41 / 55
せつなときずな 41
しおりを挟む
「せつなときずな」 41
サキは、田辺裕道に刹那の決断を話した。
田辺は、少し悲しそうな顔をした。
やはり田辺の言う通り、刹那には強要にとられる提案だったことを、サキはそれでも仕方ないと思う。
間違い?
正しくはなかったが、それが間違いだったとも思えない。
「どちらにせよ、結婚も新居も、刹那のことがなくても決断してたことだから」
それは多分嘘ではないが、どこか無理しているところもほころびている。
田辺は、わかっているから黙っている。
やさしいかどうかはさておき、今、サキに必要なのは正論ではないのだから。
「自分の言う通りだったって、あなたそう思ってるんでしょ…」
サキは珍しく無防備な弱さでもって、田辺に言い訳するかのような仕草で呟いた。
田辺は不謹慎にも、「可愛い女だな」と心の裡に独り言ちた。
「何を言ってもつまらないと思うけど、サキさんは頑張りました。
そんなこと思ってないですよ」
「つまらなくはないけど、こう、何ていうか、ちょっと自分自身に残念だったのね。
わかってるのよ。刹那に強引だったってことは。
でも、わかっていることをできるほど、私はできた人間じゃない」
サキは白のシクロのボトルを―それはけして旨いワインではないのだが―いつもより早く空いてしまうグラスに注ぐ。
深酒しそうだな、というより、もうなっているのだろう。
本当は、田辺と思いっきりファックしたかったが、ファックするのはいつもどちらかといえば自分の方だし、何よりも、刹那の気持ちを考えた時、自分だけ辛さを紛らわすために男とまぐわうことに、どうにも罪悪感を拭うことができなかった。
「今、何考えているか当ててみましょうか」
田辺は伴侶になるというのに、サキにタメ口で話そうとはしない。
「当てなくていいから、思ったことをしてみたら?」
結局は、挑発的になるのか。
まあ、どうせべろべろで無理なのだから、酔った中年女をベッドに運んで寝かしつけるのが関の山かなとサキは自嘲した。
翌日の夕方、「黒猫」にサキの姿があった。
刹那は絆がいるので、シフトは16時で上がる。
フルタイムでもないのに、時給900円で親子で生活できる世界は今の日本には存在しない。
その叶わないはずの世界に何があるのか、サキは知っておきたかった。
赤い框扉を開けると、夕刻の西陽が長い影を描く妖しい店内が目に入る。
カフェというよりは、ダイニングバーという感じの雰囲気は刹那から聞いていた通りだ。
金髪の内巻きのボブで、コケティッシュな魅力を感じさせる若い女が、サキのテーブルにやって来た。
サキはそれがこの店のオーナーだと思ったが、名前までは覚えていない。
店に来るまでは自分の素性を明かし、刹那のことを少し話そう、そう考えていた。
しかし、オーダーを取る美緒さゆりの姿を見ているうちに、サキは何故だか気後れしてしまった。
飲みたくも無いエスプレッソをオーダーしたその時、美緒の右手の手首に、さそりのタトゥーがあるのをサキは見た。
美緒の後ろ姿を見ながら、サキは不穏で曖昧な悪い予感を覚えずにはいられなかった。
刹那は、一体どうするつもりなのだろう…
サキは、田辺裕道に刹那の決断を話した。
田辺は、少し悲しそうな顔をした。
やはり田辺の言う通り、刹那には強要にとられる提案だったことを、サキはそれでも仕方ないと思う。
間違い?
正しくはなかったが、それが間違いだったとも思えない。
「どちらにせよ、結婚も新居も、刹那のことがなくても決断してたことだから」
それは多分嘘ではないが、どこか無理しているところもほころびている。
田辺は、わかっているから黙っている。
やさしいかどうかはさておき、今、サキに必要なのは正論ではないのだから。
「自分の言う通りだったって、あなたそう思ってるんでしょ…」
サキは珍しく無防備な弱さでもって、田辺に言い訳するかのような仕草で呟いた。
田辺は不謹慎にも、「可愛い女だな」と心の裡に独り言ちた。
「何を言ってもつまらないと思うけど、サキさんは頑張りました。
そんなこと思ってないですよ」
「つまらなくはないけど、こう、何ていうか、ちょっと自分自身に残念だったのね。
わかってるのよ。刹那に強引だったってことは。
でも、わかっていることをできるほど、私はできた人間じゃない」
サキは白のシクロのボトルを―それはけして旨いワインではないのだが―いつもより早く空いてしまうグラスに注ぐ。
深酒しそうだな、というより、もうなっているのだろう。
本当は、田辺と思いっきりファックしたかったが、ファックするのはいつもどちらかといえば自分の方だし、何よりも、刹那の気持ちを考えた時、自分だけ辛さを紛らわすために男とまぐわうことに、どうにも罪悪感を拭うことができなかった。
「今、何考えているか当ててみましょうか」
田辺は伴侶になるというのに、サキにタメ口で話そうとはしない。
「当てなくていいから、思ったことをしてみたら?」
結局は、挑発的になるのか。
まあ、どうせべろべろで無理なのだから、酔った中年女をベッドに運んで寝かしつけるのが関の山かなとサキは自嘲した。
翌日の夕方、「黒猫」にサキの姿があった。
刹那は絆がいるので、シフトは16時で上がる。
フルタイムでもないのに、時給900円で親子で生活できる世界は今の日本には存在しない。
その叶わないはずの世界に何があるのか、サキは知っておきたかった。
赤い框扉を開けると、夕刻の西陽が長い影を描く妖しい店内が目に入る。
カフェというよりは、ダイニングバーという感じの雰囲気は刹那から聞いていた通りだ。
金髪の内巻きのボブで、コケティッシュな魅力を感じさせる若い女が、サキのテーブルにやって来た。
サキはそれがこの店のオーナーだと思ったが、名前までは覚えていない。
店に来るまでは自分の素性を明かし、刹那のことを少し話そう、そう考えていた。
しかし、オーダーを取る美緒さゆりの姿を見ているうちに、サキは何故だか気後れしてしまった。
飲みたくも無いエスプレッソをオーダーしたその時、美緒の右手の手首に、さそりのタトゥーがあるのをサキは見た。
美緒の後ろ姿を見ながら、サキは不穏で曖昧な悪い予感を覚えずにはいられなかった。
刹那は、一体どうするつもりなのだろう…
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる