクを選んだ理由。貴女が連合に根ざし、命を懸けて病と戦おうとする理由。そして、その背後にいる男、エルド・カレヴィという人物にも」
その名を聞いた瞬間、私は無意識に背筋を伸ばしていた。
「殿下は、エルド様のことを……?」
「ええ。連合の戦鬼。ドウマを退けた男。そして、貴女の夫。彼がこれからのこの大陸にどう関わってくるのか。私は、その流れを見ておきたいのです」
なんて曖昧で、けれど核心を突く言葉。
「ですから、私に何かを強いるつもりはありません。……貴女が聖水を手にしたいのなら、どうぞ持ち帰ってください。私は貴女を止めないためにここへ連れてきたのです」
「では……これは、第一王子に対する抵抗なのですか?」
その問いに、ジルベルト殿下はふっと笑った。
「そうですね。兄に対する揺さぶりとでも言いましょうか。……そして、試しです」
「試し?」
「貴女がこの国の人間として戻ってくるのか。それとも、連合の民として進むのか。私はどちらも否定しません。ですが、貴女自身の選択を、私はこの目で聞いて起きたい」
彼は立ち上がり、窓辺に歩み寄ると、空を見上げた。
「ノーラ嬢。貴女の選択が、王国と連合の未来を左右する。私はその時まで、対話の窓としてここにいましょう」
私は何も返せなかった。
この人は、決して善人ではない。けれど、第一王子とはまったく違う知の冷たさを持っている。
そして、私の中にある揺らぎ。
戻らないという選択を、理解しているかのようだった。
ジルベルト殿下は、微笑を浮かべながら振り返った。
「……さて、聖水を守ったバルト殿の働きにも報いてあげなくてはなりませんね」
「あなたは、敵なのですか?」
私の問いに、彼は肩をすくめて答えた。
「それは、貴女が決めることです。私はただ……王国の滅びを止めたいだけです」
シルベルト殿下が何を考えているのか、私には理解できない。
瀟洒でありながらもどこか無機質で、王族としての気品と孤独が混じり合ったような静けさがある。
ドウマ王子以外の王家の方々とは、社交界で挨拶をする程度だった。
通された応接間は、劇場の舞台裏のように整えられていた。窓から差し込む光は柔らかく、薄紅のカーテンが揺れている。
私の手には、温かな紅茶。
けれど、胸の奥には氷のような緊張があった。
「……静かですね」
そう言うと、ジルベルト殿下は優雅な手つきでカップを置き、穏やかな微笑を浮かべた。
「兵と騎士たちは下がらせました。貴女に恐れられたくはなかったので」
「では……一つ、率直にお尋ねしても?」
「どうぞ。フィアステラ家の令嬢にして、聖女とまで呼ばれる貴女の言葉に、私は誠意をもって答えるつもりです」
その口調は丁寧で、言葉に棘もなかった。けれど、その分だけ逆に――警戒を強めるべきだと思えた。
「なぜ、私を助けたのですか? 兄である第一王子の命令に背いてまで、私に手を差し伸べる理由が、あなたには……?」
その問いに、ジルベルト殿下は一瞬だけ視線を遠くへやった。
それから、椅子にもたれ、唇に指を添える。
「……理由を一つに絞るのは難しいですね。王国にとって、貴女はもはや単なる貴族令嬢ではない。連合国の一国で妻となり、国母となられている。つまりは、かなり重要な関係をつなぐ象徴です。兄が利用しようとしたのも、理には適っている」
そこで、彼はまっすぐに私を見た。
「貴女は、私にとって政略の道具以上の意味を持っていると考えています」
「……?」
「どうか警戒しないでください。私は、貴女の意思に興味があるのです。貴女がヨンクを選んだ理由。貴女が連合に根ざし、命を懸けて病と戦おうとする理由。そして、その背後にいる男、エルド・カレヴィという人物にも」
その名を聞いた瞬間、私は無意識に背筋を伸ばしていた。
「殿下は、エルド様のことを……?」
「ええ。連合の戦鬼。ドウマを退けた男。そして、貴女の夫。彼がこれからのこの大陸にどう関わってくるのか。私は、その流れを見ておきたいのです」
なんて曖昧で、けれど核心を突く言葉。
「ですから、私に何かを強いるつもりはありません。……貴女が聖水を手にしたいのなら、どうぞ持ち帰ってください。私は貴女を止めないためにここへ連れてきたのです」
「では……これは、第一王子に対する抵抗なのですか?」
その問いに、ジルベルト殿下はふっと笑った。
「そうですね。兄に対する揺さぶりとでも言いましょうか。……そして、試しです」
「試し?」
「貴女がこの国の人間として戻ってくるのか。それとも、連合の民として進むのか。私はどちらも否定しません。ですが、貴女自身の選択を、私はこの目で聞いて起きたい」
彼は立ち上がり、窓辺に歩み寄ると、空を見上げた。
「ノーラ嬢。貴女の選択が、王国と連合の未来を左右する。私はその時まで、対話の窓としてここにいましょう」
私は何も返せなかった。
この人は、決して善人ではない。けれど、第一王子とはまったく違う知の冷たさを持っている。
そして、私の中にある揺らぎ。
戻らないという選択を、理解しているかのようだった。
ジルベルト殿下は、微笑を浮かべながら振り返った。
「……さて、聖水を守ったバルト殿の働きにも報いてあげなくてはなりませんね」
「あなたは、敵なのですか?」
私の問いに、彼は肩をすくめて答えた。
「それは、貴女が決めることです。私はただ……王国の滅びを止めたいだけです」
シルベルト殿下が何を考えているのか、私には理解できない。
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