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18【国王と王妃】
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バルトルトは拝謁だと身構えていた。しかし、謁見の間には通されずに、王城の庭園に導かれて席に着いた。
バルトルトとマレクが隣り合って座り、卓を挟んで国王と王妃が座っている。卓上にはクロスがかけられて、その上には四人分のティーカップが揃っていた。
つまり、茶会だった。
近衛兵は隅に控えていたものの、拝謁とは程遠い気軽さだった。同じ目線で座っているのも居心地が悪い。跪いて頭を垂れている方が、落ち着くだろう。
国王はまだ齢三十だが、普段は厳しく冷淡な決断をする。黒髪に若干銀色のものが混じっているのは、日々の心労のせいだろう。今無邪気に笑っているのは、王妃の前だからだと推測できた。
王妃は国王の幼なじみであり、元公爵令嬢だった。艶のある茶色の髪は後ろでまとめている。子を持つ身でありながら、薄青のドレスを可憐に着こなしている。言葉を借りるなら“妖精”のようだ。
それを先に言ったのはマレクである。「春の妖精のようにお美しいです」と王妃を喜ばせていた。バルトルトはおそらく生涯で「妖精」という言葉を口にしたことはなかった。
和やかな雰囲気でマレクは自分の身の上話をした。家は没落し、父と兄は行方不明。そんな表面的な話で終わろうとしても、王妃がプローポス家を深く知りたがった。そのため、幼い頃の話にさかのぼり、亡くなった長兄の話にまでいたった。
国王と王妃は時折、相づちを打った。マレクの家の不幸話に、王妃は口元を押さえて、涙ぐんでいた。
死の森の話はなかったが、大筋、バルトルトが聞いたものと同じだった。
「苦労されたのね」
王妃はうなずいた後、素朴な疑問が浮かんだようだ。
「お話の中で気になるのは、なぜ獄中のガドリン団長を助けたのかしら? 何か深いわけでも?」
マレクは「それは」と言葉を区切ると、バルトルトの顔を見つめた。恥じらうように頬を赤らめて、はにかんだ。背景の花も合わさって、愛らしさに拍車がかかっている。
バルトルトは呼吸を忘れて、完全に見惚れた。マレクの瞬きさえも、ゆっくりとした動きに感じられた。そんな輝く瞳で見るなと思うのに、目を離すことができない。
呼吸を再開して、ようやく時間が動き出す。
マレクが唇を開いたとき、またしても時が止まった。
「きっと、その時に一目惚れしてしまったからです」
なんとまあ、と王妃が口を押さえている。国王は目を丸くして、マレクを信じられないように見た。
「兄への後悔を晴らすためだと思っていました。ですが、おそらくそれだけではなくて、揺るがない瞳を持つバルトルトを守りたいと思いました。だから、手を貸したのです」
この場でなければ、抱きしめていただろう。寝室が近くにあれば、すみやかに連れ込んでいたに違いない。国王と王妃の目があって、叶わなかった。
それでもどうにか触れたいと思う。妥協に妥協を重ねて、マレクの手を取った。離すまいと固く握る。
「噂よりも素晴らしい話でしたわ」
王妃はハンカチーフの端を目尻に当てていた。もしかしたら、噂話が殿下経由で別のものに差し替えられるかもしれない。噂好きの侍女から伝わって、瞬く間に街にまで広まるだろう。
隣の国王は浮かれた様子はなく、真面目な顔を作った。
「しかしだ。君の父と兄の同行が気にかかる。アラバンドからの亡命者の中に紛れ込んでいるかもしれないな」
マレクもその可能性を考えて、バルトルトに近づいたと言っている。
「近々、アラバンドの亡命者を交えた舞踏会を王妃主催で開く。周囲の反対の声はあったが、アラバンドにも優秀な人材はいる。アラバンド王に楯突いたもの、処刑を免れたものが、な。こちらとしてもアラバンドの地を復興するためには必要不可欠な人材だ。それを見定めるための会なのだが、マレク、君も来ないか?」
「そうですわ。父上と兄上の顔を知るあなたなら、すぐに見つけられるでしょう」
王妃の後押しもあって、遠慮しがちなマレクもうなずいた。
舞踏会と聞くと、バルトルトは手放しでは喜べなかった。そうなると、騎士としてではなく、ガドリン家の当主として舞踏会に出ないとならない。
貴族の真似事は未だに苦手だった。生粋の貴族連中からすれば、バルトルトなど成り上がっただけの運がいい男としか見られていない。騎士団長という肩書だけでは、どうにもならないこともあるのだ。
しかも、国王のいうような善意だけの目的で舞踏会が開かれるわけではない。マレクを泳がせておいて、その父と兄をあぶり出す。裏の目的は“あれ”を探すためと相違ない。
それでもマレクがうなずくなら、バルトルトに選択肢はない。
「ありがとうございます。陛下、謹んでお受けいたします」
マレクのためなら、苦手な社交場でも赴いてみせよう。舞踏も無事にこなしてみせよう。そして、できることは何でもする。
王妃は軽く手を叩くと「話はまとまったわね」と笑った。顔を緩ませたまま「ガドリン団長」と呼ぶ。
「少しの間、マレクを借りてもいいかしら? 庭園を案内してあげたいの」
「ええ、ぜひ!」
バルトルトの返事を待たずに、マレクのほうがすかさず返した。「いいよね?」と目を輝かせて、こちらをうかがってくるマレクに、反対などできまい。バルトルトは苦笑しつつ、うなずいた。
騎士と国王を除いたふたりが席を立つ。
王妃の手がマレクの腕を取った。付き添うのは元貴族の男として、当たり前の行動だ。相手が王妃だとしても、たやすく触れるなと睨んでしまうのは、いささか心が狭かった。
マレクは歩き出す前に、バルトルトに目配せしてきた。「ちょっと行ってくるね」と言わんばかりに。そうされると、心が穏やかに変わっていくのだから調子がいい。自分の心の狭さも忘れて、ふたりを見送れた。
逆に王妃はマレクを案内することに捕らわれていたのか、一度も後ろを振り返らなかった。会話を弾ませながら、ふたり仲良く歩いていく。
王妃とマレクは完全に打ち解けたようだ。良いことだが、国王と取り残されるのはいただけない。元々、気安く話す間柄ではない。しかも国王は卓に両肘をつくと、額を抱えていた。非常に声をかけづらい状況にある。
「なぜだろう。最近、うちの奥さん、冷たいんだ」
「この前だって」と、一国の王とは思えない愚痴を吐露した。バルトルトは話を聞きつつも、隙きあらば国王の前でものろけたかった。
「まあ、私の場合は冷たくなりようがありません。一目惚れされたようなので」
今思い返しても、あの言葉にはニヤけてしまう。しかも勘違いではない。マレクが自ら告白した。紛れもなく、バルトルトに好意を寄せているという証だった。
まさか一目惚れだったとは。ふたりきりになった際は、その話を詳細に聞く必要があるかもしれない。
バルトルトの浮かれた気分を瞬く間に落としたのは、国王の咳払いだった。
「冗談はそれくらいにしておこうか」
国王の瞳が厳しく光った。庭園の春めいた風景が寒々しい灰色に変わる。一声で場の空気を変えられるのが、国王の力といってもいいだろう。
バルトルトは瞬時に理解すると、背筋を伸ばして、話を聞いた。
「お前はマレクをどうするつもりだ?」
「どうするつもり、とは?」
「とぼけるな。恩義や目的だけで、お前がマレクを隣に置いているとは思うまい。やはり、恋仲という噂は本当か?」
厳密に言うと、恋仲にはなっていない。バルトルトは三十そこらまで生きてきたが(本当の年齢は知らない)、そういう相手はいなかった。
騎士として女性の扱いは学んだが、社交の場でしか使わなかった。騎士団長を拝命してからは、仕事を理由に社交の場も減らしたので、ますます必要なくなっている。
「恋仲ではありません。ですが……」
バルトルトはマレクが消えた方向を見た。ここからではマレクの姿は囲われた茂みに隠れて見えない。金糸の髪も、深い青の瞳も、白い歯をのぞかせて笑う顔も。すべてが恋しい。
「可能な限り側にいてほしいと願うのは、恋なのでしょうか?」
真剣な面持ちでたずねたはずなのに、返ってきたのは国王の吹き出し笑いだった。
「それが恋でなければ、何だ?」
友情と考えたが、どうも違う。触れ合ったり、相手のすべてを暴きたいという感情は、友に抱くものではない。一時も離れたくないという執着は、どう考えても“恋”だった。
「しかも、独占したい気持ちとは裏腹に、マレクの想うようにしたいとも思っているのだろう」
「なぜ、わかるのです」
国王に自分の複雑な気持ちをそっくりそのまま当てられて、バルトルトは目を瞠った。
「私もまた、その愚かな想いを王妃に対して抱いている」
王妃の話をする国王は、一国を統べる者ではなく、ひとりの男に戻っていた。
「これが恋というものですか」
バルトルトは胸に手を当てて、独り言のように噛み締めた。化け物にも人並みに恋しい気持ちがあったようだ。それが一時の平和のように儚いものであったとしても。
「しかしだ、バルトルト。いくら恋にうつつを抜かしても、お前は騎士。本来の目的を忘れてはならぬ」
「忘れてはおりません」
アラバンド王国を滅ぼしたとき、現地を調査している中で見つけたのが、幽閉に使っていたとされる塔だった。そこはもぬけの殻であったが、捕縛した使用人の話によれば、公にされていない末の王弟が幽閉されていたという。
その王弟が何者かの手助けにより、逃されていたというのが真実なら、亡命者の中にその手の者がいてもおかしくない。
「もし、マレク並びにマレクの家族であっても、怪しい動きをしたなら……」
「迷わず、切ります」
それこそバルトルトが化け物と称される所以である。国益を損なう人間を容赦なく切れること。不正を働いた同僚騎士も、貴族も、その剣で始末した。切ることにためらいはない。マレクの家族も、感情なく切り捨てられるだろう。
国王はマレクであっても切る覚悟があるかと、問うている。
「本当にできるか?」
「できるかどうかではなく、します」
「その言葉が真であれば良いのだがな」
国王は瞼を瞑って考える仕草をしていた。目を開くと、卓を叩いて立ち上がった。我慢の限界が来たのだろう。バルトルトもそうだ。
「さて、妻を見つけなくては。バルトルトも来るか?」
うなずくと、男二人は庭園を走り出した。大の男が汗を滲ませながら駆けていく様子は、かなり間抜けだった。しかし控えていた侍女たちは、恋に取り憑かれたふたりの様子を噂話として広めた。
バルトルトとマレクが隣り合って座り、卓を挟んで国王と王妃が座っている。卓上にはクロスがかけられて、その上には四人分のティーカップが揃っていた。
つまり、茶会だった。
近衛兵は隅に控えていたものの、拝謁とは程遠い気軽さだった。同じ目線で座っているのも居心地が悪い。跪いて頭を垂れている方が、落ち着くだろう。
国王はまだ齢三十だが、普段は厳しく冷淡な決断をする。黒髪に若干銀色のものが混じっているのは、日々の心労のせいだろう。今無邪気に笑っているのは、王妃の前だからだと推測できた。
王妃は国王の幼なじみであり、元公爵令嬢だった。艶のある茶色の髪は後ろでまとめている。子を持つ身でありながら、薄青のドレスを可憐に着こなしている。言葉を借りるなら“妖精”のようだ。
それを先に言ったのはマレクである。「春の妖精のようにお美しいです」と王妃を喜ばせていた。バルトルトはおそらく生涯で「妖精」という言葉を口にしたことはなかった。
和やかな雰囲気でマレクは自分の身の上話をした。家は没落し、父と兄は行方不明。そんな表面的な話で終わろうとしても、王妃がプローポス家を深く知りたがった。そのため、幼い頃の話にさかのぼり、亡くなった長兄の話にまでいたった。
国王と王妃は時折、相づちを打った。マレクの家の不幸話に、王妃は口元を押さえて、涙ぐんでいた。
死の森の話はなかったが、大筋、バルトルトが聞いたものと同じだった。
「苦労されたのね」
王妃はうなずいた後、素朴な疑問が浮かんだようだ。
「お話の中で気になるのは、なぜ獄中のガドリン団長を助けたのかしら? 何か深いわけでも?」
マレクは「それは」と言葉を区切ると、バルトルトの顔を見つめた。恥じらうように頬を赤らめて、はにかんだ。背景の花も合わさって、愛らしさに拍車がかかっている。
バルトルトは呼吸を忘れて、完全に見惚れた。マレクの瞬きさえも、ゆっくりとした動きに感じられた。そんな輝く瞳で見るなと思うのに、目を離すことができない。
呼吸を再開して、ようやく時間が動き出す。
マレクが唇を開いたとき、またしても時が止まった。
「きっと、その時に一目惚れしてしまったからです」
なんとまあ、と王妃が口を押さえている。国王は目を丸くして、マレクを信じられないように見た。
「兄への後悔を晴らすためだと思っていました。ですが、おそらくそれだけではなくて、揺るがない瞳を持つバルトルトを守りたいと思いました。だから、手を貸したのです」
この場でなければ、抱きしめていただろう。寝室が近くにあれば、すみやかに連れ込んでいたに違いない。国王と王妃の目があって、叶わなかった。
それでもどうにか触れたいと思う。妥協に妥協を重ねて、マレクの手を取った。離すまいと固く握る。
「噂よりも素晴らしい話でしたわ」
王妃はハンカチーフの端を目尻に当てていた。もしかしたら、噂話が殿下経由で別のものに差し替えられるかもしれない。噂好きの侍女から伝わって、瞬く間に街にまで広まるだろう。
隣の国王は浮かれた様子はなく、真面目な顔を作った。
「しかしだ。君の父と兄の同行が気にかかる。アラバンドからの亡命者の中に紛れ込んでいるかもしれないな」
マレクもその可能性を考えて、バルトルトに近づいたと言っている。
「近々、アラバンドの亡命者を交えた舞踏会を王妃主催で開く。周囲の反対の声はあったが、アラバンドにも優秀な人材はいる。アラバンド王に楯突いたもの、処刑を免れたものが、な。こちらとしてもアラバンドの地を復興するためには必要不可欠な人材だ。それを見定めるための会なのだが、マレク、君も来ないか?」
「そうですわ。父上と兄上の顔を知るあなたなら、すぐに見つけられるでしょう」
王妃の後押しもあって、遠慮しがちなマレクもうなずいた。
舞踏会と聞くと、バルトルトは手放しでは喜べなかった。そうなると、騎士としてではなく、ガドリン家の当主として舞踏会に出ないとならない。
貴族の真似事は未だに苦手だった。生粋の貴族連中からすれば、バルトルトなど成り上がっただけの運がいい男としか見られていない。騎士団長という肩書だけでは、どうにもならないこともあるのだ。
しかも、国王のいうような善意だけの目的で舞踏会が開かれるわけではない。マレクを泳がせておいて、その父と兄をあぶり出す。裏の目的は“あれ”を探すためと相違ない。
それでもマレクがうなずくなら、バルトルトに選択肢はない。
「ありがとうございます。陛下、謹んでお受けいたします」
マレクのためなら、苦手な社交場でも赴いてみせよう。舞踏も無事にこなしてみせよう。そして、できることは何でもする。
王妃は軽く手を叩くと「話はまとまったわね」と笑った。顔を緩ませたまま「ガドリン団長」と呼ぶ。
「少しの間、マレクを借りてもいいかしら? 庭園を案内してあげたいの」
「ええ、ぜひ!」
バルトルトの返事を待たずに、マレクのほうがすかさず返した。「いいよね?」と目を輝かせて、こちらをうかがってくるマレクに、反対などできまい。バルトルトは苦笑しつつ、うなずいた。
騎士と国王を除いたふたりが席を立つ。
王妃の手がマレクの腕を取った。付き添うのは元貴族の男として、当たり前の行動だ。相手が王妃だとしても、たやすく触れるなと睨んでしまうのは、いささか心が狭かった。
マレクは歩き出す前に、バルトルトに目配せしてきた。「ちょっと行ってくるね」と言わんばかりに。そうされると、心が穏やかに変わっていくのだから調子がいい。自分の心の狭さも忘れて、ふたりを見送れた。
逆に王妃はマレクを案内することに捕らわれていたのか、一度も後ろを振り返らなかった。会話を弾ませながら、ふたり仲良く歩いていく。
王妃とマレクは完全に打ち解けたようだ。良いことだが、国王と取り残されるのはいただけない。元々、気安く話す間柄ではない。しかも国王は卓に両肘をつくと、額を抱えていた。非常に声をかけづらい状況にある。
「なぜだろう。最近、うちの奥さん、冷たいんだ」
「この前だって」と、一国の王とは思えない愚痴を吐露した。バルトルトは話を聞きつつも、隙きあらば国王の前でものろけたかった。
「まあ、私の場合は冷たくなりようがありません。一目惚れされたようなので」
今思い返しても、あの言葉にはニヤけてしまう。しかも勘違いではない。マレクが自ら告白した。紛れもなく、バルトルトに好意を寄せているという証だった。
まさか一目惚れだったとは。ふたりきりになった際は、その話を詳細に聞く必要があるかもしれない。
バルトルトの浮かれた気分を瞬く間に落としたのは、国王の咳払いだった。
「冗談はそれくらいにしておこうか」
国王の瞳が厳しく光った。庭園の春めいた風景が寒々しい灰色に変わる。一声で場の空気を変えられるのが、国王の力といってもいいだろう。
バルトルトは瞬時に理解すると、背筋を伸ばして、話を聞いた。
「お前はマレクをどうするつもりだ?」
「どうするつもり、とは?」
「とぼけるな。恩義や目的だけで、お前がマレクを隣に置いているとは思うまい。やはり、恋仲という噂は本当か?」
厳密に言うと、恋仲にはなっていない。バルトルトは三十そこらまで生きてきたが(本当の年齢は知らない)、そういう相手はいなかった。
騎士として女性の扱いは学んだが、社交の場でしか使わなかった。騎士団長を拝命してからは、仕事を理由に社交の場も減らしたので、ますます必要なくなっている。
「恋仲ではありません。ですが……」
バルトルトはマレクが消えた方向を見た。ここからではマレクの姿は囲われた茂みに隠れて見えない。金糸の髪も、深い青の瞳も、白い歯をのぞかせて笑う顔も。すべてが恋しい。
「可能な限り側にいてほしいと願うのは、恋なのでしょうか?」
真剣な面持ちでたずねたはずなのに、返ってきたのは国王の吹き出し笑いだった。
「それが恋でなければ、何だ?」
友情と考えたが、どうも違う。触れ合ったり、相手のすべてを暴きたいという感情は、友に抱くものではない。一時も離れたくないという執着は、どう考えても“恋”だった。
「しかも、独占したい気持ちとは裏腹に、マレクの想うようにしたいとも思っているのだろう」
「なぜ、わかるのです」
国王に自分の複雑な気持ちをそっくりそのまま当てられて、バルトルトは目を瞠った。
「私もまた、その愚かな想いを王妃に対して抱いている」
王妃の話をする国王は、一国を統べる者ではなく、ひとりの男に戻っていた。
「これが恋というものですか」
バルトルトは胸に手を当てて、独り言のように噛み締めた。化け物にも人並みに恋しい気持ちがあったようだ。それが一時の平和のように儚いものであったとしても。
「しかしだ、バルトルト。いくら恋にうつつを抜かしても、お前は騎士。本来の目的を忘れてはならぬ」
「忘れてはおりません」
アラバンド王国を滅ぼしたとき、現地を調査している中で見つけたのが、幽閉に使っていたとされる塔だった。そこはもぬけの殻であったが、捕縛した使用人の話によれば、公にされていない末の王弟が幽閉されていたという。
その王弟が何者かの手助けにより、逃されていたというのが真実なら、亡命者の中にその手の者がいてもおかしくない。
「もし、マレク並びにマレクの家族であっても、怪しい動きをしたなら……」
「迷わず、切ります」
それこそバルトルトが化け物と称される所以である。国益を損なう人間を容赦なく切れること。不正を働いた同僚騎士も、貴族も、その剣で始末した。切ることにためらいはない。マレクの家族も、感情なく切り捨てられるだろう。
国王はマレクであっても切る覚悟があるかと、問うている。
「本当にできるか?」
「できるかどうかではなく、します」
「その言葉が真であれば良いのだがな」
国王は瞼を瞑って考える仕草をしていた。目を開くと、卓を叩いて立ち上がった。我慢の限界が来たのだろう。バルトルトもそうだ。
「さて、妻を見つけなくては。バルトルトも来るか?」
うなずくと、男二人は庭園を走り出した。大の男が汗を滲ませながら駆けていく様子は、かなり間抜けだった。しかし控えていた侍女たちは、恋に取り憑かれたふたりの様子を噂話として広めた。
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