Lady, steady go !

岡田泰紀

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Lady steady go ! 13

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大学時代の同級生で長い付き合いだったが、今井美知子が未環の実家を訪れるのは初めてだった。
百人町のまばらで人影も少ない旧街道の街並みは、少しだけレトロで美知子には新鮮だった。

一本路地に入り、かつての「バーバー一之瀬」が見える。
ストライプの型板ガラスの框扉、モザイクタイルの貼られた店構え、それは旧家が点在するこの界隈でもひときわ古風で美しい。
なぜならアルミサッシなど交換されずに手付かずのままの建物は、廃屋になった空き家以外百人町にもほとんどないからだ。

「お爺ちゃんが亡くなったあと伯母さんが一人で守ってきて、その伯母さんがたまに家の写真を撮る人もいるよって言ってたの」
未環は框扉の鍵-それはひどく古くて、なかなか噛み合わないのでいつも一回では開けられない-を開け、一階に美知子を招き入れた。

伯母の早苗は自分の父の床屋をそのままにしておいた。
綺麗に片付けて、いつも掃除していたのだろう。
モザイクタイルの床に一体どれだけの人の髪が落ちていったのか、そんな郷愁がこの店にはあって、まるで映画のセットのような佇まいに美知子は感嘆の声を上げた。

「これってさ、例えばなんだけど名古屋市の観光課に行って、フィルムコミッションで映画撮影やドラマのロケに使えるように協力するって手もあるんじゃないの?」

一見で自分が思いもつかないアイデアを口にする美知子に、さすがだなと未環は思った。

「後ね、地元でお祭りとかイベントとかがあるならその時に開放するの。
名古屋のレトロ建築を発信しているグループとかと連携をとって、認知度を上げると多分いろいろなチャンネルから声がかかる。
そこからいい活用法のアイデアが上がってくるのを利用するという考え方もある」

未環は鰻の寝床のような一之瀬家の奥に美知子を通した。
廊下の奥にはトイレが、横には急な階段があり二階に上がる。
住居としては不便で狭く、そして窓も少ないので薄暗い。
下水道は一応使えるようにしているが、ガスと電気の契約は止めたので照明はつかない。

年季が入って鈍く黒光る木製の手摺子を握り二人は二階に入った。
早苗が晩年を過ごした部屋は道に面した南側で、木製引き違い窓から射す光が藁のようになった旧い畳表に反射している。

「未環、あなた、小規模事業支援のクライアントにいつもなんて言うの?」

美知子の唐突な質問に未環は困惑した。

「経営者の方に、最初にどんな思いを伝えるの?」

未環ははっとした。

「まず経営の状況は置いておいて、社長としてあなたは会社をどうしたいのですか?」

美知子は未環を振り返った。

「そういうことよ。

今の未環には一之瀬家をどうしようという理念がない。
それは仕方ないことだし、だからこれからそれを作っていかなくてはいけない。

未環のお母さんはどう思っているのか、二人がどうしたいのか、それは二人が決めること。

ヒントは出せるけど、大切なことはあなたがどうしたいかって、ただそれだけなのよ」

美知子は窓のめし合わせの部分にあった真鍮の差し込み鍵を抜き、固い引き違い窓を引いて外を眺めた。

「未環の伯母さんが何を思っていたのか今となってはわからない。

でも個人的な意見を言わせてもらえば、その意思を継ぐべきだと思う。

理由は無いわ。
強いていえばこの家はスペシャルだってところかな」

窓を閉める美知子の後ろ姿を見ながら、きっと私に足りないのはこの潔さなのだなと未環は思った。
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