トリプティック

岡田泰紀

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トリプティック 21

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初田文夫は巴にとって理想の父親だった。
文夫は早くから巴の嗜好に気が付いていた。
いや、自分の嗜好を娘に植え付けようと腐心したに違いない。
そして娘は、父親の願い通りに感性を育んだ。

母の凪沙と文夫がどうして夫婦になったのか、長じて巴が疑問に思うほど、二人の感性はまるで異なっていた。
アートや文学、音楽、歴史や哲学など多岐に渡るジャンルに精通した穏やかなインテリともいえる父親と、何の趣味もなく本など読みもしない、家でテレビを見る以外何も望みはしない、平凡を絵に描いたような母親。
幼い頃から絵に対して強い興味を示した巴は、間違いなく父親の血を引いていたともいえる。

そして、内気で人嫌いな姉の静は、きっと母親似なのだろう。
ただ母親と違うのは、幼い頃からあった、少し何を考えているのかわからない薄気味悪さかもしれない。

静はあまり家族に馴染まず、独りを好んだ。
父の文夫は、それは今思うとあからさまに巴を可愛がった。
母の凪沙はそれに怒り、どうして静を避けるのかとよく言い争いになった。
巴は居心地が悪く、そんな時は部屋に隠れてじっとしていた。

あれは今思えば面前DVだ。
その原因は、自分なのだ。

自分を可愛がってくれる父は大好きだった。
そんな娘を少し引いて見る母は、姉の静を大切にするようになる。
姉は決して家族に心を開かなかったが、娘に依存する母に対してはだんだん我が儘で強気になっていく。
二人が共依存なのか、それは巴にはわからない。

ただ、自分の存在が姉と母の親子を歪にしたような罪悪感を、巴は物心ついた頃からずっと感じていた。
さらに、母と自分のそよそよしい関係も自分のせいで、どうにもままならない辛さを抱えたままに成長してしまった。
その居心地の悪さと、父との楽しい関係のコントラストは巴の感情を複雑にしていた。

この家は張子の家だ。

張子の家の中で、見た目もクールで優しい父親は巴にとって最初に意識した異性かもしれない。
もちろん父親としてではあったが、憧れにも似たそれは巴の心の拠り所にもなった。

文夫はその時々の年齢に合うように巴に本を買って与えた。
巴は父親の審美眼に餌付けされていった。

文夫の部屋に行くと、今では小児ポルノとして排除されてしまった、デビット・ハミルトンのソフトフォーカスによる美しい少女写真のポスターが貼ってあり、凪沙が蛇蝎の如く嫌ったその写真に巴は耽溺した。
イリナ・イオネスコに惹かれた感性は、あの部屋から始まっていたのだ。

異性に対する興味より、同性に対する興味の方が上回っていたあの頃、それはきっと父親によってスポイルされたためではないか?
あのひとは、異性への対象が巧妙に自分の存在へすり替えるように仕組んでいたのではないか?

それを自問するのが怖くて、巴はずっと父親に可愛がられる自分に自縛していった。
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