幸せの在処

紅子

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試金石

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私は、この世界の主神ハルシオンルー。この世界は私が創った。愛に溢れた美しい世界。草も木も花も岩も土も砂も虫も動物も鳥も魚も微生物たちも人も、その全てが生命を輝かせ、尊重し合い、共にこの世界を煌めかせる。全てが平等で、それぞれの役割を全うする姿は私を満たし、力を与えてくれる。魔物すら私には愛おしい存在だ。魔物は、負のエネルギーの塊。魂を持ってはいない。この世界の浄化装置。そう創った。

そんな私の世界に、異質なものが入り込んだ。別の世界を統べる神が、悪戯に放り込んできたのだ。「つまらないわ」と言いながら。こういうことは、滅多に起きない。それが起こったということは、それが必要だったということだ。私は、創造神に相談し、保険をかけた上で、静観することにした。

そして・・・・。

私たちの思惑は外れ、保険が作動してしまった。あの者たちなら、その時になれば、それを行使すると分かっていたが、私の落胆は大きい。どうやら、私がこの世界の在り様を見つめ直す切欠として、この出来事が必要だったと気が付いた。

そこで、魅了の力をけしかけた神に、贖罪として、私の望む異質な力をこの世界に放り込んでもらうことにした。この世界を再構築するために。ただ、命をかけて、大きな代償を払って、この世界を守ったりふたりには報いなければならない。そこで、逆行した新しい世界のふたりがこの世界の行方に干渉することを許可した。そのためにも、逆行前の世界の最悪のシナリオを視せる。

逆行前の世界で、あの者たちの魅了が解けなければ、その場でパーレンヴィアは殺されていた。パーレンヴィアが殺された後、拘束を解かれたハルクールは迷うことなく真っ先に魅了の持ち主第3王女の首を取り、その勢いに任せて、王太子の首を落とした。国王たちが呆気にとられる中、宰相の子息の首と騎士団長の子息の首とパーレンヴィアの義弟の首も。パーレンヴィアの死を切欠に鬼神と化したハルクールは、血まみれのままその場を去った。あっという間の、まばたきするくらいの間の出来事だ。広間はもうパーティーどころではなく、阿鼻叫喚の坩堝。頽れるように突っ伏したまま動かないパーレンヴィアを見て、事情を察したパーレンヴィアの父親は、その亡骸を丁寧に抱き上げ、伴侶を伴ってその場を離脱。パーレンヴィアの弔いとばかりに魅了の持ち主第3王女の国へ、隣国の王女であった母親の国を巻き込み開戦。そこには、ハルクールとその父親や兄弟の姿もあった。パーレンヴィアの国は、災禍を招き入れた国王と対策を無にした王太子たちの愚行に貴族の離叛や反乱が相次いだ。後は、多くの国を巻き込んだ戦争へと発展していき、魔物の暴走を食い止めることもできず、世界は崩壊へと走り抜けていく。

「これが、君たちに固有スキルを与えなかった、あるいは、固有スキルを行使しなかった時の未来だ」

ふたりとも絶句している。それはそうだろう。あまりにも凄惨な光景なのだから。暫くして、やっと気分を落ち着かせたパーレンヴィアは私へと向き直った。

「ハルシオンルー様。わたくし、夢を見ました。おそらく、あれはわたくしの前世。そこで、逆行前と似ているようで、完全に異なる性格の第3王女殿下と王太子殿下たちの物語を拝見いたしました。そして、リリナフと第1王子殿下たちの物語も」

「それは、パーレンヴィアは私の愛し子だからね」

「え?初耳です。ハルシオンルー様の愛し子ですか。前世の夢を見たのも愛し子の能力?」

愛し子かどうかなど、告げる必要もないことだ。私が時々世界を覗き見る指標として居るのが愛し子であり、ちょっとだけ恩恵が付く。

「うん。その物語を創った者は、私の世界を垣間視たんだろう」

「でも、リリナフの物語はまだ始まっておりませんわ。それに、物語には魅了の力もありませんでしたし、わたくしの経験した未来はハルクが時戻しをしたのですから、消滅したのでしょう?」

「全ての事柄は同時に存在し、自らの選択によっていろいろな可能性を引き寄せ、あるいは、排除する。この混沌を垣間視ることが出来る者は、それを直感的に視るから、どの事柄を視るかは、本人次第だ。実際、パーレンヴィアの見た夢の通りのハレスヤナリーもいるし、リリナフと関わらないネルビスの物語も存在する。パーレンヴィアの見た夢の物語も存在するし、そのどれも未だ始まっておらず、しかし、すでに終わっているんだよ。消滅することもない」

「よく分かりません」

「深く考える必要はない。君たちにとって、時とは刻一刻と進んでいくものなのだから。重要なのは、これから先、再びこの世界が崩壊する可能性があるということだ」

それを餌にはさせてもらうが、崩壊させるつもりはない。私はこの世界を愛している。

「聖なる力とは、どういうものなのですか?名前だけ聞けば、悪いものという印象は持ちません。世界の崩壊にどう繋がるのでしょうか?」

ハルクールは、賢いな。

「リリナフがこの世界から旅立つまで待てばいいのではありませんか?」

パーレンヴィアは、魅了の力と同じように、聖なる力を宿すリリナフが将来この世界からいなくなれば、元に戻ると考えたのだろう。だが、そんな簡単な力ではない。

「この世界には過ぎたる力だ。私が創りあげた美しく緻密に保たれている均衡をゆっくりと蝕んでいく。気付いたときには、取り返しがつかないだろう。臓腑に巣くう病魔と同じだ」

それが存在するだけでこの世界は壊れる。今すぐにリリナフを殺したとしても、今度はそれを理由に戦争が始まる。それに、大きな力を持つ者故に、それを手放すことを躊躇する者も現れるだろう。

「ハルシオンルー様から神託を出して危険だと喚起することは出来ないのですか?」

私は、緩く首を振った。

「過ぎたる力だと分かれば、それを欲して囲い込む者が必ず現れる。それは、権力を欲する者を刺激し、大いなる争いへと発展するだろう」

そのような力はこの世界には不要だ。

「ですが、秘密裡に排除しても、疑心暗鬼に囚われるのではありませんか?」

ハルクールは、本当に核心を突いてくる。

「そうだ。既に聖なる力の存在は知られている。賽は投げられてしまったのだ。この世界が崩壊へと進むのはもはや止められない」

「そんな!」

「食い止める術はないのですか?!」

私は、緩く首を横に振る。そして、ふたりにある固有スキルを与えた。

「『聖なる力を宿す者』を覚醒させず、戦争をおこすことがなければ、知らぬ間に世界は再構築されるだろう。だが、この世界が破壊される兆しがあれば、私は躊躇なくその者たちを排除し、方舟はこぶねを起動する」

方舟に乗れるのは、私の印を持つ者のみ。まばたきの時間で、世界は再構築されるだろう。

「聖なる力が試金石とならんことを」
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