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第96話 帰宅と黒い何か
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ジョゼが馬車を降り、イヴリンも降りてから馬車は貴族街へ向かう。
聞けばウォーベック家はレオニスの屋敷の東側、間に二軒挟んだ向こう三軒目の屋敷だという。
現代日本なら、同じ自治体の同じ組で回覧板を回すご近所さんの仲であろう。この世界の、しかも貴族街なんて場所に自治体やら回覧板など存在する訳もないのだが。
「そうなんだね。ぼく、ディーノ村からラグナロッツァに来て間もないから、あの家の周辺のことまだ全然知らなくて……」
「それは仕方のないことですわ。学園生活と同じく、だんだん覚えていけばよろしいかと」
ハリエットはライトをフォローする優しい言い方だが、ウィルフレッドはそれに待ったをかける。
「しかしライト君。君も貴族街に住む者ならば、どの邸宅に誰が住んでいるかくらいはなるべく把握しておいた方がいいと思うぞ?」
「伯爵家の跡取り息子の僕が言うのも何だが、貴族というのはプライドばかり高い者も多いからね」
「儂のことを知らんとは、けしからん!何たる無礼者ぞ!とか絡まれる可能性も無きにしも非ずだし」
「まぁ、君の保護者が誰かを知ってなお変な絡み方をするような人なんて、いないだろうとは思うけど」
「それでも自宅周辺の地理と邸宅の所有名義者くらいはね、把握しといて損はないからね」
「そうですね……早く覚えられるように頑張ります……」
ウィルフレッドのアドバイスは、もっともな内容である。
しかし、ただの平民に過ぎないライトには少々気の重い話である。
そもそも将来的にも貴族になる予定など、ライトにはこれっぽっちもないのだから。
だが、ご近所付き合いという観点から見れば、円満な関係を築いておくに越したことはないのも事実。
んー、これは近いうちに手拭いとか菓子折りでも手土産に配りながら、引っ越しのご挨拶回りでもすべきかしら?と考え込むライト。
そんなライトを見て、ハリエットは心配そうにライトの顔を覗き込む。
「ライトさん、そこまで気にしすぎることもないと思いますよ?」
「んー、でもやっぱりお兄さんの言うことも当然だし、何よりそれはぼくのためにアドバイスしてくれてることだから、ありがたいことだなぁ、と」
「それに、ご近所さんには引っ越してきたことのご挨拶回りした方がいいかなぁ?とはぼくも思うし」
「ご挨拶回り、ですか?」
「うん。貴族だと、そんなことはしないものなの?」
「ええ、まぁ……そもそも貴族が住み慣れた邸宅を移すなど、よほどの不祥事でも起こさなければほとんどありませんし……」
そりゃそうだ。その領地や屋敷は先祖代々受け継いできたものなのだから、平民みたく気軽に引っ越しとかあり得ないことだろう。
「そうだよね。でもぼく、今はハリエットさんちとご近所さんになった訳だから、挨拶くらいはしておいた方がいいかなー、と」
「そしたら、今度うちの執事のラウルにとびっきりのアップルパイ焼いてもらって、ハリエットさんちにご挨拶に行くね!」
「あ、アップルパイ、ですか?」
「うん、ラウルの作るアップルパイはすっごく美味しいんだよ!レオ兄ちゃんも大絶賛の品だからね!」
ライトはニコニコしながら言う。
ハリエットは若干戸惑っているようだが、ライトは気づかない。
「でも、ライトさんのお宅には専属の執事がいらっしゃるのですね。やはりライトさんは、平民とは言ってもかなり高位貴族寄りですね」
「えッ、そう見えます?」
「ええ。貴族といえど必ずしも執事を雇えるとは限りませんからね」
「そういうものなんですか……」
確かに、姓持ちの貴族だからといって必ずしも皆が皆裕福ではないだろう。それは、今日のジョゼの言動を見ていれば分かる。
ライト個人としては、ジョゼのその言動や性格はとても好ましく思えるものなのだが。
そして、ハリエットとしては『執事=人間』という、ごくごく普通の前提で話しているが、ライトの言う執事ラウルは人間ではなく妖精である。
しかもカタポレンの森でズタボロにゃんこ状態で拾われただの、給金は基本食費+αだの、通常の雇用形態とはかなり異なる。
たが、ハリエットにそのような事情を知る由もない。
そんな話をしているうちに、先にハリエットのウォーベック家邸宅についた。
「あ、ぼくここまででいいよ。ハリエットさんとこの馬車に遠回りさせちゃ悪いから」
「えっ、そんなこと気になさらないでよろしいのに」
「ううん、だってぼくの家この三軒先なんでしょ?だったらすぐ着くから問題ないよ」
「そうですか……ではまた来週、学園でお会いしましょう」
「うん!ハリエットさん、お兄さん、今日は本当にありがとうございました!」
「ああ、ライト君もこれからハティと仲良くしてやってくれ」
「はい!」
二人に挨拶をした後、ライトは馬車を降りてラウルの待つ屋敷に向かって歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトはウォーベック家から西に向かって歩き出したが、3分くらい歩いても未だにレオニス邸に着かない。たかが二軒のお隣さんだが、貴族街の邸宅だけあって一軒一軒がとにかくデカいのだ。
その敷地の大きさたるや、田舎のだだっ広い小中学校並みかそれ以上の広大さを持つ。前世の現代日本とこの世界の貴族街の『二軒』とは、まさしく次元が違うのだ。
そういえば、レオ兄が国から下賜されたというあのラグナロッツァの邸宅をうさぎ小屋扱いしていたなぁ、とライトは歩きながら思い出す。
確かにこの近隣のどデカい邸宅群に比べたら、慎ましやかな方だろうと思う。もちろんそれは周囲の貴族邸と比べるからであって、世間一般的には十二分に豪邸の部類だとも思うのだが。
実際に、先程馬車を降りた時に門扉の向こうに見えたハリエットの家であるウォーベック家邸宅もかなり大きく、次の貴族邸宅の壁が見えるまで相当歩いた。本当にレオニス邸宅がうさぎ小屋に思えてくるほどの広大さである。
「くッそー、三軒先のお隣だからすぐ近くだと思ったのに……全然近くなかった、貴族のおうち舐めてたわ」
ライトはひたすら歩きながら、ブチブチと小声で愚痴を零している。
そんなこんなしているうちに、ようやくレオニス邸宅が見えてきて安堵するライト。だが、その安堵はすぐに霧散する。
レオニス宅の門扉の前に、何か黒い物体のようなものが落ちていた。
====================
よく「山間部や原野のお隣は数kmの間隔がある」などとネタ的に言われたりしますが、それに近いのかも。そんなにだだっ広いところに住んだら、それこそ執事メイド庭師他従業員が何十人いても人手が足りなさそうですが。
聞けばウォーベック家はレオニスの屋敷の東側、間に二軒挟んだ向こう三軒目の屋敷だという。
現代日本なら、同じ自治体の同じ組で回覧板を回すご近所さんの仲であろう。この世界の、しかも貴族街なんて場所に自治体やら回覧板など存在する訳もないのだが。
「そうなんだね。ぼく、ディーノ村からラグナロッツァに来て間もないから、あの家の周辺のことまだ全然知らなくて……」
「それは仕方のないことですわ。学園生活と同じく、だんだん覚えていけばよろしいかと」
ハリエットはライトをフォローする優しい言い方だが、ウィルフレッドはそれに待ったをかける。
「しかしライト君。君も貴族街に住む者ならば、どの邸宅に誰が住んでいるかくらいはなるべく把握しておいた方がいいと思うぞ?」
「伯爵家の跡取り息子の僕が言うのも何だが、貴族というのはプライドばかり高い者も多いからね」
「儂のことを知らんとは、けしからん!何たる無礼者ぞ!とか絡まれる可能性も無きにしも非ずだし」
「まぁ、君の保護者が誰かを知ってなお変な絡み方をするような人なんて、いないだろうとは思うけど」
「それでも自宅周辺の地理と邸宅の所有名義者くらいはね、把握しといて損はないからね」
「そうですね……早く覚えられるように頑張ります……」
ウィルフレッドのアドバイスは、もっともな内容である。
しかし、ただの平民に過ぎないライトには少々気の重い話である。
そもそも将来的にも貴族になる予定など、ライトにはこれっぽっちもないのだから。
だが、ご近所付き合いという観点から見れば、円満な関係を築いておくに越したことはないのも事実。
んー、これは近いうちに手拭いとか菓子折りでも手土産に配りながら、引っ越しのご挨拶回りでもすべきかしら?と考え込むライト。
そんなライトを見て、ハリエットは心配そうにライトの顔を覗き込む。
「ライトさん、そこまで気にしすぎることもないと思いますよ?」
「んー、でもやっぱりお兄さんの言うことも当然だし、何よりそれはぼくのためにアドバイスしてくれてることだから、ありがたいことだなぁ、と」
「それに、ご近所さんには引っ越してきたことのご挨拶回りした方がいいかなぁ?とはぼくも思うし」
「ご挨拶回り、ですか?」
「うん。貴族だと、そんなことはしないものなの?」
「ええ、まぁ……そもそも貴族が住み慣れた邸宅を移すなど、よほどの不祥事でも起こさなければほとんどありませんし……」
そりゃそうだ。その領地や屋敷は先祖代々受け継いできたものなのだから、平民みたく気軽に引っ越しとかあり得ないことだろう。
「そうだよね。でもぼく、今はハリエットさんちとご近所さんになった訳だから、挨拶くらいはしておいた方がいいかなー、と」
「そしたら、今度うちの執事のラウルにとびっきりのアップルパイ焼いてもらって、ハリエットさんちにご挨拶に行くね!」
「あ、アップルパイ、ですか?」
「うん、ラウルの作るアップルパイはすっごく美味しいんだよ!レオ兄ちゃんも大絶賛の品だからね!」
ライトはニコニコしながら言う。
ハリエットは若干戸惑っているようだが、ライトは気づかない。
「でも、ライトさんのお宅には専属の執事がいらっしゃるのですね。やはりライトさんは、平民とは言ってもかなり高位貴族寄りですね」
「えッ、そう見えます?」
「ええ。貴族といえど必ずしも執事を雇えるとは限りませんからね」
「そういうものなんですか……」
確かに、姓持ちの貴族だからといって必ずしも皆が皆裕福ではないだろう。それは、今日のジョゼの言動を見ていれば分かる。
ライト個人としては、ジョゼのその言動や性格はとても好ましく思えるものなのだが。
そして、ハリエットとしては『執事=人間』という、ごくごく普通の前提で話しているが、ライトの言う執事ラウルは人間ではなく妖精である。
しかもカタポレンの森でズタボロにゃんこ状態で拾われただの、給金は基本食費+αだの、通常の雇用形態とはかなり異なる。
たが、ハリエットにそのような事情を知る由もない。
そんな話をしているうちに、先にハリエットのウォーベック家邸宅についた。
「あ、ぼくここまででいいよ。ハリエットさんとこの馬車に遠回りさせちゃ悪いから」
「えっ、そんなこと気になさらないでよろしいのに」
「ううん、だってぼくの家この三軒先なんでしょ?だったらすぐ着くから問題ないよ」
「そうですか……ではまた来週、学園でお会いしましょう」
「うん!ハリエットさん、お兄さん、今日は本当にありがとうございました!」
「ああ、ライト君もこれからハティと仲良くしてやってくれ」
「はい!」
二人に挨拶をした後、ライトは馬車を降りてラウルの待つ屋敷に向かって歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトはウォーベック家から西に向かって歩き出したが、3分くらい歩いても未だにレオニス邸に着かない。たかが二軒のお隣さんだが、貴族街の邸宅だけあって一軒一軒がとにかくデカいのだ。
その敷地の大きさたるや、田舎のだだっ広い小中学校並みかそれ以上の広大さを持つ。前世の現代日本とこの世界の貴族街の『二軒』とは、まさしく次元が違うのだ。
そういえば、レオ兄が国から下賜されたというあのラグナロッツァの邸宅をうさぎ小屋扱いしていたなぁ、とライトは歩きながら思い出す。
確かにこの近隣のどデカい邸宅群に比べたら、慎ましやかな方だろうと思う。もちろんそれは周囲の貴族邸と比べるからであって、世間一般的には十二分に豪邸の部類だとも思うのだが。
実際に、先程馬車を降りた時に門扉の向こうに見えたハリエットの家であるウォーベック家邸宅もかなり大きく、次の貴族邸宅の壁が見えるまで相当歩いた。本当にレオニス邸宅がうさぎ小屋に思えてくるほどの広大さである。
「くッそー、三軒先のお隣だからすぐ近くだと思ったのに……全然近くなかった、貴族のおうち舐めてたわ」
ライトはひたすら歩きながら、ブチブチと小声で愚痴を零している。
そんなこんなしているうちに、ようやくレオニス邸宅が見えてきて安堵するライト。だが、その安堵はすぐに霧散する。
レオニス宅の門扉の前に、何か黒い物体のようなものが落ちていた。
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よく「山間部や原野のお隣は数kmの間隔がある」などとネタ的に言われたりしますが、それに近いのかも。そんなにだだっ広いところに住んだら、それこそ執事メイド庭師他従業員が何十人いても人手が足りなさそうですが。
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