天使は女神を恋願う

紅子

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閑話 城下でデート②

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仕事を終えたミカエル様と護衛の皆さんを引き連れて、王都にやって来た。私達は今、市場に向かっている。もちろん、徒歩だ。私の隣には、リディアとマルティナ、後ろには団長さんとミカエル様、人混みに紛れてマルコスとジークがいる。

中世ヨーロッパを思わせるようなレンガが敷き詰められた歩道。石畳の馬車道。石とレンガを組み合わせた建物。等間隔に並んだ街灯。美しく整えられた街並み。当たり前だけど、どれをとってみても、ここは私がいた世界とは違うと言っている。離宮にいるときにはあまり気にならなかったぶん、実感してしまった。帰りたいとは思わないけど、心細さと不安はどうしようもない。それを今は考えたくはないから周りをきょろきょろと見ていると、可愛い小物屋さんを見つけた。

「ミカエル様、あのお店見てもいいですか?」

「ああ、構わない」

早速、リディアとマルティナを伴って店に向かった。ミカエル様と団長さんも後から着いてくる。店には、手頃な価格の可愛いものがところ狭しと並んでいた。こういうのは、見るだけで楽しい♪

「あっ、この髪飾り可愛い」

「スミレ様には似合いそうですね」

「そうかな?確かに、マルティナにはこっちの方が似合いそうだね」

少し大人っぽくてシックな方が似合う。

「それ、いいですね」

「リディアは、これかな」

シンプルだけど、瞳の色に似た綺麗な新緑色だ。

「スミレ様は、似合うものを選ぶのがお上手ですね。これ、使いやすそうです」

私は、メイド服と合う髪飾りをひとつ買った。リディアとマルティナも買っている。本来なら護衛任務中だから駄目なんだけど、ミカエル様が、私が楽しめないだろうと事前に許可してくれていたらしい。本当に気がきく。本人は認めないだろうけど、絶対、ミカエル様の隠れファンはたくさんいるはずだ。でも、負けない!

それから、しばらく歩くと市場があった。庶民の生活を支える台所だ。肉や干した魚、野菜や果物、パン、香辛料、薬草などあらゆるものが売っている。私の目当ては、離宮のみんなへの果物と季節の果物各種それにククリだ。今の季節は、苺に似たパピコとさくらんぼに似たリリアムス、それにリーリャ。リーリャは、マンゴーと桃の合の子みたいな物のようだ。ピンクのマンゴー。味は分からないから楽しみにしている。

と、近くの店に無造作に置いてある大量のミストーレを見つけた。

「ミカエル様!ミカエル様!あれ、ミストーレじゃないですか?!」

マントをクイクイ引っ張って興奮ぎみに尋ねる。

「ああ。そうだな。あれが、ミストーレだ。買うのか」

「買います。もちろん買います。明日から実験します!」

私の興奮振りに、団長さんもリディアもマルティナも引きぎみだ。でもそんなことは構っていられない。早く実験できれば、その分大量のチョコレートができる。

「わかった。キース、ミストーレを詰め所から離宮まで運んでくれ」

「わかった。スミレ様は、妙なものを欲しがるんだな。どうするんだ、あんなもの?」

「内緒です♪」

団長さんは、その店の主と交渉して、詰め所へ届けるように手配してくれた。

「ククリ♪ククリ♪ククリが欲しい。どこかな♪」

思わぬところでミストーレが手に入り、妙な歌が出てくるほど、機嫌がいい。次は、ククリだ。周りを行く人々も、私を見ながら微笑ましそうにすれ違っていくが、気にならない。スキップでもしそうな程浮かれて歩いていたが・・・・。

「ひゃあ」

躓いた。何もないところで躓けるのはある種の特技だ。隣を歩いていたリディアとマルティナは、突然のことに呆気にとられて「え?」と訳がわかっていない。団長さんは「は?」と一瞬驚いていたが、すぐに手を出して、支えようとしてくれた。唯一、いつも一緒にいて、私のこの特技に慣れたミカエル様だけが危なげなく私を抱えて溜め息を吐いている。

「浮かれすぎだ。何もないところで転べるのだ。気を付けよ」

「ありがとうございます・・・・。気をつけます」

「スミレ様は、・・いえ、何でもありません」

「ん?そう?私ね、どんくさいの。だから、リディアやマルティナみたいな騎士になれる人は凄いと思う。私は無理だもん」

「まず、転ばない練習からだな」

「ミカエル様、それができるなら、今も転んでません」

「それもそうか。ほら、ククリのある店についた」

おー、ここがそうなのか。やっぱり、薬屋さんだね。薬草とかもあるけど、あれ?香辛料も置いてある。ククリはどこかなぁ。

「ククリはこれだ」

大分高いところに置いてあった。私では届かないし見つけられない。

「これ、加工前のはないんですか?」

リディアが店の人に聞いてくれている。

「スミレ様、あるそうですよ」

「本当♪?売ってくれないかなぁ。出来れば、加工するときに出た不要な部分も」

「変わった客だねぇ。こんなもんでよければ、あげるよ。たくさん採れたからって、ずいぶん余計に置いていってくれてね。どうしようもないから余りは捨てようと思ってたのさ」

「おばさん、本当に貰っていいの?」

「おや、随分と可愛い子だねぇ。こんなもんでよければ持っていきな。どうするんだい、こんなもの」

「フフフ、内緒♪ありがとう、おばさん。あと、これとこれとこれは、買うよ!」

ターメリックはギーグ、ウコンはクル、唐辛子はシルシン。それと数種類の香辛料を1瓶ずつ買った。これもみんなには馴染みがないもののようだ。

「スミレ様は、どこかお悪いんですか?」

「どうして?」

「それらは全て薬ですから」

「あー、これね、美味しい食べ物になるんだよ」

「へー、そうなんですね。知りませんでした」

その後は、離宮のみんなにリーリャをたくさん買って、詰め所で護衛をしてくれたみんなと別れ、離宮に戻った。リーリャは、マンゴーに近い味だけど食感は桃という果物だった。それを使って、タルトを焼いてみんなで食べた。とても好評だった。フルーツを変えれば色んな味のタルトになると教えておいたから、料理長が頑張って研究してくれるはずだ。


翌日は例の香辛料を使って、カレーパンを作った。昨日、護衛をしてくれたリディア達に差し入れしようと思ったのだ。作っている途中でめずらしく、ミカエル様が調理場に顔を出した。匂いに釣られて来たようだ。

「今日は、甘くないのだな」

「後で甘いものも作りますけど、今はカレーパンを作ってるから、辛いですよ」

「色だけ見ると美味しそうには見えないが、匂いは食欲をそそるな」

「でしょう?ちょっと辛くて、病み付きになりますよ。お米・・ミンズがあれば、カレーミンズになるんですけどね」

「あるだろう?」

「!!!あるんですか!いつもパンが出るから、ないと思ってました!」

「あれは、べちゃべちゃして、あまり好みではないから、出されないのだろう」

「べちゃべちゃ?あー、炊き方の問題ですね。では、カレーミンズを作りましょう!あー、ご飯だ。お米だ。フフフ。料理長、残りのカレーパンはお任せします。・・・・はい、ミカエル様。カレーパンをどうぞ」

「任された」

出されたお米は、馴染みのあるまるっこいものだった。その日のお昼は、カレーミンズにサラダ、カレーパンというちょっとおかしな組み合わせになったけど、私的には満足した。ミカエル様にも好評だった。ミンズに合うおかずもリクエストされて、近々作るつもりだ。勿論、リディア達にもカレーパンを差し入れした。持っていってくれた侍女のコーネルによると、大好評だったそうで騎士団の専属料理人に教えて欲しいということだった。

カレーパンは、騎士団のおやつとして定着するのだが、それは、もう少し後のお話。
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