星降る檻(セカイ)の、向こうには。

静杜原 愁

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責任

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 あの日、自分が連れ出したばかりに。
 どうしても行きたいと駄々をこねる彼を窘める事が出来ていたのなら。エリスの心の中はそればかりだった。
 見たいショーがあるのだと、幼いレイヤが言った。しかしそこはここから程遠く、そして一般市民の生活する下層区域にあるショッピングモールだった。
 彼がこうしたわがままを言うのは珍しい事だった。エリスは、彼のわがままを珍しいと思う反面、それは普段の生活で抑制されていることによる反動なのだろうと感じ取っていた。
 レイヤは、七歳という歳の割にどこか大人びている。正確には大人びている、とは違うのかも知れない。母はおらず、父には半ば見放され、両親から注がれる筈の愛情は彼には与えられなかった。世話係としてエリスを付けられてはいるが、彼はエリスに甘えることをしなかった――子供であるにも関わらず。
 故に、エリスもそんな彼のささやかなわがままくらいは、叶えてやりたいと思った。
 そんなところに先日の大規模襲撃……それに、彼を巻き込んでしまった。そしてエリスはその最中で、レイヤを見失うという失態を犯してしまった。

「この度の件、弁解の余地もございません。……如何なる処分も甘んじてお受けいたします」
 エリスは深々と頭を下げる。その様子を、ディランはただ黙って見ていた。
 レイヤを危険な目に遭わせた、その責任の所在。そしてそれはエリスにあり、彼女が相応の責を負うことは免れないだろう。
「お前が考える処分とは何か」
 ディランは静かに問うた。エリスは一瞬、呼吸が止まる。しかし、あくまで冷静に彼女は答える。
「廃棄もやむなしかと。その覚悟は出来ております」
 エリスは目を伏せる。彼の次の言葉を、ただ耐えるようにじっと待っていた。不意に、ディランは笑った。
「はっ……、お前というやつは」
 何かおかしな事を言ったかと、エリスは戸惑った。彼の一人息子を危険な目に遭わせた。そうなれば、一使用人ごときである自分は――アンドロイドである自分は、そうなってもおかしくないとエリスは覚悟をしていたのだ。
「廃棄はありえんよ。いくら私でもな……それをお前が望んだとて」
「それでは……」
 どう責任を取れば、とエリスは言いかけたが。
「お前の『価値』を忘れたか? ――そう簡単に廃棄にはさせんよ」
 エリスはただ黙るしかなかった。
「相応の働きをすることで報いてみろ」
「っ、……ありがたき御言葉です」
 結局は、不問という形に落ち着いた。ディランは、エリスを罰することはしなかった。
「それに。思わぬ収穫もあった。お前の不手際が結局、私にとっては大きな利益を生むことになった」
「はあ」
 この時のエリスには解らなかった。その収穫というのが何を指すのか。そしてディランがどこか、上機嫌でいる事の意味が。

 その後、大企業の御曹司を一人の女兵士が救う――その感動的なニュースは連日繰り返され、特集まで組まれる始末だった。女性兵士がいかに素晴らしい人物かが強調され、彼女は助けた少年の父親に深く感謝され、特別待遇を受けることになったという報道もなされる。
 その父親の企業、ヴァルデック・インダストリーズとも独自に契約を結び、彼女は会社の広告塔として起用されることとなった。話題性が高まり、会社の株価は上がり続けていた。すべてが出来過ぎている程順風満帆に見えた。これがディランの言った「収穫」、そして大きな利益だろうか――エリスはその意味を考えていた。
 息子の命より、会社の利益が優先されたのだろうか。どこか釈然としない思いが心に残るものの、ディランが良しとするならそれで良いと、エリスは考え過ぎない様にしていた。
 しかし。
「レイヤの世話を、このサリタ君にさせる事になった」
 エリスはディランの言葉を静かに受け止めた。
 彼の隣には、一人の女性が立っていた。――サリタ・ウォルシュ。レイヤを命からがら救った女兵士で、今ではその名は広く知れ渡り、会社の顔となり、特別待遇を受ける事になった人物だ。
「そう、ですか……」
 エリスの声には、僅かな感情がこもっていた。しかし、彼女はそれを表に出すことなく、表情を無にして答えた。
 レイヤ自身も、あまりエリスの顔は見たくないのかも知れない。エリスを見る度に、あの日を思い出すことだろう……あれだけ危険な目に遭わせてしまったのだ。だからこそ、自分が彼の世話係を外されるのは不思議ではないし、それが処分だとしても仕方ないと、エリスは理解していた。
 エリスはサリタの顔をじっと見つめる。その目は、無表情のままだったが、心の中で何かを感じ取っていた。
(同族……)
 一瞬の直感で、エリスは彼女がアンドロイドであることを察した。
 サリタの表情の無さ、冷徹な姿勢。それは、まるで鏡に映る自分を見ているようだった。感情を隠し、無駄な言葉を発することなく、ただ黙って立ち続ける――その姿に、エリスは何か強い共鳴を感じた。
「さて、サリタ君。パートナーとして、これから宜しく頼む」
 ディランは改まった様子で、サリタに向かって手を差し出す。
「はい」
 それだけ言い、サリタは握手に応じた。
 その様子を、エリスはただ黙って見ていた。――パートナー、という言葉にどこか引っかかりを感じながら。仕事上でのパートナーという意味だろうが、その響きにどこか、アンドロイドである筈のサリタをディランは対等に見ている様な気さえした。
 彼女はレイヤの命の恩人であるので、それも理解は出来るのだが。ある意味これが自分への罰なのだろう。自分の役割を、他の誰かに奪われる。それがアンドロイドにとっては自身の存在意義を失うことにも等しいと、ディランは知っている。
 知ってて、それを自分に突きつけるのだと……不要とされてもなお、廃棄は認められない。不要の存在のまま、ここで続けろと。

 ディランの書斎を出たエリスは、無言で廊下を進む。その歩みは僅かに乱れ、彼女の迷いを反映しているかの様だった。
 普段のように洗練された動きとは違い、足を運ぶ度に微かな躊躇いが滲んでいる。その歩幅には、不自然な力が込められていた。
「あなたは本当に、酷いお方ですね……」
 呟いた言葉は、誰に向けたものでもない。エリスは目を閉じ、静かに息を吐いた。
 その音が消えた時、彼女はただ、そこに「在る」ことを決めた。
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