Lady, steady go !

岡田泰紀

文字の大きさ
13 / 20

Lady steady go ! 14

しおりを挟む
「Lady steady go !」 第14話

ずっと読む気になれなかった、一之瀬早苗が生前書いていた絶筆のモノローグ「百人町に溶ける」を、それでも未環は机の上に置いていた。

未環はドキュメンタリーや新書の類いは読むのだが、昔から小説や文学が少し苦手で、しかも自分が知らない伯母の素顔を覗き見することに躊躇を覚えている。
母の佳苗は娘の未環以上に本を読まない性質で、娘が自分の代わりに姉の忘れ形見を読んでくれることを期待している。

なんだかなぁ…
そんな気分のままに手付かずだった遺作を、今井美知子に言われた言葉に後押しされて、今日は読んでみようかと思う。

「今となっては伯母さんが何を思っていたのかはわからないけど、個人的にはその意思を継ぐべきだと思う」

それはあの生家がスペシャルだからだと美知子は言ったのだ。

あの家は確かに「スペシャル」なのかもしれない。
百人町の街並みは中途半端に美しく寂れていて、その表通りにすら面していない。
それでも待ち行くわずかな人も誰もが「バーバー一之瀬」に気付いて見入った。
その生家を終いの棲家にした早苗に、引き継いで欲しいなにがしかの意思があったのか未環にはわからない。
言葉の少ない伯母は、自分の死期を知りながら、丁寧にまとめたレシピのエッセイ集とこのモノローグについて一言も言及しなかったのだ。

いや、敢えてそれを口にしなかったのでは?

伯母はすべてに置いて抑制された人生を自ら生きた人だった。
自分の感情を表に出すのが苦手な人だった。
冷たくなかったし、むしろやさしい人だったはずなのに、そのやさしさが分かりにくいような、そんな人だった。
私の知っている伯母さんは…

だから、言葉ではなく、このノートや原稿を遺すことで私や母に伝えたい想いがあったのではないか?

美知子と別れて部屋に戻ると、未環は机の上の原稿を一瞥して夕食の支度にかかった。
実は最近、週に一、二度ではあるが早苗のレシピで夕食を作っている。

特別なものは何もなく、今日は茄子とししとうの煮浸しと大根菜と白ごまをのせた木綿豆腐、揚げと白菜と人参の合わせ味噌汁だった。
それまでたまにいい加減なパスタやサラダの作り損ないみたいな適当な料理でお茶を濁してきた未環は、数年前に男と暮らしていた時以来きちんと食卓に向かい合った。

伯母がやったようにインスタに上げる訳ではないけど、テーブルに見映えよく並べスマホで撮す。
なんのためにそうするのかわからないけど、美味しそうにできた夕食はやはり可愛い。
そう、自分の手で為すすべての仕事は、愛しいものなのだろう。

アルミサッシを加工して住宅に取り付ける坂口もまた、自分の仕事を愛しいと思えているのだろうか。

アラフォーにさしかかる自分の人生にどんな意味があるのか、未環にはまるでわからなかった。

「いただきます」

一人の部屋で手を合わすと、未環は伯母の味を口に運んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...