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第79話 幻の鉱山

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 カタポレンの森に帰った二人は、早速森の探索用の服に着替え、出かける支度を整える。

「レオ兄ちゃん、水晶の採掘っていつもどこに行ってるの?」
「『幻の鉱山』と呼ばれる場所があるんだが、いつもそこで採っている」

 そう、ライトは今まで鉱山採掘に連れていってもらったことは一度もない。それはやはり、安全面の問題などもあったのだろう。
 だが、今回は同行を許してくれた。ライトが冒険者になるための本格的な修行を始めたことで、少しづつそういった危険な場所にも慣れさせていくといった目的もあるのかもしれない。

 一方のライトは、レオニスが告げた行き先に、微妙に反応していた。


『幻の鉱山……ダイヤや鉱物類が取り放題になる、あれか!』


 そう、ライトにはその名称に聞き覚えがあった。
 もちろんそれは、ブレイブクライムオンラインでの知識である。

『幻の鉱山』とは、先程ライトが思い浮かべた通りの鉱山だ。
 最高級アイテムのダイヤモンドを始めとして、金銀銅に鉄に鉄鋼、白金、隕鉄、エメラルドやらルビーやサファイアなどの宝石類、ミスリルやオリハルコンなどの伝説級の鉱石まで、ありとあらゆる鉱物が採掘できる。
 これだけ多くの種類の鉱石やら宝石類がひとつの鉱山から得られるなど、前世の常識からしたら摩訶不思議以前に絶対に不可能だ。
 だが、そこはファンタジー要素もりもりのゲームのこと、闇鍋よろしく何でもあり!なのである。

 しかし、ライトには疑問点があった。
 ライトの知る『幻の鉱山』とは、幻と名づけられるだけあって、そこへ行くには特殊なアイテムが必要だったからだ。
 それは『幻のツルハシ』という消費系アイテムで、それを使用することで1時間だけ幻の鉱山への道が開き、そこに涌くモンスターを倒すことで各種鉱石や宝石、原石類を獲得することができるのだ。

「幻の鉱山て、どこにあるの?」
「それがなぁ、幻と名付けられるだけあっておそらくこの世界の空間じゃないんだ」
「えっ、そうなの?」
「異空間ってやつなんだよな、多分」

 やはり幻の鉱山はその名に相応しく、普通の方法では行くことすら適わないらしい。
 では、どうやってそこに行くのだろうか?

「そしたら、どうやってその幻の鉱山に行くの?」
「これを使うんだ」

 ♪テッテケテッテッ、テーテーテー♪
 という効果音こそなかったが、レオニスは部屋の隅の壁に立て掛けて置いてあった道具を持ってきた。

「これは『幻のツルハシ・ニュースペシャルバージョン』といってな、昔とある遺跡で入手したんだ」
「カタポレンの森の魔力を半年ほど吸わせて限界まで貯め込むことで、幻の鉱山への道を切り開くことができる魔導具だ」
「これを使えば約1時間、幻の鉱山で活動できる」
「活動限界時間が来たら、幻の鉱山は消えて勝手に元いた場所に戻される」

 話を聞くに、ライトの知る特殊アイテムとほぼ同じ効果を持つ魔導具のようだ。
 見た目はライトの記憶にあるツルハシとそっくりだが、違うのは魔導具という点で、使い切りの消費系アイテムではなく何度も使えるものらしい。
 ただ、その能力を1回使うのに半年もの間、カタポレンの森の魔力をゆっくりと吸わせ続けなければならないらしい。
 何とも大掛かりで大変なことだ。もっとも、異空間に行くためのものと思えば当然の対価かもしれないが。

 しかし、そのネーミングセンスはどうなんだろう。
 あの幻のツルハシの、一体何処の何をどうすれば『ニュースペシャルバージョン』とやらになるというのか。
 もしかしてあれか、一回こっきりの使い切りではなく充電すれば繰り返し使える魔導具タイプになったからなのか?

「だが、ひとつだけ心配なことがある」
「なぁに?」
「俺、今まで一人で鉱山行ってたから、お前と二人で行けるかどうか分からんのよ」
「あ、たしかにそうだねぇ」

 確かに、消費系アイテムは完全なる個人資産である。
 今回使う幻のツルハシは、膨大な魔力を消費することで異空間移動を行うようだから完全な消費アイテムではないものの、その本質や使い方は消費系アイテムに類するものと思われる。
 アイテム詳細に複数人数で使えるというような解説でもない限り、その手のアイテムは個人で使うもののはずだ。
 そもそもアイテムひとつでたくさんの人数が幻の鉱山に行けるとしたら、その方がよほどチートでずるいということになる。

「だから、とりあえず行きと帰りの両方でお前と手を繋ぐなり何なりで、接触しておこうかと」
「ああ、転移門のように付属品扱いにしてみるってこと?」
「そそ、そゆこと」

 うん、それならイケるかもしれない。

「でも、行きはともかく帰る時間はどこで判断するの?」
「活動限界時間のだいたい30秒くらい前かな?幻の鉱山が消える少し前から、空間の景色がだんだん薄くなっていくんだ」
「じゃあ、周りが薄くなってきたら、またレオ兄ちゃんにくっついておけばいい?」
「ああ、だからライトもそのつもりでいてくれ」
「了解ー」

 一通り打ち合わせを済ませて、幻の鉱山に行く準備をするライトとレオニス。
 行き先が異空間なので、スタート地点はどこでもいいという。
 ただ、終了後に戻ってきた時に大雨ザンザン降りだったら嫌なので、レオニスはいつも室内から幻の鉱山に行くらしい。
 ライト達は居間に移動した。

 レオニスによると、幻のツルハシで次元を斬り裂くことで、異空間を出現させるという。
 ツルハシで斬るためには、両手や肩を自由に動かせる状態にしておかなくてはならない。
 なのでライトはレオニスの背中、腰のあたりにしがみついた。

 レオニスはツルハシを両手に持ち、死神の鎌の如く上段に構えながら目を閉じ呼吸を整える。
 しばらく精神集中し、目をカッ!と見開いた瞬間ツルハシを更に高く振り被り、目の前の空間を斜めに斬り下ろした。

 勢い良く袈裟懸けに斬り裂かれた空間は、裂け目がブワッと拡がりどんどん周りの景色が変わっていく。
 居間だったはずの空間は、一瞬にして幻の鉱山という異空間に塗り替わった。

 辺りを見回すと、二人はドーム様の広い空間にいた。
 そこまで確認してから、ライトはようやくレオニスのお尻から離れて地面に足をつけた。
 どうやら二人での空間移動に無事成功したようだ。
 ライトは、自分のよく知る幻の鉱山と全く同じ景色に内心で驚嘆していた。

「よし、今からここで採掘しまくるぞ。俺がどんどん掘り進めていくから、お前は採れた塊を空間魔法陣に放り込んでいってくれ」
「今ここで選別する必要はない。空間魔法陣から取り出す時にまとめて出せるからな」
「じゃ、時間制限あるからさっさと始めるぞー」
「了解ー」

 レオニスはドームの壁に向かって、ツルハシをガンガン当てて切り崩していく。
 ここではモンスターを倒すのではなく、ひたすら壁を切り崩すことで鉱物類を得られるシステムのようだ。

 ある程度岩肌を切り崩し掘り進めたら、少し横に移動してまたツルハシを振るう。
 レオニスが移動した後に、切り崩された鉱石をライトがどんどん拾ってはレオニスが背後の足元に常時展開している空間魔法陣に放り投げ入れていく。
 空間魔法陣から品物を取り出せるのは魔法陣を展開したレオニス本人だけだが、魔法陣に向けてアイテムを放り投げて入れていく分にはライトでも誰でも可、という寸法だ。
 この作業を、ひたすら二人して繰り返していく。

 ライトは鉱石を拾い集めながら観察してみたが、採れたものは鉄鉱石だったり銅の塊だったり、ボーキサイトを通り越してアルミニウムそのものが出てきたりしている。
 岩肌は同一色だが、ツルハシで切り崩された時点で何らかの鉱物類に変わるらしい。
 大きな塊は安価なものが多く、金や高価な宝石類は小粒で出ることが多いようだ。中にはお目当ての水晶と思しき塊も結構ある。
 本当にファンタジーな世界だなぁ、とライトは内心で感心する。

 ライトは絶え間なく掘り出される塊や小粒を取り漏らすことのないよう、ひとつも残さず懸命に掻き集めてはせっせと空間魔法陣に投げ入れていく。
 小さなものほど価値が高い傾向が見受けられるので、小粒の金属もこまめに拾い集めるライト。
 レオニスも、収集をライトに一任したおかげでひたすら壁を削ることに専念している。

 そんな作業を一時間も続けていれば、疲労困憊になりそうなものだが、レオニスからは疲れの欠片ひとつも感じられない。よくよく見れば額に若干汗が滲んでいるくらいか。
 そのタフさは、さすが世界最強と言われるだけのことはある、と認めざるを得ない。

 二人とも無言で黙々と作業しているうちに、制限時間が来たのか壁が少しづつ薄ぼんやりとしてきた。

「お、そろそろ制限時間か。ライト、今落ちているのをある程度拾い集めたら行きと同じようにくっついてくれ」
「はーい、急いで集めるねー」

 レオニスは手を止めてツルハシを下ろし、ドームの中央に移動する。
 ライトもラストスパートで手早く鉱石を集めて、空間魔法陣にどんどん放り込んでいく。

 事前に聞いた話では、薄くなり始めてからだいたい30秒くらいで空間が消えるそうなので、ライトは急いで足元にある塊を拾い集める。その間にも空間の景色は、じわじわと薄まっていく。

 レオニスから声をかけられてからおよそ20秒くらいまで作業を頑張り、残り10秒を切ったあたりでライトは急いでレオニスのお尻にピョイッ、と飛びしがみつく。

 しばらくそうしていると、やがて音もなく幻の鉱山は完全に消えて、スタート地点であるレオニス達のカタポレンの家の居間に戻った。
 初めての二人での鉱山行きと採掘作業が成功して、どちらからともなくふぅー、という安堵のため息が漏れた。

「とりあえずは大成功、なの、かな?」
「そうだな。いつもは俺一人で掘りも拾いもしてたから、今回ライトが拾い手になって集めてくれたおかげで採掘がとても捗ったぞ」
「本当?なら良かった!」
「ああ、本当だとも。いつもの倍以上は収穫あるんじゃないか?」
「うん、なんかもうたっくさん拾ったよ!水晶だけじゃなくて、金属類とか宝石類もたくさんあった!」

 ライトは興奮気味に、手を大きく広げながら嬉しそうにレオニスに報告する。
 レオニスは、ライトのその嬉しそうな笑顔につられるように、同じく笑顔になる。

「そっか、じゃあまた後で何が拾えたか確認しないとな」
「うん!レオ兄ちゃん、お疲れさま」
「ライトもお疲れさま。後で風呂に入って汗流して、今日はもうゆっくり休め」
「はーい!」

 咄嗟の思いつきでライトの方から提案した水晶採掘だったが、二人にとって思いの外充実した午後の昼下がりとなった。




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 静かに得物を振り被り、閃光の如き一刀両断で次元を斬り裂くレオニス。

 その姿は本当に荘厳で格好良く、まさに剣豪を思わせるような威厳溢れる佇まいなのですが。

 得物がツルハシなのと、お尻に子猿ライトがしがみついた状態なので、実に、実に台無しの残念状態なのです。
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