81 / 134
第五話
ヨンクは死んでいない。
しおりを挟む
《side ノーラ・フィアステラ》
焦げた匂いが、風に乗って届いた。
馬車の窓から見えたヨンクの空は、灰色にくすんでいた。かつて晴れ渡っていた蒼は、煤に曇り、陽は高いはずなのに、どこか薄暗い。
「……嘘……」
馬車が止まり、扉が開け放たれる。私は一歩、足を地に降ろした。
視界に広がったのは、崩れた街並み。
門の近くにあった見張りの塔は瓦礫に変わり、道端にあった屋台は黒く焦げ、ひしゃげた鍋が転がっていた。家々の屋根も崩れ、石壁には毒のような斑が焼きついている。
たしかに、ここは私たちの、ヨンクだった。
けれど、その姿は……。
「……こんな……」
私は呆然と呟いた。まるで夢のようだった。地獄のような幻影を見ているような気がして、足元がふらついた。
「ノーラ様ッ!」
アカネの声で、はっと我に返る。
見慣れた長身。戦場の空気を纏いながらも、どこか頼もしい存在。
「ガルド……さん……!」
駆け寄ってくる男性は、鎧に傷を残しながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。後ろにはティオさんとアルヴィさんの姿もあった。
私を囲むように三人が集まる。
「お戻りになられましたか、無事で何よりです」
冷静なアルヴィさんが、微かに安堵の色を浮かべながら深く一礼する。
ティオさんは涙を堪えたような笑顔を向けてくれる
「よかった……ほんとうによかった。ノーラ様が戻ってきてくれて……」
「……ここは……ヨンクは……生きてるんですね……?」
私は震える声で問うた。
こんなにも壊れた街なのに。人々の声がする。遠くで子どもが泣き、誰かが呼びかけ、荷物を運ぶ音。
三人の後には、大勢のヨンクの人々の姿が見えた。
シロの姿を見つけて安堵する。毒で苦しんでいた子供達も、元気な顔をしていた。
命の気配が、確かにそこにあった。
「被害は……ありました。逃げ遅れた者、数十名が犠牲に……けれど、彼らは年老いて自分たちが犠牲になると残ってくれたのです。住民のほとんどは無事でした。警報を聞いて、すぐに避難を始めたのです」
アルヴィの声は淡々としていたが、そこには誇りと、悔しさと、希望が混じっていた。
ヨンクの民が、助かっていた。
エルド様が守ったこの街が、生きていた。
胸の奥がじわりと熱くなって、私は堪えきれずに目元を拭った。
「エルド様は……?」
「門の外です……異形と交戦中です」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
そうだ、まだ終わっていない。
ヨンクが生き延びただけじゃない。
人がいるならいくらでも街は再興できる。
「治療に向かいます。……怪我人や、病人を私が診ます! それが終わったら、私も向かいます。エルド様の元へ」
誰も何も言わなかった。ただ、ティオがそっと背を押してくれた。
「はい。……ノーラ様の力が、きっとみんなの命を繋ぎます」
私は頷き、崩れかけた街の中へと歩き出した。
まだ希望は、ここにある。
そして私の居場所は、この地と、彼の隣にある。
焦げた匂いが、風に乗って届いた。
馬車の窓から見えたヨンクの空は、灰色にくすんでいた。かつて晴れ渡っていた蒼は、煤に曇り、陽は高いはずなのに、どこか薄暗い。
「……嘘……」
馬車が止まり、扉が開け放たれる。私は一歩、足を地に降ろした。
視界に広がったのは、崩れた街並み。
門の近くにあった見張りの塔は瓦礫に変わり、道端にあった屋台は黒く焦げ、ひしゃげた鍋が転がっていた。家々の屋根も崩れ、石壁には毒のような斑が焼きついている。
たしかに、ここは私たちの、ヨンクだった。
けれど、その姿は……。
「……こんな……」
私は呆然と呟いた。まるで夢のようだった。地獄のような幻影を見ているような気がして、足元がふらついた。
「ノーラ様ッ!」
アカネの声で、はっと我に返る。
見慣れた長身。戦場の空気を纏いながらも、どこか頼もしい存在。
「ガルド……さん……!」
駆け寄ってくる男性は、鎧に傷を残しながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。後ろにはティオさんとアルヴィさんの姿もあった。
私を囲むように三人が集まる。
「お戻りになられましたか、無事で何よりです」
冷静なアルヴィさんが、微かに安堵の色を浮かべながら深く一礼する。
ティオさんは涙を堪えたような笑顔を向けてくれる
「よかった……ほんとうによかった。ノーラ様が戻ってきてくれて……」
「……ここは……ヨンクは……生きてるんですね……?」
私は震える声で問うた。
こんなにも壊れた街なのに。人々の声がする。遠くで子どもが泣き、誰かが呼びかけ、荷物を運ぶ音。
三人の後には、大勢のヨンクの人々の姿が見えた。
シロの姿を見つけて安堵する。毒で苦しんでいた子供達も、元気な顔をしていた。
命の気配が、確かにそこにあった。
「被害は……ありました。逃げ遅れた者、数十名が犠牲に……けれど、彼らは年老いて自分たちが犠牲になると残ってくれたのです。住民のほとんどは無事でした。警報を聞いて、すぐに避難を始めたのです」
アルヴィの声は淡々としていたが、そこには誇りと、悔しさと、希望が混じっていた。
ヨンクの民が、助かっていた。
エルド様が守ったこの街が、生きていた。
胸の奥がじわりと熱くなって、私は堪えきれずに目元を拭った。
「エルド様は……?」
「門の外です……異形と交戦中です」
その言葉に、私の心臓が跳ねた。
そうだ、まだ終わっていない。
ヨンクが生き延びただけじゃない。
人がいるならいくらでも街は再興できる。
「治療に向かいます。……怪我人や、病人を私が診ます! それが終わったら、私も向かいます。エルド様の元へ」
誰も何も言わなかった。ただ、ティオがそっと背を押してくれた。
「はい。……ノーラ様の力が、きっとみんなの命を繋ぎます」
私は頷き、崩れかけた街の中へと歩き出した。
まだ希望は、ここにある。
そして私の居場所は、この地と、彼の隣にある。
40
あなたにおすすめの小説
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
初期スキルが便利すぎて異世界生活が楽しすぎる!
霜月雹花
ファンタジー
神の悪戯により死んでしまった主人公は、別の神の手により3つの便利なスキルを貰い異世界に転生する事になった。転生し、普通の人生を歩む筈が、又しても神の悪戯によってトラブルが起こり目が覚めると異世界で10歳の〝家無し名無し〟の状態になっていた。転生を勧めてくれた神からの手紙に代償として、希少な力を受け取った。
神によって人生を狂わされた主人公は、異世界で便利なスキルを使って生きて行くそんな物語。
書籍8巻11月24日発売します。
漫画版2巻まで発売中。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる