天使は女神を恋願う

紅子

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姫様?

歩くこと15分程度で、大きく聳え立つお城の横に出た。禁足地からミカエル様の住むことろまでは20分ほどだそうだ。禁足地は、王族しか入れないと言っていたから、彼は王族だということだ。

うわー。天使様は王子様だったよ。道理であり得ないほどの美形なわけだ。やっぱりお城に住んでるわけね。しかし、大きい。

途中でミカエル様の服を掴んでいることに気付いて、謝罪と共に慌てて離したが、「迷子にならぬように掴んでいるといい」と笑って許してくれた。仮面で表情は見えないけど、声が柔らかくて楽しそうだったから間違ってはいないと思う。もちろん、遠慮なく掴ませてもらった。この人の隣はとても心地いい。男性恐怖症の私が怖いと感じないほどには。

「スミレ。私の住まいである離宮の一角に貴女の部屋を用意しよう。国王陛下との謁見が整うまではそこで過ごせばいい。だが、私と会うこともあるだろうから、嫌なら王宮の客間に用意することも可能だ」

「いえ、是非とも、て・・・・ミカエル様の住まいの一角をお貸しください。置いていただけるなら、メイドでも下働きでもします」

誰も知らないところに行くよりは、ミカエル様の近くの方が安心できる。不特定多数の見知らぬ人が出入りするようなところでは落ち着かない。それに、何と言っても、ミカエル様は麗しき天使様だ。今は仮面を被っているけど、またあの素晴らしきご尊顔を拝めるかもしれない。それくらいの楽しみはあってもいいだろう。

「貴女がそのようなことをする必要はない。ゆっくりとこの世界に馴れてくれればそれでいい」

「いえ、やることがあった方が落ち着きます。ですから、ミカエル様のお世話でも、食事の用意でも何でもいいので、働かせてください」

やることもなく過ごしていると、きっと色々と考えてしまう。何かしている方が気が紛れるというものだ。それが、ミカエル様のお世話なら飛び上がるほど嬉しいが。何とか許可してもらおうと手を組んでミカエル様を見上げて必死にお願いした。

「・・・・。ハァ、わかった。だが、無理はしないように。約束できるか?」

「はい!無理はしません!きっと、て・・ミカエル様のお役に立てるように頑張ります!」

やった!許可してもらえた!

そんなことをしているうちに、離宮の入り口に着いたようだ。ひょろっとした老執事らしき人物が、扉を開けて待っている。中に入ると、侍従らしき人や侍女らしき人もいた。どの人もお年を召している。

「おかえりなさいませ、殿下」

「ああ、今戻った。変わりはないか?」

「はい。恙無く。ところで、そちらの美しいお方は?」

「こちらは、贈り人のスミレ。禁足地で見つけたのだ。陛下との謁見が整うまでここに滞在する」

「畏まりました」

「スミレ、これは執事のハリーだ。分からないことはハリーに聞けばよい。爺も頼む」

「はい。ハリー様、よろしくお願いします」

マナーが分からないので、ペコんとお辞儀をしておいた。

「姫様。私に敬称は不要です。どうぞ、ハリーとだけお呼びください。爺やと呼んでくださってもかまいませんよ。敬語もお止めください」

姫、姫様?誰のことだ、それは!

「えっと・・・・、姫様?って何でしょう?それに敬称なしは難しいので、ハリーさん、ではダメですか?」

「ハリーまたは爺やです。姫様は姫様です。贈り人様は、みな、そう呼ばれます。慣れてください」

姫様ね。慣れることはないと思う。ちらりとミカエル様を見上げるが、我関せずだ。こちらを見てもくれない。仕方ない。郷に入っては郷に従え。

「わかりました、爺や。なるべく善処します」

あれ?ミカエル様、肝心なことを言ってないですよね? 

つんつんとミカエル様のマントを引っ張り、働くことを伝えろ、と顔を見上げる。なぜか、ミカエル様は参ったと言わんばかりに片手を目に当てて上を向いてしまった。よく分からない反応だ。爺やはビックリして目を見開いている。何に驚いたんだろう?

「オホン。スミレは働きたいらしい。何か簡単なことでもさせてやってくれ」

「はい。ミカエル様のお世話でも、掃除、洗濯、食事の用意、何でもします」

だから、お仕事ください。

図々しくもミカエル様のお世話したいことも伝えた。まあ、これだけの美貌をもったミカエル様だ。お世話したい人は沢山いるだろうから争奪戦かな?

「なんと!姫様は殿下のことが怖くないのですね?でしたら、是非とも殿下のお世話をお任せいたしましょう」

「爺、それは」

「はい、お任せください!ミカエル様はお優しいから怖くなんてありません!」

ミカエル様が何か言いかけていたが、撤回される前に返事をした。天使様のお世話係を手放すわけにはいかない。贈り人だろうと何だろうと、得体の知れない私を保護してくれたんだから、優しいに決まっている。

「ハァ、スミレを部屋に案内してくれ。スミレも今日は疲れただろうから、ゆっくり休むといい」

なんだか疲れたようにそれだけ言うと、ミカエル様は自室へと引き上げて行った。

私は部屋へ案内してくれる爺やから少しだけ距離を取ってついていく。私にあてがわれる部屋の扉の前には、先程まで玄関にいた侍女のひとりが待っていた。

「彼女は、姫様の侍女を勤めるプリシラでございます。何かあれば、プリシラにお申し付けください」

「姫様のお世話という栄誉を賜りましたプリシラと申します。他にも2人姫様つきの侍女がおりますので、明日ご紹介させてください。至らぬ点もあるかと思いますが、ご滞在の間、よろしくお願い致します」

「スミレです。ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願い致します」

「姫様、そのように畏まらなくていいのですよ。さあ、お疲れになったでしょう。お夕食までに湯あみをしてさっぱりいたしましょう」

「はい。プリシラさんも・・・・プリシラも気安くしてくれるとわたしも楽です」

敬称を付けたところで、爺やに顔で悟された。

私に与えられた部屋は、私の12畳のワンルームマンションが余裕で入るような広さだった。寝室は別だというから落ち着かない。

「あの、せっかく用意していただいたところ申し訳ないのですが、もっと小さい部屋はないですか?」

「ここより格の高い部屋への変更は可能ですが、落とすことはできかねます。殿下の面子にも関わりますので」

それなら仕方ない。お世話になる身で、評判を落とすようなことはしてはいけない。

「分かりました」

湯あみの用意が整うまでの間にプリシラが入れてくれたお茶は、薔薇の香りがほんのりとする上品なものだった。

その後、湯あみの段になり、断固ひとりで入れるように交渉した。これは譲れない。湯あみのために用意されたところは、猫脚のバスタブとは別に洗い場がちゃんとあり、ひとりでも入れるようになっていた。お湯に入って、ほっとした。やっぱり、緊張していたらしい。完全に緊張が溶けたわけではないけど、独りになれたこととお風呂という日常に触れて、少しだけ余裕が生まれた。ゆっくりとお風呂に入った後、用意された服に着替える。薄紫のエンパイアドレスだ。コルセットは着けない。正直、助かった。バイト先でウエディングドレスのモデルをしたときに着けたが、あれを着けて生活なんて考えられない。

「何から何まで有難うございます」

「お礼なら殿下に。全て殿下の指示ですから」

「はい。お会いしたときにでも、お伝えします」

「さあ、姫様、夕食の用意が整いましたよ。こちらに運んでもよろしいですか?」

「えっと、ひとり、ですか?」

「はい。晩餐の部屋でも構いませんよ」

「いえ、こちらで戴きます」

用意された夕食は、フルコース。プリシラの給仕で戴いたが、如何せん量が多すぎた。全体の半分も食べていないと思う。申し訳ない。最後のお茶のときにプリシラから「姫様、もっと召し上がらなくては、大きくなれませんよ。遠慮なさらずにお召し上がりください」と言われたが、遠慮しているわけではなく、本当に食べれないのだと伝えると、驚かれてしまった。明日からは、量を少なくしてくれることになり、ほっとした。しかし、私は、いったい何歳だと思われているんだろうか。これ以上は横に大きくなるだけだと思う。

明日からは、ミカエル様のお世話係だ。ふふふ。楽しみ~♪ 




その夜。

ポツンと独り暗闇の中。
いくら静かだとはいえ、ここには沢山の人がいる。人の気配がこんなに身近にあるところで、どうやって眠ったらいいのか。眠いのに、眠れない。意識が行ったり来たりしている。

怖い。

誰も入っては来ないと分かっていても、神経が張って眠れない。異母兄が夜部屋を訪れるようになってから眠れなくなった。

どうしよう、明日起きれなくなる。

気分転換でもしたら眠れるかなと、テラスに出て夜風に当たる。備え付けのソファーに座ってうつらうつらしていると、何か暖かいものが髪を撫でた。

「こんなところで寝ては、風邪を引く」

優しく労る声に安心して、ストンと眠りに落ちた。

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