Lady, steady go !

岡田泰紀

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Lady steady go!  12

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今井美知子がランチに誘ってきた。

美知子は非常勤取締役の肩書きだが、ほぼ毎日出勤してくる。
結婚と出産を期に、社長の澤田に直談判して子育てと社業を両立する形でお互いの思惑が合致した結果だ。

もう二人の息子は小学生となりある程度は手が離れた。
未就学児だった頃より少し勤務時間を増やしたが、10時から16時まで以上の勤務はしない。
株式会社ハートフードのマネジメントの統括として、人事労務その他諸々を管理しているが、すべての部署の個別サポートのため時折現場入りしたりする。

元々はホームページのデザインや企業のSMSサポートなどしていたウェブデザイナーだった。
内勤向けではないと思っていた美環の予想を裏切るように、澤田に足りなかった組織運営に舵を切った美知子は豪腕ぶりを発揮してハートフードを大きく成長させた。
特に新規社員採用に成果を出したのが社の成長を更に促したのだ。

「で、企業支援はどうなの?」
社の近くの旨くも不味くもないパスタ屋で、ペンネアラビアータをがつがつ食べながら美知子が言う。
どうなのも何もないのだが、友人でありながら仕事ではかつての同級生という意識が先立ち、美環は曖昧な返事をしてしまう。

「社会使命としては必要。ただし私には不向き」

「不向きかどうかを決めるのは自分ではなく他者よ。

人は鏡に映る姿で自分を知ることができる。
その鏡って、自分以外の誰かさんなんだよ」

美環は小規模事業者支援事業にコンバートされた時、これは美知子が澤田に入れ知恵したのではと勘繰って聞いたことがある。
取締役として新事業も美環へのオファーも知っていたが、それは澤田の社長マターだったと美知子は答えた。

「でも請けたんでしょ?
つまり美環には答えが出てたってことじゃない?」

まあそうといえばそうかもしれないとその時は思った。
しかし今、自分の中に答えが出たのかといえばそうは思えない。

「美知子はどう思うの?
ハートフードにとって人手が取られる上に不採算部署になっていて、正直私と前ちゃん二人の給料も覚束ないしこの先も改善できる余地すらない。
たかだか20人程度のこの会社で、こんなお遊びをしている余裕は無いはずでしょ?」

「だから社長マターだって言ってるじゃん。
社長がこの赤字は自分が埋めるからって言う以上、私は信じるしかない」

美知子はかつてハートフードで伝説の覆面社員として「DH」と呼ばれていた。
「ディープ・スロート」、性的用語で口淫の際に深く咥える隠語だが、ある上場企業に専属社員のような形で入り込み、その企業のホームページとSNS管理をすべて行い、うまくバズらせたりしてかなりの宣伝効果をクライアントにもたらしたのだ。
ただあまりの長時間拘束とメンタル的にも過酷であったため、3年をもって契約を更新せず社に戻ってきた。
まだ現在の半分にも満たない事業規模は、美知子の活躍により徐々に拡大していく。

その頃、美知子は澤田と公私共のパートナーだったことを美環は知っていた。

「あなた達は並走している。
それは、羨ましい」
美環はエスプレッソを一気に飲み干して美知子を見た。

「楽じゃないわよ」
美知子は醒めた眼差しで一言だけ答えた。

店を出る時、「そういえば、美環、実家どうなったの?」と美知子が聞いてきた。

そうだ、そうなのだ。
忙しさにかまけて考えるのを避けていた。

「美知子、今度一緒に見にいかない?
私もどうしようかってもやもやしていて」
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