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Lady steady go ! 3
しおりを挟む早苗の診断が下った時、かつて姉妹で交わした「介護が必要になったり病気になったら実家を売却する」という約束を、妹の佳苗は実行しなかった。
「そりゃそうでしょ。
お姉ちゃんは余命判定が出た身で、そんな冷たい仕打ちはできないじゃん」
母の言葉は確かにそうだし、でも今のところ、この家を処分しようという話は一切していない。
床屋の椅子に腰かけて、玄関ドア越しに幅の狭い路地の往来をぼんやりと見ながら、未環は叔母のインスタグラムにまだ逝去の告知をできずにいることが頭から離れない。
今日、母の佳苗と遺品整理の下見に訪れたのは、コメントになるような材料を見つけたいという思いもあったからだ。
四十九日後に遺品整理と片付けを行う予定で、没後2週間を過ぎてまだ落ち着かないものの、早苗が最後に過ごした家を見ておきたいという気持ちは母娘共通だった。
「未環、
お母さん、本当はここをどうしたらいいのかわからなくって…」
佳苗は唐突に未環に告白した。
「やっぱりね、ここを売りたくないなって…実家だからというだけじゃなくてね、今になってお姉ちゃんの気持ちもなんだかわかったような気がして
その反面、お姉ちゃんが本当は何を思っていたのか本心はわからないままで
だから、今はとりあえず考えられない」
「そうだよね、それでいいよ。
焦らずゆっくり考えればいいし」
未環はそう応えた。
「未環、あんたの仕事とか会社とかなら、なんかいいアイディアがあるんじゃないの?」
未環の勤める会社は、中小企業向けの経営コンサルタントを包括的に行うサービスを事業にしている。
それは一般でいう経営のコンサルタントではなく、クライアントの経営理念や経営計画を共に考え、財務として会計業務も請け、ホームページの作成から企業のブランディングまでをワンストップで行うかなり珍しい形態であった。
それもなるべく内製化することで、クライアントに継続してしっかり関わることに拘っている。
「いや、私の会社はそんなアイディアとはちょっと離れているから」
未環は困惑したが、もしかしたら母はここを賃貸にして活用することで遺していきたいと考えているのかなと感じた。
スマホで店内を撮った後、店の奥にある台所に向かった。
昔の長屋の作りで、店の床と地続きで土間が床になっている。
シンクはタイル張りで、おそらくこの左官仕事のシンクが現役なのはこの界隈でもここだけだろう。
一之瀬の家は、台所とトイレは土足に履き替えないといけない家だった。
鰻の寝床のような敷地に、南の道路側に店があり、廊下を北にぶつかると台所。
廊下の手前に家と店の共用のトイレがあり、こちらも和便器の吊りタンク式の古いままの姿だ。
トイレと台所の横に一段上がるように狭い居間があり、かつて家族はそこで食事をした。
居間は、古い箪笥があるだけで綺麗に片付けられていた。
祖父が亡くなった時に叔母と母と未環は祖父の遺品整理をしている。
あの時、祖父の生活用品はことごとく処分してしまった。
女とはドライな生き物だなと、未環は思った。
箪笥と、焼けて赤黒くなった丸い座卓だけの居間。
その座卓に料理を並べ、早苗は日々独りで食事をし、そしてそれを世界に公開していたのだ。
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