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トリプティック 13
しおりを挟む夏のロードスターは暑い。
なぜならこれ程の猛暑にフルオープンで走る気にはならないし、屋根はハードトップではない幌である。
ライトスポーツカーとして、かつての英国のロータス・エランやMGミュゼットなどを温故知新で再現しようとしたマツダは、バブルに浮かれた世相の中でユーノスブランドを立ち上げた。
初代ロードスターはその精神的な意味のフラッグシップモデルであり、ロードスターは日本のライトスポーツカーの在り方を一新したが、ユーノスそのものは潰えてマツダに引き継がれた。
佐藤が乗っているのは中古車市場で人気があるこの車の二代目で、優雅なボディラインで排気量が1.800ccに上がったモデルだ。
イエローのボディーカラー、それは巴には極めて魅力的に思えた。
仮に30年前の車だとしても、電子部品の少ないシンプルな機能の車は旧さを感じさせない。
スポットエアコンはサーキュレーターのように強い風を送ってくれる。
オープン時に冷暖房をしっかり効かすためだ。
綺麗に使われている様に、元のオーナーや佐藤の気持ちが表れているように感じた。
エアコンの風が、巴のボブの髪を微かに舞い上がらせる。
オープンは無理でも、それが心地よい。
そして佐藤は女を誘っておいて、ほとんど話すことがなかった。
東海市から常滑に抜ける252号線、旧道の常滑街道は産業道路の東を並走し、日長で248号に変わるこの道路と交差して西側の海岸線に入れ替わる。
新舞子や多屋を抜け、セントレアの空港島を横目に常滑駅を抜け、細い72号小鈴谷河和線に変わって、より海岸づたいを走る。
夏の空は碧く、時折見える海は青い。
堤防や浅い砂地、海苔の養殖を佐藤の姿越しに見る夏の日は、巴にとって想像したことがない普通の男女の日常そのものだった。
ソニーの創業者の盛田昭夫の出身である盛田酒造を越すと、坂井海水浴場に出る。
新舞子や、より南端の内海や山海より知られてはいないが、それでもこの細い道に入ると渋滞に入ってしまう。
「巴」
佐藤は正面を見たまま、巴を振り返ることなく唐突に言葉を繋げた。
「お姉さんは、巴にとってどんな家族なんだ?」
巴は、それをこの場で聞いて欲しくはなかった。
あんまりだと思った。
それはいくらなんでも、あんまりではないか…
「それが気になって、私をこんなロケーションに拉致ってきた訳?
デリカシー無さ過ぎ」
巴は思わず、自分の感情に素直になってしまった。
大人ではない。しかし、本当のことだ。
「それに、輝君の家族の話だって、自分はしないじゃん」
佐藤は確かにそうだなと言った。
「話すようなことが何もない家族だから。父さんも母さんもいい人で、普通にいい親だった。
俺には兄さんがいて、2つ違いなんだけど、性格はまるで違って真面目なんだ。
硬いっていうか、要領が悪いっていうか、それで特に兄弟仲がいい訳じゃない。悪くもないけど、あんまりっていうか…
そんなところだけど、どうかな」
巴は黙って聞いていたが、移ろってしまった気持ちを再び掴み戻せる気はどうにもしなかった。
スポットエアコンの丸い吹き出し口の外側を、無意識に左の人差し指でずっと撫でている。
気持ちは蒼くなってしまった。
「輝君のばか」
巴は自分が小学生になってしまったような気がした。
私の夏にお姉ちゃんはいらないのに。
この空と、この海と、隣の男だけで充分だった。
そもそも私は、どうしてお姉ちゃんのことがこんなに苦しいんだろうか…
「水着姿、見たかったな」
佐藤は巴を見ると、冗談とも本気ともわからぬ間抜けなことを口にした。
「輝君のばか」
巴はもう一度佐藤に向かって言うと、右手の拳で佐藤の頬にパンチする仕草をした。
佐藤はいつも通り、全くとらえどころがないままだった。
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