Lady, steady go !

岡田泰紀

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Lady steady go ! 14

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「Lady steady go !」 第14話

ずっと読む気になれなかった、一之瀬早苗が生前書いていた絶筆のモノローグ「百人町に溶ける」を、それでも未環は机の上に置いていた。

未環はドキュメンタリーや新書の類いは読むのだが、昔から小説や文学が少し苦手で、しかも自分が知らない伯母の素顔を覗き見することに躊躇を覚えている。
母の佳苗は娘の未環以上に本を読まない性質で、娘が自分の代わりに姉の忘れ形見を読んでくれることを期待している。

なんだかなぁ…
そんな気分のままに手付かずだった遺作を、今井美知子に言われた言葉に後押しされて、今日は読んでみようかと思う。

「今となっては伯母さんが何を思っていたのかはわからないけど、個人的にはその意思を継ぐべきだと思う」

それはあの生家がスペシャルだからだと美知子は言ったのだ。

あの家は確かに「スペシャル」なのかもしれない。
百人町の街並みは中途半端に美しく寂れていて、その表通りにすら面していない。
それでも待ち行くわずかな人も誰もが「バーバー一之瀬」に気付いて見入った。
その生家を終いの棲家にした早苗に、引き継いで欲しいなにがしかの意思があったのか未環にはわからない。
言葉の少ない伯母は、自分の死期を知りながら、丁寧にまとめたレシピのエッセイ集とこのモノローグについて一言も言及しなかったのだ。

いや、敢えてそれを口にしなかったのでは?

伯母はすべてに置いて抑制された人生を自ら生きた人だった。
自分の感情を表に出すのが苦手な人だった。
冷たくなかったし、むしろやさしい人だったはずなのに、そのやさしさが分かりにくいような、そんな人だった。
私の知っている伯母さんは…

だから、言葉ではなく、このノートや原稿を遺すことで私や母に伝えたい想いがあったのではないか?

美知子と別れて部屋に戻ると、未環は机の上の原稿を一瞥して夕食の支度にかかった。
実は最近、週に一、二度ではあるが早苗のレシピで夕食を作っている。

特別なものは何もなく、今日は茄子とししとうの煮浸しと大根菜と白ごまをのせた木綿豆腐、揚げと白菜と人参の合わせ味噌汁だった。
それまでたまにいい加減なパスタやサラダの作り損ないみたいな適当な料理でお茶を濁してきた未環は、数年前に男と暮らしていた時以来きちんと食卓に向かい合った。

伯母がやったようにインスタに上げる訳ではないけど、テーブルに見映えよく並べスマホで撮す。
なんのためにそうするのかわからないけど、美味しそうにできた夕食はやはり可愛い。
そう、自分の手で為すすべての仕事は、愛しいものなのだろう。

アルミサッシを加工して住宅に取り付ける坂口もまた、自分の仕事を愛しいと思えているのだろうか。

アラフォーにさしかかる自分の人生にどんな意味があるのか、未環にはまるでわからなかった。

「いただきます」

一人の部屋で手を合わすと、未環は伯母の味を口に運んだ。
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