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第103話 和解

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『ううう……マジ怖かったぁぁぁぁ……』
『こないだ作ったばかりのうちの転移門から、いきなり見知らぬ人が湧いて出てくるなんて……そんな話、聞いてねぇよ!』
『どこかの暗殺者か何かが襲撃してきたのかと思ったじゃねぇか!!』


 再び布団の中に篭ったライトは、涙を手でぐしぐしと拭いながら気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと呼吸していた。
 人前で涙をこぼしてしまったことに対する恥ずかしさも相まって、思わず再び布団の中に隠れてしまった、というのもある。


『しかし、そのいきなり湧いて出てきたのが、大魔導師フェネセンとは……』
『フェネセン……ゲーム内にそんなNPCはいなかったが……この世界のオリジナルの人間なんだろうか?』


 そう、ライトにはフェネセンという人物に全く心当たりがなかった。ブレイブクライムオンラインの中に、大魔導師の設定を持つNPCやそのような名前のキャラクターは見たことがなかったからだ。


『でも、レオ兄とも旧知の間柄のようだし、そこまで悪い人ではないんだろう……レオ兄以上に考えなしの、ブッ飛んだ性格のようではあるが……』
『レオ兄並み、あるいはそれ以上の才能の塊のような人ならば、非凡故の奇行もある意味当然というか仕方ない部分もあるんだろうな』


 布団に篭って考察しているうちに、だんだんと落ち着きを取り戻してきたライト。フェネセンという見知らぬ人物のことを、冷静に振り返り分析していく。


『とりあえず、フェネセンと和解しに行くか……偉大な大魔導師と知り合えるチャンスなんだし』
『そもそも普段はどこにいるかも分からないような人だ、次にいつ会えるか分かったもんじゃないし、会おうと思ってすぐに会えるような人でもなさそうだ』
『……うん、さっきの事故は激レアキャラに巡り会うための試練だったんだ。よし、そう思うことにしよう!』


 ライトはサクッと思考を切り替え、布団からパッと飛び起きた。
 あたりを見回すと、誰もいない。どうやら二人は別室に移動したようだ。布団に篭ってしまったライトには、二人が部屋移動したことに気づけなかった。

 ライトはひとまず布団から出て、洗面所に移動し顔を洗う。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになってしまった顔を、少しでもさっぱりさせるためだ。
 その後ライトは廊下に出て、レオニスとフェネセンの姿を探す。
 どこからか、ギャンギャンと怒るレオニスの声が聞こえてくる。どうやら二人は居間の方にいるようだ。

 その声のする方に、ライトは向かっていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ホンットーーーにお前というやつは……いくらもともとが規格外だからって、やっていいことといけないことの分別くらいいい加減身につけろ!」
「だいたいだな、うちに来ること自体は別にいいんだ。俺とお前の仲なんだから、いつ来てくれたって構やしねぇし俺だって歓迎するさ」
「だがなぁ、来るなら来るでせめて事前に何か連絡を寄越せ!それを怠って無断で飛び込んで来るから、こんな大事になってんだぞ!」

 レオニスはフェネセンに対して、滾々と説教している。
 一方のフェネセンはというと、仁王立ちするレオニスの前で正座させられながら縮こまっておとなしく説教を聞いていた。
 とはいえ、床に直に正座させられている訳ではなく、普段はソファに置かれているクッションを敷いた上に座らされているあたり、レオニスもフェネセンに多少なりとも気を遣っているのだろう。

「……それに、見ての通り俺ももう気ままな一人暮らしじゃない。今はライト、あの子の養育をしながらこの森で二人で暮らしているんだ」
「ライトは訳あって俺が引き取った、大事な人の忘れ形見だ。俺自身はまだ結婚もしていない半人前だし、ライトも俺の実の子じゃあない。だが、それでも背負うべき責任というものが俺にもできたんだ」

 最初は鬼怒りしていたレオニスだが、ライトの話に及んだ頃には次第に落ち着いてきて、声のトーンも落ちて諭すような言葉になっていた。

「だから、フェネセン。頼むから、もう二度とこんな事件を起こさないでくれ。俺と違ってライトはまだ幼い、本当に普通の子なんだ」
「……うん、ごめんよ、レオぽん。もう二度とこんな騒ぎは起こさないし、次にレオぽんに会いたいと思ったら必ず事前に連絡するよ」

 クッションの上で正座しながら説教されていたフェネセンも、レオニスの懇願するような声に思うところがあったのだろう。項垂れながらも、反省の言葉を口にして真摯に謝っている。
 そこに、ライトがおずおずと部屋に入ってきた。

「……レオ兄ちゃん……」
「ライト!もう気分はいいのか、具合悪くないか!?」

 ライトの姿を見たレオニスは、一目散にライトのもとに駆け寄る。

「うん、もう大丈夫だよ……心配かけちゃってごめんね」
「ライト、お前が謝ることじゃないんだ、気にするな」
「でもぼく、すごく取り乱しちゃったから……」
「んなもん当然だ、転移門からいきなり見ず知らずの他人が湧いて出てきたら、驚いて腰抜かして当たり前だ。俺だってそんな目に遭ったら、転移門どころか家ごとふっ飛ばして速攻で侵入者ブチ殺す自信あるわ」
「うん……侵入者抹殺はともかく、お家壊すのだけは勘弁してね……」
「うん……吾輩危うくレオぽんにヌッ頃転コロコロコロされるところだたのねぃ……」

 ライトを肯定して慰めているはずなのに、何気に物騒極まりないことを平然と言ってのけるレオニス。
 それを聞いたライトとフェネセン、プルプルと小刻みに震えながら青褪める。

「黙れフェネセン、俺の攻撃如きじゃお前絶対に死なねぇだろ」
「んなことないよぅ。レオぽん絶対に吾輩のこと誤解してるよね、吾輩のこと一体何だと思ってんの?」
「殺しても死なない人外の何か」
「レオぽんマジしどい……」

 未だ怒りが収まりきらないのか、いつになく厳しい目つきでフェネセンを睨みつける。
 レオニスにここまでのことを言わせる人物というのも、なかなかに珍しい。
 そんな二人のやり取りを見かねたライトが、フェネセンに助け舟を出す。

「レオ兄ちゃん、もういいよ……ぼくは大丈夫だから、そんなに怒らないで?」
「いや、しかし……」
「ぼくはいつもの、優しくて、頼もしくて、とっても格好いいレオ兄ちゃんが一番大好きだから……いつものレオ兄ちゃんに戻って、ね?」

 ライトのそのどこまでも健気な姿に、思いっきり胸を射抜かれるレオニス。
 仰け反るレオニスの、ッハァァァァ!という小さな呻き声とともに、バキューーーン!という効果音がどこからともなく聞こえてきた、気がする。
 そしてその横で、何故かフェネセンまでレオニス同様見えない何かに射抜かれ仰け反っている。

「ハァ、ハァ……分かった、ライト。この件はもうここで終わりにしよう。フェネセンも、いくら何でももう理解してくれただろうしな」
「ハァ、ハァ……レオぽんがライト君に骨抜きの首ったけな理由が、今吾輩にも分かった気がするよん……」
「???」

 レオニスとフェネセン、どうして二人がこうも息も絶え絶えなのかライトにはさっぱり分かっていないので、小首を傾げるしかない。
 ライトはフェネセンに向かって、改めて語りかける。

「フェネセンさん、初めまして。さっきは取り乱してすみませんでした。ぼくは、ライトといいます」
「縁あって、レオ兄ちゃんといっしょに暮らしています。フェネセンさんのことは、とても偉大な大魔導師だってレオ兄ちゃんから聞いていました」
「出会い方はちょっとアレでしたが……そんな偉大な大魔導師に会えることができて、ぼく、とっても嬉しいです」
「もし、フェネセンさんさえ良ければ、その……ぼくともお友達になってもらえますか?……って、いきなりこんなことお願いするなんて、図々しいかもしれませんけど……レオ兄ちゃんとも仲良さそうですし……」

 まずは自己紹介から始めて、更にはもじもじしながらお友達申請まで切り出したライト。
 前世では、こんな風にダイレクトに友達になってほしい!などと口にしたことは一度もなかった。
 だが、前世の記憶を持ったまま前の世界から切り離され、新しい世界に生まれ変わったからには、何事にも積極的に生きていく!とライトは決意したのだ。
 積極的といっても、あくまでも目立ち過ぎない程度の範囲内の話だが。

 そして、その突飛な言動はともかくとして、もともとレオニスとも仲良さそうだし、怒られたら素直に謝るあたりそこまでフェネセンの性格に難があるとはライトには思えなかったのだ。
 そして何より、レオニスが手放しで称賛するほどの大魔導師としての偉業は、十二分に尊敬に値するものだった。

 間違いなく世界一の、レオニスをも凌駕する凄腕の天才
大魔導師。もし可能ならば、是非とも友達になりたかったのだ。

「うぃうぃ、もちろんOKさ!いやもう本当にね、さっきのは吾輩が悪かったと思ってるよ、ごめんねぇ」
「でね、それとはまた別にね?実は吾輩の方からも、ライト君とは是非ともお友達になりたいと思っておったのだよ!」
「本当ですか?」
「うん。吾輩大魔導師だからね、つまらん嘘はつかないよん?」
「フェネセンさん、ありがとうございます!」

 ライトは嬉しさのあまり、頭を下げながら礼を言った。
 だが、フェネセンは途端にぷくーと頬をふくらませて不機嫌そうな顔つきになった。

「ライト君、友達になったんだから『フェネセンさん』なんて呼び方はよろしくないなぁ。それではあまりにもよそよそしくて、他人行儀過ぎるだろう?」
「そう、ですか?じゃあ、何と呼べば?」
「ンフフフ。そこはだねぇ、是非とも吾輩の愛称『フェネぴょん』と呼んでくれたまい♪」

 あどけない顔でニコニコと満面の笑みを浮かべながら、フェネぴょんと呼べ、と宣うフェネセン。
 ライトは数秒に渡り固まった後、レオニスの方に向かいこしょこしょと問い質す。

「レオ兄ちゃん……フェネセンさんの愛称って、フェネぴょん、なの?」
「……俺も今初めて聞いた……」

 ライトと同じく、遠い目をしながらレオニスは答えた。
 だがしかし、レオニスには聞き覚えがなくともフェネセン本人がそう呼べと所望しているのだから、如何ともしがたいところである。

「えーと……フェネ、ぴょん?」
「そうそう!これからも是非ともそう呼んでくれたまい!」
「ご本人がそれでよければ、ええ、はい……」
「いンやー、吾輩の定めた愛称『フェネぴょん』と本当に口に出して呼んでくれたのは、ライト君が初めてだよぅ!ンもー、フェネぴょん感激ッ!」
「「…………」」

 誰も呼んでくれない愛称、だとぅ?
 それは果たして愛称と言っていいもんなのか?
 つーか、それ絶対に愛称じゃなくね?愛称詐欺?

 念願叶って己の定めた愛称で呼んでもらえたフェネセン、照れた顔で頬に手を当て身体をクネクネさせながら全身全霊でその喜びを表している。
 その傍らでライトとレオニスは、更に遠い目をしながらクネクネするフェネセンを眺める他なかった。




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「殺しても死なない人外の何か」

 人類最強と謳われるレオニスにここまで言わせるフェネセンとは、果たして何者なのでしょうか?
 一応は世界一の凄腕天才大魔導師ということになっていますが。現時点では相当濃いい変な人、にしか見えないという……

 頑張れフェネぴょん、君の見せ場もいつか必ず来る!……はず、だ。……多
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