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せつなときずな 28
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「せつなときずな」 28
その日、絆を保育園に迎えに行くと、刹那は保育士の先生から声をかけられた。
「実は…」
ちょっと苦笑いを浮かべて話したのは、些細なことですというポーズかもしれない。
「昨日きずな君が、気のある女の子にキスをしたみたいで、まあ、キスというよりはほっぺにチューみたいなもののようで、女の子から聞いて本人には注意したんですね。
でも、今日もまた同じことになって、女の子が嫌がって、少しきつめにお話させてもらいました。
子供のことですのであまり大事にする必要はないと思っていますが、一応報告のため伝えしました」
刹那はみぞおち辺りに、言葉にならない不快感を覚えた。
「絆がご迷惑をかけて本当にすいません。
それで、女の子のお母さんにはどうすれば…」
「先ほどお迎えにいらしたのでお話しましたが、笑ってましたから大丈夫ですよ。
きずな君も女の子に謝って、仲直りしましたから」
先生は笑顔で絆とバイバイした。
刹那の不快感は心の隅に沈降していき、絆にそれを見せまいと思う反面、どうにも度し難い黒い感情をぶつけてやりたい欲求で、殊更ささくれ立っていく。
何も口にしないばかりか、明らかに張り詰めている刹那の態度に、絆は蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
無言の車中を過ごし、部屋に戻った刹那は、努めてフラットなトーンで絆に聞いた。
「お母さん先生から、絆が花ちゃんにチューをしたって聞いたんだけど、花ちゃんは絆のこと好きなの?
花ちゃん嫌がったみたいだけど、それって、花ちゃんは絆のこと好きじゃないんじゃないの?」
「わかんない…」
「どうして、チューしたの?」
「お母さんとお父さんもチューしてたから…」
「お母さんとお父さんは…」
好き同士だからチューしたんだと言いかけて、刹那はどうにも持って行き場のない憤怒に襲われて言葉を呑み込んだ。
そうなんだ、あいつは夫の皮を被って、平凡な幸せを楽しもうと、絆の前でいつも私にキスをせがんだ。
私も、絆がそれを見て喜ぶのが嬉しいから、あいつのキスを受け入れた。
あの唇の奥には艶かしい舌が、いつも私の情欲を狙って蠢いていて、もっと若い日の私はそれに吸われて舞い上がった。
熱い何かが私の身体に入ってくる。
いやらしく、湿っていて、その度に白熱して燃え堕ち、それでいて直ぐにまた発火した。
その波は繰り返し、そして私は絆を孕んだ。
あいつは私を選び、絆を生むという私の選択も選んだ。
私はすべてを手に入れたと思った。
しかし、私を玩具にした男の情欲は、私だけのものではなかった。
私は最初にあいつに言ったのだ。
「構わないよ、誰と何しようが。
ただ、私を誰かのかわりにしないなら。
誰かは、私のかわりに…」
しかし、あいつは私を誰かのかわりにしくさったんだ。
それはすべて、性犯罪者の仕業だ。
…お前の父親は性犯罪で、お前は性犯罪の子供だ。
お前のしてることは父親と一緒だ…
「お母さんとお父さんは夫婦だからチューはいいの!」
刹那は抑えられなくなって、急に大声で絆に怒鳴った。
「お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
絆は母親の剣幕に、泣きながらいつまでも「ごめんなさい」を繰り返したが、刹那はそれをあやす気持ちにはなれなかった。
私は母親でいられるのだろうか。
だってこの子は、性犯罪者の息子なんだから。
その日、絆を保育園に迎えに行くと、刹那は保育士の先生から声をかけられた。
「実は…」
ちょっと苦笑いを浮かべて話したのは、些細なことですというポーズかもしれない。
「昨日きずな君が、気のある女の子にキスをしたみたいで、まあ、キスというよりはほっぺにチューみたいなもののようで、女の子から聞いて本人には注意したんですね。
でも、今日もまた同じことになって、女の子が嫌がって、少しきつめにお話させてもらいました。
子供のことですのであまり大事にする必要はないと思っていますが、一応報告のため伝えしました」
刹那はみぞおち辺りに、言葉にならない不快感を覚えた。
「絆がご迷惑をかけて本当にすいません。
それで、女の子のお母さんにはどうすれば…」
「先ほどお迎えにいらしたのでお話しましたが、笑ってましたから大丈夫ですよ。
きずな君も女の子に謝って、仲直りしましたから」
先生は笑顔で絆とバイバイした。
刹那の不快感は心の隅に沈降していき、絆にそれを見せまいと思う反面、どうにも度し難い黒い感情をぶつけてやりたい欲求で、殊更ささくれ立っていく。
何も口にしないばかりか、明らかに張り詰めている刹那の態度に、絆は蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。
無言の車中を過ごし、部屋に戻った刹那は、努めてフラットなトーンで絆に聞いた。
「お母さん先生から、絆が花ちゃんにチューをしたって聞いたんだけど、花ちゃんは絆のこと好きなの?
花ちゃん嫌がったみたいだけど、それって、花ちゃんは絆のこと好きじゃないんじゃないの?」
「わかんない…」
「どうして、チューしたの?」
「お母さんとお父さんもチューしてたから…」
「お母さんとお父さんは…」
好き同士だからチューしたんだと言いかけて、刹那はどうにも持って行き場のない憤怒に襲われて言葉を呑み込んだ。
そうなんだ、あいつは夫の皮を被って、平凡な幸せを楽しもうと、絆の前でいつも私にキスをせがんだ。
私も、絆がそれを見て喜ぶのが嬉しいから、あいつのキスを受け入れた。
あの唇の奥には艶かしい舌が、いつも私の情欲を狙って蠢いていて、もっと若い日の私はそれに吸われて舞い上がった。
熱い何かが私の身体に入ってくる。
いやらしく、湿っていて、その度に白熱して燃え堕ち、それでいて直ぐにまた発火した。
その波は繰り返し、そして私は絆を孕んだ。
あいつは私を選び、絆を生むという私の選択も選んだ。
私はすべてを手に入れたと思った。
しかし、私を玩具にした男の情欲は、私だけのものではなかった。
私は最初にあいつに言ったのだ。
「構わないよ、誰と何しようが。
ただ、私を誰かのかわりにしないなら。
誰かは、私のかわりに…」
しかし、あいつは私を誰かのかわりにしくさったんだ。
それはすべて、性犯罪者の仕業だ。
…お前の父親は性犯罪で、お前は性犯罪の子供だ。
お前のしてることは父親と一緒だ…
「お母さんとお父さんは夫婦だからチューはいいの!」
刹那は抑えられなくなって、急に大声で絆に怒鳴った。
「お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
絆は母親の剣幕に、泣きながらいつまでも「ごめんなさい」を繰り返したが、刹那はそれをあやす気持ちにはなれなかった。
私は母親でいられるのだろうか。
だってこの子は、性犯罪者の息子なんだから。
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