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Sarita
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サリタは、ゆっくりと目を閉じる。かつて一人の兵士として――セレーネとして、レイヤを救ったあの日の事を思い出していた。
とうとう、声が聞こえてこなくなり、私の心は揺れた。
炎の中、造り物の皮膚が焼け焦げる臭いがする。進んでも進んでも、炎の中。
最悪の状況を想像してしまう。しかし、まだ諦める訳にはいかない。私だけに聞こえたあの声は、確かに生きたがっていたのだから。
不意に、瓦礫が崩れ落ちる音がする。その向こうに僅か、何かが見えた。
崩れた壁の破片を避けながら進む。そこには小さな、誰か……蹲って、動く様子は見られない。
「おい! しっかりしろ!」
声を張り上げた。強い口調になったことを少しだけ後悔する。相手はまだ、ほんの子供だったから。
それでも呼びかける。
「おい!」
少年は、少しだけ顔を上げた……彼の目が私を見た瞬間、なんとも言えない感情が浮かび上がってきた。
私は少年に手を伸ばす。少年も、その小さな手を私に向かって伸ばした。
生きている。まだ、生きている――それならば。やる事は一つだった。彼を連れてここを脱出する。
彼を抱き上げた時、この小さな存在を失いたくないと思った。
その小さな温もりは、必死で私にしがみついている。助かろうとしている。
私と違って、諦めていない――生きる事を。死ぬのを怖がっている――私と違って。
私が彼の代わりに灼けて無くなってもいい。そう思えたのに、少年はそれを許さない様に、私にしがみついている。
崩落しかかった階段を、急いで駆け下りる……しかしこれではあまりにも、時間がかかり過ぎる。
瞬時に考える。壁のない場所。私はそこから、下を見る――これなら。
「少年、ちゃんと掴まってて」
私はそれだけ言う。彼の握力を感じると、そのまま飛び降りる……地上までそう距離はない筈だが、落下の引力が強く感じられた。
衝撃に、地面がひび割れる。私の足は、地に着いていた。
遠くから慌てて隊長が駆け寄ってくるのが見えた。救護車も来ていて、私はようやく安堵する。
「セレーネ! また無茶を……」
飛び降りた事を無茶と言ったのは、すぐに分かった。
「こうするしかなかった」
そう言うと、隊長は「お前らしい」と言った。
ふと少年を見る。少年もまた、私を見上げていた。
その瞳は、瓦礫の中に芽吹いた新緑にも似た色の。何故だか、不思議と吸い寄せられる様だった。
彼は今何を思っているのだろうか。助かった事に安堵しているのか、それとも何か別の感情か――私には、分からなかった。
ただその瞳の輝きが、色のない戦場でひときわ美しいもののように感じられた。
とうとう、声が聞こえてこなくなり、私の心は揺れた。
炎の中、造り物の皮膚が焼け焦げる臭いがする。進んでも進んでも、炎の中。
最悪の状況を想像してしまう。しかし、まだ諦める訳にはいかない。私だけに聞こえたあの声は、確かに生きたがっていたのだから。
不意に、瓦礫が崩れ落ちる音がする。その向こうに僅か、何かが見えた。
崩れた壁の破片を避けながら進む。そこには小さな、誰か……蹲って、動く様子は見られない。
「おい! しっかりしろ!」
声を張り上げた。強い口調になったことを少しだけ後悔する。相手はまだ、ほんの子供だったから。
それでも呼びかける。
「おい!」
少年は、少しだけ顔を上げた……彼の目が私を見た瞬間、なんとも言えない感情が浮かび上がってきた。
私は少年に手を伸ばす。少年も、その小さな手を私に向かって伸ばした。
生きている。まだ、生きている――それならば。やる事は一つだった。彼を連れてここを脱出する。
彼を抱き上げた時、この小さな存在を失いたくないと思った。
その小さな温もりは、必死で私にしがみついている。助かろうとしている。
私と違って、諦めていない――生きる事を。死ぬのを怖がっている――私と違って。
私が彼の代わりに灼けて無くなってもいい。そう思えたのに、少年はそれを許さない様に、私にしがみついている。
崩落しかかった階段を、急いで駆け下りる……しかしこれではあまりにも、時間がかかり過ぎる。
瞬時に考える。壁のない場所。私はそこから、下を見る――これなら。
「少年、ちゃんと掴まってて」
私はそれだけ言う。彼の握力を感じると、そのまま飛び降りる……地上までそう距離はない筈だが、落下の引力が強く感じられた。
衝撃に、地面がひび割れる。私の足は、地に着いていた。
遠くから慌てて隊長が駆け寄ってくるのが見えた。救護車も来ていて、私はようやく安堵する。
「セレーネ! また無茶を……」
飛び降りた事を無茶と言ったのは、すぐに分かった。
「こうするしかなかった」
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ふと少年を見る。少年もまた、私を見上げていた。
その瞳は、瓦礫の中に芽吹いた新緑にも似た色の。何故だか、不思議と吸い寄せられる様だった。
彼は今何を思っているのだろうか。助かった事に安堵しているのか、それとも何か別の感情か――私には、分からなかった。
ただその瞳の輝きが、色のない戦場でひときわ美しいもののように感じられた。
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