16 / 20
Lady steady go ! 17
しおりを挟む美環は美知子に坂口工業の廃業の件を話した。
唇にまとわりつく生ビールの泡は、いつもなら気持ちをすっきりとさせるキスのようなものなのに今夜はそうはならない。
いくつもあるクライアントの一つ。廃業も珍しくない。
可処分資産があるだけマシな方だ。
だけど気になるのは、あの負け犬の目の奥の何かなのか?
「グッド・ルーザー」という存在を、美環は自分の人生で初めて出会った気がしたのだ。
「で、何とかなりそうなの?」
美知子はブラッディメアリーのグラスに目を落としたまま、あまり感心なさげに聞いている。
美知子はドライだ。感情に寄せられない。
美環がどうするかを注意深く見ようとしている。
「地所は父親の個人名義になっているけど処分は理解してもらっている。
問題は西区の準工の土地にどれだけの買い手がつくか」
「で、私を呼んだと」
美知子は醒めた目で美環を見た。
「ビンゴ」
美環はグラスを空けると、ジントニックをオーダーした。
美知子のコネクションなら、いい情報を持っている不動産がいるだろうと踏んでいたのだ。
「遥さん、このお店買い取ったんですよね。
どうしてこのお店が欲しかったんですか?」
美知子は唐突にカウンターにいるオーナーの上村遥に話を振った。
もともと美知子が若い頃からの行きつけだと美環は最近知ったのだが、話の成り行きに耳を立てた。
「じゃあエマさん、その話してください」
遥は笑ってエマに振ったが、エマは表情も変えずトニックを注いでいる。
「私が話すことじゃないけど、この娘がこの店をくださいと私に言った時、若い時の私を見ている気になったってだけよ」
その時、この雰囲気のある女がかつて「遥」のオーナーだったことを美環は初めて知った。
「あなたが元々のオーナーだったんですか?」
「元のオーナーはこの人のお父さん、上村武夫。
今は東京に移ったインテリアデザインの上村アトリエの代表。
私がそれを買い、その娘が大きくなって私から買い取った。
ちょっと面白い話かもね」
普段店でほとんど話すことがないエマを、美知子と遥は面白そうに眺めていた。
「エマさんは、どうしてこのお店を欲しいと思ったのですか?」
坂口の話がいつの間にか「遥」のエピソードになっているのも忘れて、美環は興味が赴くままにエマに聞いていた。
「どうしても欲しかったのよ。
この娘と同じように」
エマは薄い茶色の瞳で美環を見た。
「理由なんてどうでもいい。
私はどうしてもここを手に入れたかった。
そのためなら何でもするつもりだった。
あなた、そんな気持ちになったことがある?」
美環は突然匕首を首に突き付けられたような気持ちになった。
「世の中の人間は誰もが何かを欲している。
欲しているふりをしている。
わかる?
欲しいくせにそれを手に入れようとしないなら、それは欲していないのよ。
だからこの国の人間のほとんどは、本気で欲しているものなんかないのよ」
話はこれくらいでいいかしらと言い放つと、エマは別のオーダーの準備に入った。
私には人生を賭けるものもないのかと言葉も出ない美環の横で、美知子は口元に微かな笑みを浮かべてブラッディメアリーを追加した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる