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Lady steady go! 19
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「Lady steady go!」 第19話
母の佳苗から電話があった時、美環はいつもろくに実家に顔も出さない薄情な娘だと気後れしてしまう。
車で20分程度の同じ市内に住んでいながら、嫌いでもないのに足が向かない。
独り暮らしは気楽かと言われたらそうは思わないし、望んでそうなっている訳でもない。
誰かと一緒に生きるというのは縁であり、たまたまそこまでに至る関係を築くことがままならなかっただけだ。
そんなこんなを思う時、少しだけ生き辛さを覚える。
結婚、出産、家庭…
美環の職場や周りには、それを殊更押し付けたり問うような人はいない。
いないのに、自分が感じるこの怠惰な閉塞感は、もしかしたらこの社会から感じる無言の諦観からくる圧力なのかもと思う。
この国のジェンダーバイアスは、セクハラやモラハラのような外形的なものだけではなく、垂れ込めるような更新できない旧い習慣や価値観の中に蠢いているようだ。
最初の結婚を終わらせ、たった一人でかつて育った実家に引きこもるように静謐な人生を全うしようとした伯母は、もしかしたら私のようなことを感じていたのだろうか?…
「お母さん、どうしたの?」
「ごめんね、美環はずっと忙しいと思っていて連絡しなかったけど、百人町の実家どうするか考えてくれた?」
あーあ、ついに来たなと美環は思った。
仕事では力の及ばない経営者にサクサクとミッションの実行を促すのに、自分のこととなるとこれだ。
「お母さん、いつも言うけどごめんねはいらないからね。
親子なんだから」
美環は考えあぐねている。
「一度ね、うちに来て話さない?私もまだどうしようか考えつかないのよ。
日曜日とか空いてないの?」
佳苗の問いかけに、それはそうなのだがもう考えることが億劫で、そんな自分に更に罪悪感を覚えずにはいられない美環はまた結論を先送りしてしまう。
「うん、わかった。ちょっと予定を調整してみるからまたあらためて連絡するわ」
電話を切ってなんだかなと思いつつ、どこかで時間を作ってじっくり考えたいと思うものの、本当は考える時間なんて休日にいくらでも作れることなどわかりすぎるぐらいわかっている。
美環は、机の上に放りっぱなしの早苗のノートや原稿に目をやった。
贖罪のつもりか、それとも気を紛らわせたくなったのか、美環は猛烈に何かを作りたくなってノートのレシピをめくった。
その中で「鯵のみぞれ煮浸し」が目に入った。
部屋を出て近くのディスカウントコンビニに行く。
そこは小世帯向けのターゲットで生鮮を少ないパックで売っている。
幸いにして鯵の切り身のパックがあった。
鷹の爪、ししとう、大根、かいわれ、葱、レシピにあるものが揃ったことに驚いたが、それをすべて買い求めた。
食材を下げて部屋に戻る道すがら、美環は携帯で早苗のインスタを遡って今日の夕食を確認した。
伯母は何のため、誰のためにレシピを遺そうとしたのか?
なぜ私に、このインスタのアカウントを任せたのか?
そして美環は、早苗から譲り受けたこのインスタで投稿者の逝去を伝えていなかったことを思い出した。
喉元に苦い想いがこみ上げるような焦燥感が美環を襲った。
私は、人が死ぬということを日常の忙しさにかまけておざなりにしているのだ。
部屋に戻りキッチンに立つと、食材と道具を綺麗に並べて深呼吸した。
「伯母さん、私に力を貸してください」
美環は目を閉じて胸に手を当てた。
母の佳苗から電話があった時、美環はいつもろくに実家に顔も出さない薄情な娘だと気後れしてしまう。
車で20分程度の同じ市内に住んでいながら、嫌いでもないのに足が向かない。
独り暮らしは気楽かと言われたらそうは思わないし、望んでそうなっている訳でもない。
誰かと一緒に生きるというのは縁であり、たまたまそこまでに至る関係を築くことがままならなかっただけだ。
そんなこんなを思う時、少しだけ生き辛さを覚える。
結婚、出産、家庭…
美環の職場や周りには、それを殊更押し付けたり問うような人はいない。
いないのに、自分が感じるこの怠惰な閉塞感は、もしかしたらこの社会から感じる無言の諦観からくる圧力なのかもと思う。
この国のジェンダーバイアスは、セクハラやモラハラのような外形的なものだけではなく、垂れ込めるような更新できない旧い習慣や価値観の中に蠢いているようだ。
最初の結婚を終わらせ、たった一人でかつて育った実家に引きこもるように静謐な人生を全うしようとした伯母は、もしかしたら私のようなことを感じていたのだろうか?…
「お母さん、どうしたの?」
「ごめんね、美環はずっと忙しいと思っていて連絡しなかったけど、百人町の実家どうするか考えてくれた?」
あーあ、ついに来たなと美環は思った。
仕事では力の及ばない経営者にサクサクとミッションの実行を促すのに、自分のこととなるとこれだ。
「お母さん、いつも言うけどごめんねはいらないからね。
親子なんだから」
美環は考えあぐねている。
「一度ね、うちに来て話さない?私もまだどうしようか考えつかないのよ。
日曜日とか空いてないの?」
佳苗の問いかけに、それはそうなのだがもう考えることが億劫で、そんな自分に更に罪悪感を覚えずにはいられない美環はまた結論を先送りしてしまう。
「うん、わかった。ちょっと予定を調整してみるからまたあらためて連絡するわ」
電話を切ってなんだかなと思いつつ、どこかで時間を作ってじっくり考えたいと思うものの、本当は考える時間なんて休日にいくらでも作れることなどわかりすぎるぐらいわかっている。
美環は、机の上に放りっぱなしの早苗のノートや原稿に目をやった。
贖罪のつもりか、それとも気を紛らわせたくなったのか、美環は猛烈に何かを作りたくなってノートのレシピをめくった。
その中で「鯵のみぞれ煮浸し」が目に入った。
部屋を出て近くのディスカウントコンビニに行く。
そこは小世帯向けのターゲットで生鮮を少ないパックで売っている。
幸いにして鯵の切り身のパックがあった。
鷹の爪、ししとう、大根、かいわれ、葱、レシピにあるものが揃ったことに驚いたが、それをすべて買い求めた。
食材を下げて部屋に戻る道すがら、美環は携帯で早苗のインスタを遡って今日の夕食を確認した。
伯母は何のため、誰のためにレシピを遺そうとしたのか?
なぜ私に、このインスタのアカウントを任せたのか?
そして美環は、早苗から譲り受けたこのインスタで投稿者の逝去を伝えていなかったことを思い出した。
喉元に苦い想いがこみ上げるような焦燥感が美環を襲った。
私は、人が死ぬということを日常の忙しさにかまけておざなりにしているのだ。
部屋に戻りキッチンに立つと、食材と道具を綺麗に並べて深呼吸した。
「伯母さん、私に力を貸してください」
美環は目を閉じて胸に手を当てた。
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