星降る檻(セカイ)の、向こうには。

静杜原 愁

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業務(しごと)

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「興が削がれた。」
 そう言い残し屋敷の主は、サリタをベッドの上に置き去りにする。
 私は待機していた。その間も。ただ何も感じず、ただ。仕事が与えられるのを、その場で待っていた。
 奥の寝室から出てきた彼は、私に命を下す――ただ冷徹に、「処理しておけ」とだけ。私はそれに「はい」と従う。

 彼女は動かなかった――まるで人形の様に。
 目は開いている。しかしそこに何も映していない様で。故障してしまったのだろうか? 簡易スキャンする――特にエラーは見られず。髪は乱れ衣服ははだけ、そして汚れている……酷い有様だった。
 以前の彼女はこうではなかった。無抵抗だとしても、そこに「人格」の様なものを感じさせた。
 だが今の彼女を見て思うのは「人形」という言葉、それだけが浮かぶ。……自律するアンドロイドですらなく、彼女はただの空虚な存在になってしまったのだろうか。
 私は彼女を見る度に、なにか自分とは違ったものを感じていた――どうしてか、同じアンドロイドである筈なのに。彼女の方がより、人間的に見えた。
 彼女はだから、より人間らしく出来るのだろうか……しかしそれだけではない気がしてならない。
 そして私には決して心を開かなかった坊っちゃんが、彼女にだけは懐いていた。それを不思議に思ったし、そこに違和感を抱えていた。その違和感が、私にも軽微なエラーを来し始める原因となった。

 サリタがこうなったのは、最近の事。――坊っちゃんが失踪してからの事だった。
 私はその状況を詳しくは聞かされていない。
 坊っちゃんが居なくなった事に最初に気付いたのは、彼女だった。彼の世話係である為に、それは当然の事だろう。それに気付いた時のサリタの様子を他の者から少し聞いていた。
「いない。どこにもいない」
 それを繰り返し、子供の様な泣き声を上げていたのだという。
 その件以降の彼女は、どこか感情の様なものが一切抜け落ちた様に無気力で、ただ人形がそこに在るようだった。
 では旦那様はどうか? 彼は、特に取り乱す様子もなく、普段通りであった。しかしサリタのこういった状態を快く思わず、苛立ちを感じているであろう事は私にも感じられた。
 サリタで満足出来ない日には、私を求める様になった……彼女が屋敷に来る以前の様に。

「失礼します」
 彼女の汚れを拭き取る。無理矢理立たせ、服を整える。脇の椅子に彼女を座らせ、主のベッドを直す。そうしたところで、彼女を部屋まで連れて行く――その間も、サリタは一言も発さない。
「……そのままでいると、廃棄かも知れませんよ」
 一応、彼女の為を思い助言したつもりだった。しかし、彼女の表情は動かない。
 何とか部屋まで誘導する。彼女は力なくベッドに倒れる。私の任務はここで完了、と部屋を出ようとした時の事だった。
 あるものが、私の視界に入った。……それは一枚の絵だった。古びた画用紙にクレヨンで描かれている。
 そしてこれを描いたのが幼児だという事も分かる……流石にどれだけ崩壊しようとも、彼女がこれを描いたりはしないだろう。だとすると、これの作者は――。
 そこまで考えて、少しだけ胸がチクリとした。この作者は、彼は。私には、一枚も絵を描いてくれなかったのだという事実を思い出す。
 暫く手に取って、絵を眺めていた。
 小さな男の子と、お姫様の様な女の子。一見、童話のワンシーンの様でいて、すぐにそれが違う事に気付く。
 この絵の人物は、どことなく見覚えがある気がした。
 不意に背後から声がして一瞬、身体が硬直した。
「サリタはねぇ……、おひめさまみたい」
「……」
 ベッドの上で身を起こし、彼女はそう言った。
 やっと口にした言葉がそれだった。それはどこか、子供の様な口調で。それが彼女の精神が退行した事によるものか、過去の記憶から引っ張り出されたものかは、私には分からなかった。
 でも。
「あなた……廃棄されるのを望んでそうしているのですか?」
 その問いには、答えてはくれない。私の言葉では、彼女には届かないようだ。

 そしてこの日の夜、旦那様に呼ばれたのは私の方だった。
 彼はいつもの様に私を求める。私はそれを受け容れる。主人から求められたのなら、それに応えるのが私の役目だった。
 幸い私にはそれは苦ではなく……様々な要望に応えられる様に、私の身体は出来ている。感情は無くとも、再現出来る。人間らしく乱れてみせる事も出来る。
 私がそうすると、旦那様は悦ぶ。しかしそれがまがい物であることは、旦那様も分かっていた。その目に全て見透かされていると、感じるのだ。
 この関係が何かは分からない。ただの主と従、それだけなのだろう……。
 彼が主であるならば、私は従うだけ。それだけなのだ。
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