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Lady steady go! 20
しおりを挟む美環は坂口工業の廃業の件が済んだら思うところがあった。
それは最初はっきり意識していた訳ではなく、なんとなくそうなればいい、そうしたいという、どこかはっきりしない希望であった気がする。
はっきりしないのは、「遥」でエマに言い放たれた「本気で欲しいものなんか無いのよ」という言葉が胸に刺さったままだからだ。
それを自ら引き抜くということは、もう後戻りできないことを無自覚に認識しているから逃げているのに違いない。
そんな日々が、美環の気持ちを曖昧にしてより鬱々とさせる。
この歳になって人生に迷っているような自分が情けなくもあり、決断を先送りするモラトリアムの隘路にはまり込んでいる気がするのだ。
自身は業務として中止企業の再生支援に携わっている、その皮肉とでもいうべきミスマッチングがどうにも歯痒くて、やっぱり私はこの仕事を承けるべきではなかったのだと思ったりもする…
4つの金融機関に借入金返済の一時中断を引き受けさせた日は、坂口ともども胸を撫で下ろすと共にどっと疲れた美環だが、これで済むとは思わない。
坂口工業と実家の地所の売却により一括返済をするまでの間支払い猶予という交換条件なれば、金融庁の中小企業への借入金対応の指示により金融機関は断ることはできない。
しかし、西区の準工地帯の不動産がどれだけで売れるかはなかなか厳しく、それは同僚の社外取締役の美知子のつてを探っている最中だ。
売却益が借入総額を下回る場合どう金融機関を納得させるのか、そこを想定して動いていかねばならない。
廃業とはいえ所有資産で賄えない場合、決して楽ではないのだ。
すべての借り入れ先を回ったあと、助手席の美環に向かって「お腹空きませんか?」と坂口が聞いた。
確かに昼ちかく、しかし生理的には空腹だけど食欲は湧かない美環だったが「お昼ですね。何か食べましょう。坂口さんの知ってるお店に連れてってください」と返事をした。
「何がいいですか?」
「できたらさっぱりしたものが」
「じゃあおいしくないけど会社の近所のうどん屋で」
坂口の「おいしくないけど」がツボにはまり、美環は笑った。
「おいしくない所に連れていくんですか?
それじゃモテませんよ」
「今さらモテてもねぇ…」坂口は苦笑した。
「おいしくないから今日はおごりです」
普段は債務超過のクライアントと飲食を伴う場合必ず割り勘にする美環だが、今日は坂口の言葉に甘えることにした。
「坂口さん」
美環は前を見たまま、ひとりごちるように小さな声で言った。
「坂口工業の廃業がすべて終わったら、私ハートフードを辞めるかもしれません」
「辞める」とは言えなかったが、それでも初めて自分以外の人間に思っていることの一つを口外できた瞬間だった。
坂口はしばらく黙っていたが、らしくない冗談で美環を労った。
「じゃあ、近々再生する坂口コーポレーションに取締役でお招きしますよ!」
「えっ、いつからコーポレーションですか?」
美環が突っ込むと二人は小さく笑った。
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