星降る檻(セカイ)の、向こうには。

静杜原 愁

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彼らの日常

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「……にて敵対生物による襲撃が発生。死傷者は現在も増え続けており……」
 ニュースの音声が遠く感じられた。今日もまた、どこかで襲撃が発生したのだろう。しかし、それはこことは違った遠い場所の出来事で、このノヴァリス学園が位置する区域には全く関係がなかった。
 生徒たちはテレビを一瞥し、すぐに興味を失った。もし関心を持っている者がいたとしても、「怖いね」「でもここから遠いし大丈夫だろ」などと他人事のように話している。実際、他人事だった。
「うへぇ……金持ちで良かったよな俺ら」
 大袈裟に軽薄な発言をしたのは、フィリップ・ド・サヴォワ。年齢相応に不真面目な印象を与えるが、実際には由緒正しい貴族の生まれだった。
 フィリップはサンドイッチを手に取りながら、あまりにも普通に言った。その食欲は、ニュースの内容などまるで気にしないようだった。
 彼はしっかりと上流層の住まうこの区域に住んでおり、ここでの生活に安心し切っている。今ニュースで映し出されている地区とは違い、ここは敵の侵入を許したことなど一度もない。フィリップの言う通り、ここで暮らす限り襲撃の心配はないだろう。……おそらくは。
「そうだけど……」
 フィリップの軽口とは裏腹に、アメリアはスープに手をつけるのをやめ、視線をテレビに向けていた。
 アメリア・シャルヴァン――彼女もまた、大企業の御令嬢であり、フィリップとは対照的に気分を害している様だった。単にニュースの映像に心を痛めた訳ではない。それは同じテーブルを囲むもう一人、レイヤを気遣う気持ちから来ていた。
 そのレイヤ・ヴァルデックもまた、学園があるこの区域に住む「御曹司」であるが、彼にとってそのニュースは他人事とは言い切れない過去を含んでいる。アメリアは、そんなレイヤを気遣い、フィリップの軽率な言葉がどんな風に彼に響くのかを心配していた。
 だが、レイヤはアメリアに向き直り、静かに答える。
「今もこうして生きてる。だから平気だ」
 その言葉に、アメリアは少し安心した。しかし、レイヤがこう言うことで、フィリップはようやく自分の言葉が少し配慮に欠けていたと気づく。
「……悪い、レイヤ」
 フィリップは苦笑しながら謝る。
 彼は二人の関係を理解していた。レイヤとアメリア――大企業の御子息と御令嬢は将来を約束された仲であり、学園内でも注目を集めるカップルだ。家柄上共通項も多く三人で過ごすことが多いが、フィリップはその隙間にどうしても入れないような気がしていた。自分があまりにも場に合っていないような感覚を、時折感じていた。
 三人はその後も食事を続ける。周りでは他の生徒たちが談笑し、ニュースの音声が微かに背景で流れ続けている。
 外の世界で何かが起きても、ここではそれがどこか遠い出来事のように感じられる。
 彼らにとっては、変わらず平和な日常だった。
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