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27【血飛沫】
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バルトルトが死の森へと向かう中、マレクは見知らぬ牢獄にいた。薄暗い部屋には光を通すものがない。窓一つもなく、もしかしたら、地下牢かもしれないと思えた。
マレクの体は椅子に座らされていた。腕は背もたれに回されて、縄で手首と足をそれぞれ縛られていた。抵抗しようとすれば、縄の摩擦で肌が痛んだ。
口元は布を噛まされていて、獣のような息遣いになった。
目が覚めたときにはすでにそんな調子だったので、ここがどこかもわからない。嫌な想像しか、今のところできなかった。
うつむいていると、通路の奥から足音が響き始めた。ランプを手にしたフードの人物を先頭に、フベルトと父のホンザが格子扉の前に立った。
脂肪に包まれたホンザの体はますます膨れ上がり、ベルトには風船のような腹が乗っかっていた。胡散臭そうな口ひげと、後退した額は、記憶の中とあまり相違ない。落ちくぼんだ目元と、顔の刻みの影が濃くなったくらいだ。
相変わらずの侮蔑を込めた目に、不快感で嗚咽を漏らしそうになった。
「目が覚めたか、愚息よ」
久方ぶりに再会を果たした息子への第一声が、それである。ホンザも再会を望んでいない。フベルトと同様に、マレクには消えていてほしかったのだろう。消すように命じたのはホンザであると証明された。
唸り声しか出せない。
「うまく話せんか? 残念だな、お前の悲鳴が聞きたいのに」
ホンザの言葉に、フベルトが愉快そうに笑う。父親は幼い頃の記憶のままで、マレクが泣き叫ぶ様を見ては、笑っていた。
ホンザの横にはフードを被った人物が立っていた。ホンザはその人物に命じて扉を開けさせると、三人は牢屋の中に入ってきた。
子供の頃は大きく見えた父親の体は肥えているだけで、本当に身体が大きい人というのは軍人のことを言うのだろう。まさにバルトルトのように、弱きものを助け、強きものをくじく。
断じて、無抵抗な者に対して蹴り飛ばしたりしない。
ホンザは短い足で椅子を蹴ったが、びくともしない。本来は椅子が均衡を崩して倒れるはずだったのだろう。思惑通りに行かずに、衝撃をすべて受け止めて、足首を痛めたようだった。
「くそ、お前やれ」
そう言って、フベルトがやらされた。従順に動くフベルトには考える頭がない。父親に言われるがまま、人形のように行動を起こすところも昔から変わっていない。このふたりの関係性は一生変わらないのだろう。
今度こそ、マレクの体は椅子ごと床に叩きつけられた。頭を打たないで済んだのは、背もたれがあったためだ。
フベルトは癇癪を起こすときと同じ要領で、マレクの腹や肩を蹴り始めた。拳を使うと自分が痛むから、靴の先で蹴り上げるのだ。幼い頃の記憶がよみがえる。
――「やめて、許して!」
懇願したところで、この男に聞き分けられるはずがなかった。子供の頃は痛みを最小限にしたくて、体を小さく丸めていた。
しかし、今のマレクには拍子抜けだった。軍人とは行かなくても、実戦で厳しく鍛えてきた自分の体は、素人の蹴りを受け止められる。
傭兵と手合わせして、殴り倒されたときのほうが数倍痛かった。
長兄のルジェクが痛くないと言い張ったのは、真実かもしれない。ただ、肉体的に痛みはなくとも、精神的には傷を負っていたのは想像に難くない。
こうやって痛みを克服すると、今まで、こんな弱い存在に蹴られ、恐怖を植え付けられていたのかと驚愕する。
幼い時というのは、狭い世界の中でしか生きられずに、住んでいく場所も限られてしまう。自由になれば、どれだけ狭い場所におのれを縛り付けていたのかとわかる。
没落して、家ごと無くなってよかった。ルジェクのいない家など、遅かれ早かれ潰れていただろうから。
フベルトは疲れてきたようで、その場にしゃがみこんだ。
疲れた息子の代わりに前に出てきたホンザは、しゃがみこんだ。マレクの髪の毛を忌々しそうに引っ張り上げる。
「この髪色も目も、何もかもが気に食わん。あの女と同じ。ああ、死んだあいつも同じだった」
マレクの頭の中に、あいつと呼ばれた優しい人の顔が浮かんだ。
――ルジェク兄さん。マレクが兄さんと呼ぶのは、その人だけだ。フベルトではない。本当は目の前の男を父とも呼びたくない。睨みつけると、鼻で笑われた。
「穢らわしい」
マレクの頭が乱暴に離された。側頭部が床に当たった。その衝撃で頭が揺れる。布の結び目が緩んで声を出せるようになった。
咳をして、床に赤い血を吐き落とす。その目はホンザとフベルトを見つめた。
「ずっと不思議だったんだ。これまで国王の手下として生きてきたお前らが、何の目的もなく、亡命するとは考えられない」
「お前らだと! 誰に向かって!」フベルトが喚き散らす。
ホンザは膨れ上がって真っ赤な顔をしていた。
「小悪党が何を企んでいるか知らないが、お前らの思い通りにはならないよ」
この国にはバルトルトがいる。騎士団に所属し、屈強な騎士たちを束ねる団長。こんな小悪党だってひねり潰せるだろう。たとえ、マレクが助からなくても、追跡していたシモンがバルトルトに知らせてくれる。
きっと、わかりやすくシモンを追わせたのは、マレクを安心させるためだろう。非常時には必ず助けに来てくれる。そんな意思表示として捉えた。
強気なマレクの態度に、ホンザやフベルトは激高した。
「そんな口、聞けないようにしてやる!」
フベルトが手にしていたのは、マレクの短剣だった。懐から没収したのだろう。
そして、その短剣は死の森に置き去りにされたときに、死神から渡されたものだった。
生き抜いた証と罪として、この短剣を使ってきた。この短剣にあらゆるものの血を染み込ませてきた。
自分の手で殺すという恐れも苦しみも知らないフベルトは、たやすく短剣を握る。何の覚悟も持たないまま、その切っ先をマレクに向けた。
やるならば、一思いに突き刺してほしかった。下手な素人では、痛みでしばらくは苦しむかもしれない。
どうせ他人の手で殺されるなら、バルトルトが良かった。バルトルトの長く太い剣で、苦しみなく首を切り落とされたかった。
「しね!」
お決まりの掛け声を聞きながら、目を閉じた。
人の血をかぶるとき、一時だけ温かさを感じる。外気に触れると、瞬く間に温もりを失って、ただの赤い液体になる。その時は切なくなった。
瞼の裏には、バルトルトの顔があった。笑いもしない、悲しげな表情。こんな顔をさせたくなかった。喜ばせたかった。
もうあの声が聞こえない。手に触れることはないのだと思うと、心が軋む。目尻から熱いものが溢れた。
「!」
叫んだのはマレクではなく、フベルトの方だった。瞼を開いたとき、フードを被った人物が腕を払うところだった。短剣が地面に落ちた。
フベルトは痛めつけられた右腕をかばうように、床で悶えている。のたうち回り、奇声を上げた。
「な、なぜ、かあさまが」と、うわ言を繰り返す。
フードが後ろに落ちて、くちばしが現れた。顔にはマスクをしていた。
ゆっくりマスクを外すと、そこには血の気の通っていない人形のように整った顔があった。気だるそうな目は、フベルトによく似ている。感情の乗らない口元はぴくりとも動かない。
「お前はフベルトの母だろう」ホンザの声が震えている。
「し、死神の里の連中は金で契約さえすれば、何でもやる。お前の父とも契約を交わして、わしはお前を……」
「確かに長である父は、わたしを売った。嫌だと抵抗してもお前は無理やりわたしを暴行した。そうして生まれたのがフベルトだ。腹を痛めて産んだとしても、わたしはこいつを息子だとは思えん」
「かあさま」と泣きじゃくりながらフベルトが足に縋り付く。母と呼ばれた女性は、冷たく見下ろした。「気安く呼ぶな」と言い捨てる。
「わたしは死の森を生き抜くような強き者が好きだ。血肉を喰らっても、決意を持って道を歩むような者がな。お前のように父親に言われるがままの愚息は好かん。恨むなら自分の運命を恨め」
既視感をまた感じた。そして、思い出の言葉と姿が重なった。
ホンザは突然のことに尻餅をついたまま、身動きが取れないでいる。赤い血を被った白い手が、マレクの拘束を解いていく。
「あ、あなたは?」
「お前を攫った死神といえば、わかるか?」
マレクは記憶と繋げて、うなずく。
「あの時は申し訳なかった。しかし、あの森の中をよく生き抜いてこれたな」
女性の顔に薄っすらと笑みが浮かぶ。ガスを吸った影響か、未だにマレクの体は均衡が取れないでいた。女性の手を借り、立ち上がった。
どう受け止めてよいかわからなかった。憎い死神であるのに、助けられたかたちになった。
「なぜ、僕を助けたのですか?」
「こんな奴らの尻拭いなど死んでもごめんだ。わたしは、あんたらみたいの方が好きなんだよ」
長の娘という立場で、そう言い切るのは、なかなかできることではない。死神のしきたりはわからないが、マレクは不思議と憎しみを抱かなかった。
そして、女性の背後に回る、フベルトの姿があった。血走った目から、涙が溢れていく。
「かあさま」
そう呟いた間もなく、短剣を女性の背中に向けて突き立てた。彼女の身のこなしならば、避けることもできたはずだ。しかし、彼女は短剣を背中で受け止めた。
女性はフベルトの手首を掴んで、曲がらない方向に捻った。骨が折れたのだろう。
フベルトはまた奇声を上げて、地面をのたうち回った。
短剣が突き刺さった箇所から、血がぽたぽたと落ちていく。よろめく女性をマレクが受け止めようとするが、「やめろ」と拒まれる。
「早く逃げるんだ」
鬼気迫る姿に押される形で、マレクは鉄格子をくぐった。
地下室の階段をふらつく体を支えながら、できるだけ早く駆け上った。後ろから我に返ったのだろう、背中から、ホンザの怒号が聞こえる。震えた膝は過去の恐怖を思い出したようだが、必死なマレクにはうまく伝わらなかった。
マレクの体は椅子に座らされていた。腕は背もたれに回されて、縄で手首と足をそれぞれ縛られていた。抵抗しようとすれば、縄の摩擦で肌が痛んだ。
口元は布を噛まされていて、獣のような息遣いになった。
目が覚めたときにはすでにそんな調子だったので、ここがどこかもわからない。嫌な想像しか、今のところできなかった。
うつむいていると、通路の奥から足音が響き始めた。ランプを手にしたフードの人物を先頭に、フベルトと父のホンザが格子扉の前に立った。
脂肪に包まれたホンザの体はますます膨れ上がり、ベルトには風船のような腹が乗っかっていた。胡散臭そうな口ひげと、後退した額は、記憶の中とあまり相違ない。落ちくぼんだ目元と、顔の刻みの影が濃くなったくらいだ。
相変わらずの侮蔑を込めた目に、不快感で嗚咽を漏らしそうになった。
「目が覚めたか、愚息よ」
久方ぶりに再会を果たした息子への第一声が、それである。ホンザも再会を望んでいない。フベルトと同様に、マレクには消えていてほしかったのだろう。消すように命じたのはホンザであると証明された。
唸り声しか出せない。
「うまく話せんか? 残念だな、お前の悲鳴が聞きたいのに」
ホンザの言葉に、フベルトが愉快そうに笑う。父親は幼い頃の記憶のままで、マレクが泣き叫ぶ様を見ては、笑っていた。
ホンザの横にはフードを被った人物が立っていた。ホンザはその人物に命じて扉を開けさせると、三人は牢屋の中に入ってきた。
子供の頃は大きく見えた父親の体は肥えているだけで、本当に身体が大きい人というのは軍人のことを言うのだろう。まさにバルトルトのように、弱きものを助け、強きものをくじく。
断じて、無抵抗な者に対して蹴り飛ばしたりしない。
ホンザは短い足で椅子を蹴ったが、びくともしない。本来は椅子が均衡を崩して倒れるはずだったのだろう。思惑通りに行かずに、衝撃をすべて受け止めて、足首を痛めたようだった。
「くそ、お前やれ」
そう言って、フベルトがやらされた。従順に動くフベルトには考える頭がない。父親に言われるがまま、人形のように行動を起こすところも昔から変わっていない。このふたりの関係性は一生変わらないのだろう。
今度こそ、マレクの体は椅子ごと床に叩きつけられた。頭を打たないで済んだのは、背もたれがあったためだ。
フベルトは癇癪を起こすときと同じ要領で、マレクの腹や肩を蹴り始めた。拳を使うと自分が痛むから、靴の先で蹴り上げるのだ。幼い頃の記憶がよみがえる。
――「やめて、許して!」
懇願したところで、この男に聞き分けられるはずがなかった。子供の頃は痛みを最小限にしたくて、体を小さく丸めていた。
しかし、今のマレクには拍子抜けだった。軍人とは行かなくても、実戦で厳しく鍛えてきた自分の体は、素人の蹴りを受け止められる。
傭兵と手合わせして、殴り倒されたときのほうが数倍痛かった。
長兄のルジェクが痛くないと言い張ったのは、真実かもしれない。ただ、肉体的に痛みはなくとも、精神的には傷を負っていたのは想像に難くない。
こうやって痛みを克服すると、今まで、こんな弱い存在に蹴られ、恐怖を植え付けられていたのかと驚愕する。
幼い時というのは、狭い世界の中でしか生きられずに、住んでいく場所も限られてしまう。自由になれば、どれだけ狭い場所におのれを縛り付けていたのかとわかる。
没落して、家ごと無くなってよかった。ルジェクのいない家など、遅かれ早かれ潰れていただろうから。
フベルトは疲れてきたようで、その場にしゃがみこんだ。
疲れた息子の代わりに前に出てきたホンザは、しゃがみこんだ。マレクの髪の毛を忌々しそうに引っ張り上げる。
「この髪色も目も、何もかもが気に食わん。あの女と同じ。ああ、死んだあいつも同じだった」
マレクの頭の中に、あいつと呼ばれた優しい人の顔が浮かんだ。
――ルジェク兄さん。マレクが兄さんと呼ぶのは、その人だけだ。フベルトではない。本当は目の前の男を父とも呼びたくない。睨みつけると、鼻で笑われた。
「穢らわしい」
マレクの頭が乱暴に離された。側頭部が床に当たった。その衝撃で頭が揺れる。布の結び目が緩んで声を出せるようになった。
咳をして、床に赤い血を吐き落とす。その目はホンザとフベルトを見つめた。
「ずっと不思議だったんだ。これまで国王の手下として生きてきたお前らが、何の目的もなく、亡命するとは考えられない」
「お前らだと! 誰に向かって!」フベルトが喚き散らす。
ホンザは膨れ上がって真っ赤な顔をしていた。
「小悪党が何を企んでいるか知らないが、お前らの思い通りにはならないよ」
この国にはバルトルトがいる。騎士団に所属し、屈強な騎士たちを束ねる団長。こんな小悪党だってひねり潰せるだろう。たとえ、マレクが助からなくても、追跡していたシモンがバルトルトに知らせてくれる。
きっと、わかりやすくシモンを追わせたのは、マレクを安心させるためだろう。非常時には必ず助けに来てくれる。そんな意思表示として捉えた。
強気なマレクの態度に、ホンザやフベルトは激高した。
「そんな口、聞けないようにしてやる!」
フベルトが手にしていたのは、マレクの短剣だった。懐から没収したのだろう。
そして、その短剣は死の森に置き去りにされたときに、死神から渡されたものだった。
生き抜いた証と罪として、この短剣を使ってきた。この短剣にあらゆるものの血を染み込ませてきた。
自分の手で殺すという恐れも苦しみも知らないフベルトは、たやすく短剣を握る。何の覚悟も持たないまま、その切っ先をマレクに向けた。
やるならば、一思いに突き刺してほしかった。下手な素人では、痛みでしばらくは苦しむかもしれない。
どうせ他人の手で殺されるなら、バルトルトが良かった。バルトルトの長く太い剣で、苦しみなく首を切り落とされたかった。
「しね!」
お決まりの掛け声を聞きながら、目を閉じた。
人の血をかぶるとき、一時だけ温かさを感じる。外気に触れると、瞬く間に温もりを失って、ただの赤い液体になる。その時は切なくなった。
瞼の裏には、バルトルトの顔があった。笑いもしない、悲しげな表情。こんな顔をさせたくなかった。喜ばせたかった。
もうあの声が聞こえない。手に触れることはないのだと思うと、心が軋む。目尻から熱いものが溢れた。
「!」
叫んだのはマレクではなく、フベルトの方だった。瞼を開いたとき、フードを被った人物が腕を払うところだった。短剣が地面に落ちた。
フベルトは痛めつけられた右腕をかばうように、床で悶えている。のたうち回り、奇声を上げた。
「な、なぜ、かあさまが」と、うわ言を繰り返す。
フードが後ろに落ちて、くちばしが現れた。顔にはマスクをしていた。
ゆっくりマスクを外すと、そこには血の気の通っていない人形のように整った顔があった。気だるそうな目は、フベルトによく似ている。感情の乗らない口元はぴくりとも動かない。
「お前はフベルトの母だろう」ホンザの声が震えている。
「し、死神の里の連中は金で契約さえすれば、何でもやる。お前の父とも契約を交わして、わしはお前を……」
「確かに長である父は、わたしを売った。嫌だと抵抗してもお前は無理やりわたしを暴行した。そうして生まれたのがフベルトだ。腹を痛めて産んだとしても、わたしはこいつを息子だとは思えん」
「かあさま」と泣きじゃくりながらフベルトが足に縋り付く。母と呼ばれた女性は、冷たく見下ろした。「気安く呼ぶな」と言い捨てる。
「わたしは死の森を生き抜くような強き者が好きだ。血肉を喰らっても、決意を持って道を歩むような者がな。お前のように父親に言われるがままの愚息は好かん。恨むなら自分の運命を恨め」
既視感をまた感じた。そして、思い出の言葉と姿が重なった。
ホンザは突然のことに尻餅をついたまま、身動きが取れないでいる。赤い血を被った白い手が、マレクの拘束を解いていく。
「あ、あなたは?」
「お前を攫った死神といえば、わかるか?」
マレクは記憶と繋げて、うなずく。
「あの時は申し訳なかった。しかし、あの森の中をよく生き抜いてこれたな」
女性の顔に薄っすらと笑みが浮かぶ。ガスを吸った影響か、未だにマレクの体は均衡が取れないでいた。女性の手を借り、立ち上がった。
どう受け止めてよいかわからなかった。憎い死神であるのに、助けられたかたちになった。
「なぜ、僕を助けたのですか?」
「こんな奴らの尻拭いなど死んでもごめんだ。わたしは、あんたらみたいの方が好きなんだよ」
長の娘という立場で、そう言い切るのは、なかなかできることではない。死神のしきたりはわからないが、マレクは不思議と憎しみを抱かなかった。
そして、女性の背後に回る、フベルトの姿があった。血走った目から、涙が溢れていく。
「かあさま」
そう呟いた間もなく、短剣を女性の背中に向けて突き立てた。彼女の身のこなしならば、避けることもできたはずだ。しかし、彼女は短剣を背中で受け止めた。
女性はフベルトの手首を掴んで、曲がらない方向に捻った。骨が折れたのだろう。
フベルトはまた奇声を上げて、地面をのたうち回った。
短剣が突き刺さった箇所から、血がぽたぽたと落ちていく。よろめく女性をマレクが受け止めようとするが、「やめろ」と拒まれる。
「早く逃げるんだ」
鬼気迫る姿に押される形で、マレクは鉄格子をくぐった。
地下室の階段をふらつく体を支えながら、できるだけ早く駆け上った。後ろから我に返ったのだろう、背中から、ホンザの怒号が聞こえる。震えた膝は過去の恐怖を思い出したようだが、必死なマレクにはうまく伝わらなかった。
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